第4話 異星2

 僕は、夜空を見た。回りは灯り一つない野原であって、邪魔する物も無い。すると、星空は明るく美しく輝く。

 吸い込まれるようであった。自分がその中に包まれているようであった。まるで、その中に自分がいるかのようであった。

 不思議な感覚だった。星々とその間の暗闇。この地上から、はるか遠い、天上の世界で有るが、僕は、そこに懐かしさを覚えた。

 なぜか、若干の哀愁を覚えながら、星々の輝きを眺めながら、僕は、宇宙の底で、天を仰ぎ見る。この心地よい草地に、大の字になって寝転がっているところだった。

 しかし、なぜ、あの暗闇に不思議に親しみ、心地よさ感じるのだろう。

 星と星の間、宇宙の暗黒が。そこが自分の故郷ででもあるかのように僕には感じられる。

 であれば、そうなのかもしれれない。僕はそこから来たのかもしれない。

 と僕は思った。

 僕はあの暗闇から生じたのだと。

 その考えは、とても説得力をもって僕に語りかける。

 理屈でなく、それは真実であると思えた。

 僕はやって来たのだ。ここへ。

 漆黒の空から、

「あの宇宙船で?」

 身体を起こし、麓の方を見ながら、僕は言った。

 その視線の先——。

 今寝転がっていたこの丘の中腹から見下ろす湖の湖畔。半分水につかりながら転がる銀色の大きな金属の固まりがあった。

 この草原に住む人々によってまわりに焚かれた篝火によって明るく照らされる。

 それ。

 ——宇宙船。僕がそう思っているものがそこにあった。

 そこには、夜にも関わらず、十数人もの人々が集まっていた。

 人々は、楽しげだった。

 不思議な共振音のする弦楽器を伴奏に、天使のごとく美しい声で歌いっていた。

 人々は、まるで神々を見つめるかのように恭しく、熱を帯びた瞳でそれを見つめていた。

 確かに神々しかった。それは、単なる金属の固まりではなく、何か聖なる物、天に属す聖なる物のように見えた。

 昼には太陽の光りに神々しく輝くそれは、今は松明の灯りに照らされて暗闇の中に暖かく浮かびあがる。

 その光景は、光りは、鏡面のような表面に映る世界は、何か言葉で言う事のできない神秘をその内側に湛えているように見えた。

 この自然の中に、突如としてある鏡面の、その異物感が、ただの物理的実在に神秘を与えていたのかもしれない。それは、ただあるだけで、何か特別な力を持った物であるかのように、確かに見えるのだった。

 しかし僕は知っていた。

 それが——神秘などなにもない工作物である——宇宙船であることを。

 僕は、疑いようも無く、確信して、その正体について断言できた。

 今、目の前の物を見て語るように、僕はあの金属の正体について話すことができるのだった。

 しかしそれは不思議な話であった。

 なぜ僕はそれほどまでの自信をもってそれが宇宙船であると断言できるのか?

 僕は、覚えていないのだった。

 あれが宇宙船であると言う、見たか、あるいは聞きかした、そんな記憶はまるで無い。

 なのにそれを知っている。

 宇宙船である事を知っている。

 何故かは分からなかった。

 何故かは知らなかった。

 でも分かっていた。

 何故か知っていた。

 僕は、それを、あれが宇宙船であることを、何故と疑問に思わないのならば、百パーセントの確信をもってそう断言できた。

 ただの金属の固まりに何故それほどの確信をもってそう答える事ができる。

 何故? 何故か?

 問えば、問う程に、答えは遠く去って行くように思えた。

 必死に考えて、その事について考えれば考えるほど、答えは遠くなってしまうのだった。

 考えなければ、問わなければそれが何かを知っているのに、いざはっきり見てみようとと近づいてゆくと、どうにも捉えどころが無くなってゆく。

 なんとももどかしい思い。しかしそれは、こと、宇宙船だけの問題なのではないのだった。

 僕には、この丘で気づく前の記憶が、まるで一切無いのであった。

 自分が、何故、今こうしてここにいて——そして自分が誰なのかも分からなかった。

 ここは何処だ?

 人々は——丘に集う美しい人々は何物なのだ。

 なぜ人々はここに集まり、

 分からない。何も分からない。

 分らないのに、不安に思わないのが更に分らない。

 空白。全くの無。それが僕の記憶なのに……。

 それなのに、——何故あれが宇宙船なのを知る?

 僕はあれに乗っていたのだろうか。

 しかしその記憶は消え——。

 すべて?

 それは……。


 歌が止んだ。


 僕は見つめられていた。無意識に宇宙船の所まで歩いていて、集団の後ろに立ってしまっていたらしい。

 すると、それに気づいた人々は、歌を止め、一斉振り返り僕を見る。

 笑顔。

 完全なる善意。

 笑顔。

 音。

 ——声?

 知らない言葉で話されるそれは小鳥のさえずりか何かのように聞こえる。

 僕を見つめ、熱心に語りかけてくるその言葉の意味はまるで分からなかったけど、歓迎しているのに間違いが無いのは分かった。その中に、その輪の中に。僕に入るように誘っているのははっきりと分かった。

 期待し、懇願するかのような目に僕は囲まれていた。

 僕は、その期待に満ちた目に気後れしてしまい、一瞬、躊躇して立ち止まってしまうのだが。すると少し悲しそうな表情が人々の顔に浮かぶ。

 僕が立ち止まったからなのだろうか。僕がその中に入るのを拒んでいる、嫌がっていると思われてしまっているのだろうか。

 何かひどく申し訳のない気分になり、僕は、意を決して、一歩を踏み出す。

 すると、人々の顔に戻る満面の笑み。

 伸ばされる手。

 引きつけられるように。

 意思でなく、物理法則で定められているかごとく。

 僕はその中に入る。

 歌声。

 再び始まったそれに僕は包まれる。

 とても懐かしく感じる哀愁を帯びた、しかし幸せな気持ちになる旋律だった。

 何処かで、前にこの歌を聴いた事があるのだろうか。

 相変わらず、具体的な事は何も思い出せるわけではないのだけれど、そのメロディーには過去と自分を結びつけている何か秘密があるのではないかと感じられた。

 モヤモヤとした気持ち。

 もう少しで何かを思いつきそうなのに、自分の中の暗く深い海から、それが少しだけ浮かび、顔を出し、僕はそれを逃すまいと手を伸ばすのだけど——。

 その伸ばした手の起こす風によって、遠ざかり、手をすり抜けた。

 それはまた沈んでしまう。

 歌の旋律が繰り返される度、弦が振るえ共振する度に、僕はもう少しでそれをつかめそうになるのだが、毎回もう少しの所で取り逃がしている。

 もう少し。

 もう少し!

 そう思い、気張りした、僕の表情は必死であったかもしれない。

 ——それが可笑しかったのか?

 笑い声。

 僕は、目の前の美しい女性が歌を止め、とても面白そうに笑っているのに気づいた。

 僕が、恥ずかしくて照れ笑いをすると、女はさらに嬉しそうににっこりと微笑み、そして一歩踏み出して僕に近づいて来ると——。

 突然、——抱きついて来るのだった。

 暖かさ、千年をも隔てた、そんな時を越え、包まれる。

 僕はその暖かさに感動し思わず彼女にすがるように抱きつき返す。

 ——それが、最初の出会いであった。

 後に、レアと呼ぶようになる、美しい女性への、僕の恋の始まりであった。

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