第2話 宇宙船1
星が見えた。蒼く光る星々だった。青方偏移の世界。速度により作り出された異世界。速度によってのみ入る事のできる、この宇宙の別の一面だった。僕は、それに見蕩れた。この星と星の間にある天の世界に、自分の持つ貧弱な語彙では言い表しようも無い感慨を感じながら、それを見た。
僕は人の理の世界を抜け、星々の世界へと入ったのだった。星々の間を飛ぶに相応しい速度を得て、時間と空間も一なる世界に入る資格を得たのだった。今、暗き中を飛ぶがゆえに、自らが光りへと近づいてゆく事のできる世界に僕はいる。僕は睥睨し、仰ぎ見る。畏れその中に入るのだった。半年間の加速を終えて、所定の速度にまで達した宇宙船は、この星間の暗闇の中、絶対の無の中に今いるのだった。
僕は感慨も深く、その暗闇を、星々を見る。コクピットの全面がモニターとなって伝えて来るその様子を、眺める。最後の加速の終了後の光景だった。この後、何十年もこのまま見続けることになる光景であり、しまいには飽きてしまうのだろうが、往路以来久々に見るこの星間空間の光景は、まだ、僕にハッとするような感動を与えてくれるのだった。
そして、ひとまずはその感動に、僕は身を任せた。僕の行った、星々の間を飛ぶ、この長い旅の結果。それは必ずしも満足のいくものとは言えなかったが。しかし、僕が地球に帰るその意味は確実にあると信じていた。僕は地球に戻る必要があるのだった。僕は、確実に帰還をするべきなのだった。そして、その帰還の第一歩が今終わったところだったのだ。復路でもっとも危険な加速区間が終わって、僕はやっと一息をつけるようになったところなのだった。
この半年間、星間を渡るには、まだまだあまりに未熟な人類の技術力では、往路同様に、様々な綱渡りの連続であった。しかし、僕は、つまり人類は、その全てを克服して、今、船は慣性航行に移る。
船はこのまま、古代に何者かが宇宙に残した結束点(ノード)のまで、その最近傍の地点まで、このまま何もする事も無く進んで行く。そして、そこから地球の最近傍の結束点(ノード)まで飛べば後は、慣性を維持したまま、少々の進行方向の変更のみで僕は地球に帰る事ができるのだ。
つまり、この後の僕の旅程は、このままほぼ、ただ真っ直ぐに進むだけであったのだ。
それも時間の遅くなった船内でも数十年。この後は、危険は少ないが、随分と退屈な旅となるはずであった。数百光年に渡る、この全体の旅程の内、ほんの数光年先の結束点(ノード)まででその時間のすべてを使う。それは、人類がかつて得た最大のスピードに達したこの宇宙船でも、そのゆっくりと進む時間の中でも、数十年はかかるものだったのだ。
僕は、この旅程の途中を、何度も長い眠りに着きながら過ごすことになるのだろう。往路もそうやって、生体時間的には十年を切る時間で目的地にまで到着した。人類初めての星間航行をする者として、様々なデータを取りながらの旅でもそうなのだから、帰りは、もしかしたら、もっとより長い眠りについても良いのかも知れない。
起きていたところで、ひたすらに鈍感に怠惰にある事が仕事となるのだから。
——しかし、その前に、あの星での出来事を僕はしっかりとまとめておいた方が良い。
僕は自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。
それが、結局は廃墟しか無い、人類の孤独を確認するのみに終わってしまった旅であったにしても。
その孤独を、無を人類にしっかりと届ける事が、この後の人生をかけた仕事となのだと僕は使命感に燃えているのだった。それは失敗した航海の記録とはなるが、しかし、それゆえに、自分は誇らしくあらねばと思ったのだ。
その失敗を届けるのが大事な役目だったのだ。それを失意にしてはいけない。誇らしくあらねばならない。
これは、もしかして人類が、宇宙の虚無を知る第一歩なのかも知れないが、それでもそれを知るのだとしても、途方もなく、大事な一歩であった。
今一歩届かなかった、その一歩……。
数百光年を越えて届けられた通信から、結束点(ノード)の存在を知り、その発信源の惑星の生物の呼びかけに従って、人類は、僕の船は出発したのだったが、その船が着くまでの千年程の間に、彼らは跡形も無く消え去ってしまっていた、
——それもまた一歩。
人類はまだ孤独だった。
しかし、それを失意にしては行けない。
僕は信じていた。
心配もしていなかった。
人類はこんな程度では諦めないだろうと信じていたのだ。
なので僕は誇らしくあらねばならないのだった。
もしかして、もう既に僕なんかを追い越して更に先に行っている可能性もある。
僕の時代から、地球では、もう千年以上も時間が経ったはずだ。
もうとっくに結束点(ノード)の謎を解明し、宇宙狭しと飛び回る技術を作り出しているかも知れない。そうして、もうとっくに自分の隣人を発見しているかも知れない。
僕の情報等全く意味が無くなるような大発展を既にとげ、宇宙に広がり繁栄しているかも知れない。
いや、それならば、それでよい。むしろその方が良かった。
それでこそ誇らしく、僕の旅の虚無こそを誇るだろう。
僕があの廃墟の星で感じた事。僕がこの旅で覚った事。
絶対の暗闇の中で悟った事。無が、この無こそが我々の故郷であり、それでこそ何もかもがそこから出るのだと言う事を。僕は人類に伝えなければならないのだった。
そのために——。
今、先にあるのは果てしなき暗闇。
しかしこの深淵を越えて僕は戻るのだ。
戻らなければならないのだ。
自分の時代から何万年か過ぎた地球は、まだ文明が続いているのかは分からない。続いていたにしても、それはもう人ならざる者のものとなっているかもしれない。
もしかしてそこは無人の荒野、あるいは野生の満ちるジャングルとなっているかもしれない。
しかしどうなっていても——。
そこにこの自分の経験を届ける事、それが自分の役目だと僕は思うのだった。
もし自分の行為がそれこそ無為になっってしまったとしても、それならそれでこそ、僕は地球に、あの地にその限界を届け得たのだと。
無の豊潤を知り、何事もここから生まれてゆくのだと。地球に閉じ込められた、人類は、閉塞から逃れられるのだと。
それがもしかして何も無い地にもたらされるにしても、無くなった事が本物になるのだと。
自分でも意味の分からない程の確信を持って僕は向かう。
遠く果てしない暗闇と、結節点と結節点の間の虚無を越えて。
僕は地球に向かう。
それはまだ、長く果てしない、旅ではあるのだけれど……。
——僕は船の外の星々を天井いっぱいに映し出すスクリーンを消した。
ついつい物思いに耽り気付かないでいたが、気付くと随分と疲れてしまっていた。帰りで最も危険なのであろう加速行程を終えて、高ぶった神経の糸が切れ、疲れがどっとでてきたのだった。
そろそろ、コクピットで無く、ベットに行って本格的に休んだほうがよさそうだった。
僕は、この一ヶ月に緊張を解かれ、身体の奥にどっしりとたまっている疲れを僕は自覚していた。引き込まれるような眠気を感じた。
それらの疲れは、この半年の間に度々行っていたように、適切な薬を使えばもうしばらくはごまかす事もできるのだろうが、
——ここで無理をしてこの後の体調を台無しにしても仕方がない。
なので、一度ちゃんと眠り。そしてそれから、次の行動に移ろうと僕は思った。
ちゃんと頭をすっきりさせて、そうしたら——。
本格的な長期睡眠を取るまえに、あの惑星の探検のまとめを。この後に、一度眠り起きたら、直ぐに始めてしまおう、と僕は思った。
それは、体験の新鮮なうちにやってしまった方が良いと思ったのだった。自分が何を感じ、何を行いたかった、何がやれて、何に至らなかったのか……。
それはこのまま一気に記録のまとめをやってしまった方が良いと。
冷凍されて、微睡んでいるうちにそこから抜け落ちる体験があるかもしれないのだ。なるべく体験が新鮮なうちに、新鮮でないと語れない話を語り、鮮烈でないと導き出せない答えを僕は導き出さないと行けない。
そう思うと、眠る間に少しでも、それを行おうかとまた思うのだが……。
しかし、今は、一度休むべき時だ。そう僕はまた改めて思った。
疲労は、疲労の導く答えを僕に教えてしまうだろう。
それは望むべく事ではない。
だから、僕は座席から立ち、ベットのある別の部屋に向かった。
そこに横たわり、軽く目を瞑れば、そのままあっという間に寝てしまいそうになった。
もちろん、それに抵抗する必要は無い。
それが今の自分のすべき事、望まれる行動なのだ。
僕は、暗闇のなかに沈み、暗闇と無意識をつなげ……。
もう少しでそのまま完全に眠りの中に入りそうになるが……?
「誰だ!」
僕は身体を起こし叫んだ。
寝入る直前、僕は何かとても気味の悪い感覚がして、思わず目を開けて、しまったのだった。
誰かが僕をじっと見つめているような、監視しているような感触。
それを思い出すと、背筋が少しぞくっとした。
気のせい? 夢?
やたらとリアルなものであったが……。
しかし、
誰もいるわけは無かった。
この旅はずっと僕ひとりで続けているのだ。何も無い星間の宇宙空間で、この船に何者かが入り込むわけが無かった。
誰もいない。いるわけが無いのだった。
念のため、僕はコクピットに戻り、船のセンサーの全てを確認したが、やはりこの船には僕以外の生物などいるわけも無かった。
余計な心配だった。少し偏執的な。
先はまだまだ長い、その内に。ほんの少しの狂気でも、膨れ上がって抑えきれなくなってしまうかも知れない。
そんな不安はあっては行けない。作り出しては行けないものだったのだ。
なので僕は、この不安を無視をして、忘れてしまうことにした。
僕はまたベットに戻る事にした。
何も考えない事にして。今度こそちゃんと眠ろうと横たわり——。
その眠りばな、また、少し気味の悪い感覚があっても——。
しかし、今度はそんなものは無視をした僕は、少しの寝返りの後、心の奥に在る、果てしなき闇を眺めたならば、深く深く引き込まれ、そのまま、深い深い眠りに落ちるのだった。
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