二章―1 同日_hell_or_hell
1
「う~む」
樹は悩んでいた。
軽い歓迎会も終わり、テーブルに並んでいた料理も片付けていたところで気づいてしまったのだ。
(お風呂とかトイレはどうするんだッ!?)
例え、例えだ、見た目が女の子のようでも、中身は男のそれと変わらない。
彼女達の裸体を見てしまったときに半端じゃない罪悪感が襲ってくるにちがいない。
そして、問題点がもう一つ。
(万が一だけど……。俺の着替えが見られたときは? どう誤魔化す!? 俺はついてるんだぞ!?)
住処がここまで簡単に手に入ったのはとてもありがたい。
でも、それは同時にバレるというリスクとの戦いにも直結しているということだ。
「どうすんだぁーっ!」
「うわぁ! 何なのいきなり!」
皿洗いをしていたマチが驚き、コップを落としそうになっていた。
「ご、ごめん」
「何か心配なことでもあるの?」
確かに心配なことではあるのだが、こんな悩みを話すわけにはいかない。
「いや、別にないよ。それよりもさ、手伝おうか? 一人だけ座っているのも嫌だし」
「いいですよ、今日くらいは座っていてください」
サチが濡れた食器を拭きながらこちらを振り返り、言う。
「そうそう。その代わり明日からはしっかりやってもらうからね!」
「ああ、もちろん」
別に不満はない。
樹だってタダで住まわせてもらっているのだから文句は言うまい。
「よし、じゃあお皿も洗い終わったことだし」
「うん、そうね」
双子の姉妹は顔を見合わせ、何かコソコソと話をしている。
ときどき、樹の様子を伺うようにチラチラと見ていた。
「な、何?」
二人の怪しげなやりとりを見て、何事かと思い聞いてみた。
「何でもないよー」
「何でもありません」
何でもないというときは何でもあるものだ。
でも、二人は正直に言ってくれそうもないだろうから特に聞き出さないことにした。
「あ、そうだ樹さん」
サチは濡れた手をタオルで拭きながら樹と話す。
「お風呂沸かしたので入ってきてはいかがですか」
「あ、そうだよ! 一番風呂だし、今すぐ! 今すぐ入るべきだって!」
「え……、いやでも家主が優先のほうが……」
歓迎会をしてもらったうえに、家事も全て任せた挙句、風呂も先に入っていいと言われるとさすがに遠慮したくもなってしまう。
「いいからいいから! ね、入ったほうがいいって!」
「そうです! 今、この瞬間、すぐに刹那に入るべきです」
だが、謙虚な樹に対し、マチとサチはすごい剣幕で言う。
圧倒的な言葉の物量に思わずたじろいでしまい、
「わ、わかった……」
樹は折れた。
よく、分からないけれど二人が良いと言うならそうさせてもらおう。
できれば、彼女たちが入った後に入りたかったが女の子が入った後の風呂などますます落ち着かない。
そして更に落ち着いていないのが、目の前のサチとマチ。
ニコニコと樹に笑顔を向けてくる。
……本当によくわからない。
(……なんか嫌な汗出てきたんだけど、気のせいか?)
今、風呂に入ったらとても気持ちがいいのだろうなと思いつつ、リビングを後にした。
でも、やっぱりもっと後にしておけば良かったと樹はすぐ後悔する羽目になった。
2
「…………はぁ」
実に八百年ぶりの風呂(体感的には昨日以来だが)を味わい思わず声が漏れる。
湯船とちょっと近未来になったシャワーと余り変わらない風景も樹を安心させた。
(センサー感知型のシャワーとはまたすごいね)
風呂の壁に取り付けられたセンサーが人の体を認知して水流の向きを変え、自動で泡を落としてくれるようだ。
初見の樹は最初驚いて、壁に頭を打ち付けてしまった。
「痛ってて……」
頭にタンコブができているんじゃないか、微妙に頭が痛い。
樹は試しに頭を擦ってみるが、特に何もなく安堵の息を漏らした。
だが、ホッとしたのもつかの間。
「樹ちゃん、たのもーっ!」
「失礼します、樹さん」
「はぁっ!?」
ガチャンというドアの開閉音の後に入ってきたのは、双子の少女。
樹の頭はもっと痛くなった。
「何してんのさ! 一緒に入るのはマズイでしょ!?」
樹は肝心なところはあらかじめタオルで隠していたが、二人は丸裸同然だった。
「え? 何がマズイの?」
「え、いや何がって……あっ」
女性しかいない世界に貞操観念は必要か、というか存在するのか?
当然いらないし、あるわけがない。
だから、樹の目の前で二人は首を傾げよく分かっていない顔をしている。
「あ、えっと。違うんだよ。いきなり二人が入ってきたから驚いてさ……うん」
「ごめんなさい。驚かせようと思ってさっき計画しました。……嫌でしたか?」
「べべべべべ、別に嫌じゃない! 嫌じゃないよ! 寧ろ最高っていうか、なんというか」
サチがガッカリとした顔をしたので本音なんだか、建前なんだかよく分からないことを言い誤魔化す。
「う~ん。樹ちゃんまだ良く分かんないけどまあ、それは置いといて! ウチに来たからには儀式を受けてもらいます!」
「はぁ……? 儀式?」
風呂場の椅子に座っていた樹の後ろへマチが回り込む。
サチは前から樹の目の前へ屈みこんだ。
「背中流しの刑だぁっ!」
「いや儀式じゃないじゃんかそれ!」
樹の言葉を無視し、マチは泡立てたタオルで背中をこすり始める。
サチも同じく、タオルで腕をこする。
これは……
(これはヤバイ)
世の男が見たら嫉妬の叫びが聞こえてきそうなほどに、だ。
だが、生憎この世に男はもういない。樹一人だけだ。
確かに嬉しい。
嬉しいのだが。
「……どうしたんですか?」
サチが樹の顔を覗き込む。
彼女はタオルなど巻いていないから何もかも丸見えだ。
服を着ていたときには全く分からなかったが意外と大きな膨らみが目に入る。
これはよろしくないと、樹は薄目でサチを見た。
後は湯気でなんとなく誤魔化されて肝心な部分は見えないはず……。
「な、何も? マチが背中流すの上手いから、気持ちよくて」
気持ちいいのは嘘じゃない。だから嘘に真実をちょっと混ぜてやれば信じやすいだろうと思っただけなのだ。
「本当? じゃあ、もっと張り切っちゃおうかなぁ?」
マチが背中に抱きつき、樹の胸の部分にタオルを当てる。
(おおおおおおお、おい!?)
サチには負けず劣らずの胸が背中に当たる。
マチが樹の生きていた時代にいたとしたら、絶対勘違いするやつも現れるだろう。
「ちょっとマチ、前の担当は私でしょう?」
「いいじゃん別に。後ろだと樹ちゃんのお顔が見えないんだもん」
「まあ、別にいいのだけど」
サチは今度、樹の足を掴み持ち上げタオルで擦る。
待て、その角度は自分のが見える、と自分にかかっているタオルの位置を直す。
「ふむ、一通り終わったわね」
「うん、じゃあ後は……」
天国のような、地獄のような時間は終わり後はシャワーで流してもらうだけだ。
と、思いきや。
「それでは樹さん。そのタオル、どかしていただけませんか?」
「…………は?」
「は? って言われても……全部洗えないでしょう?」
タオルを取る?
そう言ったようだが。
「え、それはちょっと」
「なんで嫌がるのさ、樹ちゃん」
「そうですよ。さあ、大丈夫です。別に痛いこともありませんから。すぐに終わります」
「いやー……、その、それはね……」
タオルを手に肝心な部分を隠し、椅子から立ち上がる。
二人はじわじわと、なんとしても洗ってやろうと樹に詰め寄っていく。
やがて壁まで追い詰められた。そこそこ広い風呂場ではあったがそれでもリビングに比べれば大した広さはない。
(もうダメか……)
ああ、このまま男であるとバレて、そしてどことも分からない施設に収容されて……、と悪い未来を想像してしまう。
嫌だ。それは絶対嫌だ。
双子の姉妹がもう寸前に迫ろうかという時に、
ピッ、という音が聞こえた。
そして、その直後、天井からの水流調整型のシャワーからお湯が流れ出てきたのだ。それもまるで樹の身を守るかのように。
「え、何急に……、ていうか熱っ!」
「な、何? これ? 誤作動!? 熱ちちっ!」
キャアキャアと彼女らは逃げるかのように風呂場を退出していった。
跳ね返ってきたお湯は確かに妙に熱い。樹が普段使っている温度より七、八度くらい高いんじゃないだろうか。
一体なんでこんなことが……。
「あっ。もしかして」
自動調整型のシャワー。
つまり、プログラムによる制御。
こんなものを弄れるヤツなんて、アイツしかいない。
「Yukina、ありがとう」
一筋のお湯がまるで水鉄砲のように樹目掛けて飛んできた。
彼女の気をつけろ、というサインなのだろう。
「……ごめん、気をつけるよ」
誠意が伝わったのか、彼女はこれ以上何もしてこなかった。
二人もいなくなったことだし湯船にゆっくり漬かることにする。
結局、マチとサチはその後入ってこなかったし、樹の後に風呂場に近づくことさえしなかった。
……身なりはどうするつもりなのだろうか。
3
風呂からあがった樹に二人からあてがわれたのは二階の個室だった。
こんな綺麗な部屋でいいのかとマチに聞いたが、遠慮するなと言われ部屋に押し込まれた次第である。
居候の自分には贅沢すぎるものだ。
樹は必ず後で恩返しをしようと決め、クローゼットに仕舞いこまれた敷布団を敷く。
全く使われていなかったせいか少し埃っぽさがあるが、それに文句をつけるほうが贅沢だ。
窓を開けて、敷布団と掛け布団の両方の埃を叩いてからもう一度床にしいた。
なんだか、こうしていると二八〇〇年にいるだなんてとてもじゃないが信じられない。
「文化ってそこまで大きく変わらないんだね」
ノートパソコンの中にいるYukinaに声をかけた。
『変える余裕がなかったと言いましょうか。昔からあるものを今も使っているだけですので、樹様の生きていた二〇〇〇年代と大きくは変わっていません。ただ、それは外周市だけに限った話ですが』
彼女から聞いてきた話を整理すると。
内円都市の生活水準は二三〇〇年代レベルであること。
そして、ありとあらゆる自由は保障されていること。
ここまでは理解している。
樹は布団の皺を伸ばしながら更に聞く。
「二三〇〇年代まではここも内円都市と同じ生活水準だったんでしょ?」
『そうです。ですがやはり、貧富の差が出るとどうしても生活のレベルは落ちます』
内円都市は三〇〇年から変わらない質のまま生活を続けることはできた。
しかし、その一方で余裕がないからと切り捨てられたこの地域の人々は生きるために前よりも貧しい生活を強いられた。
樹にしてみればこれでも貧しいのかと思ってしまうが、一度高いレベルを味わってしまうともう戻れない。
それに自分よりもいい生活をしている場所があるという意識があると自分を低く見がちだ。
生きるのには確かに十分であるのかも知れないが、納得いくはずもない。
「三〇〇年代で技術が止まっているのはなんで?」
『色々あったのです。戦争、地震、そして、人口減少。技術を磨いていくなんて余裕はなかったのです』
「年表みたいなのはないの?」
『もちろん用意しています』
パソコンの前に座り、Yukinaの開いた新しい窓を見る。
ネットのブラウザーのように縦にスクロールしていく。
「……この四〇〇年くらいの暗黒間戦争ってのは何?」
『大量の無人兵器による大陸間での戦争です。どこの国の所属の兵器でどこと戦っているかも分からず、太平洋やインド洋、果ては大西洋やら北極、南極までありとあらゆる海上で戦争していた時代がありました。あのときは大変だったみたいですよ日本も』
「俺の寝ているときにそんな危ないことが起きてたの!?」
『下手したら撃ち漏らした無人兵器に爆撃されていたかもしれませんね。……まあ、海の上でしかやらないという暗黙のルールのようなものはありましたが』
戦争がどうだとか、説教臭いことをいえるほど樹はまだ大人ではない。
でも、日本史とか教育アニメやらで過去の戦争の話を聞いた樹はやはりこう言ってしまうのだ。
「結局、人間は人間なんだね」
『どんな生き物だって争うのです。人だって所詮、生物の一種にすぎません。避けられない性のようなものです』
ふと、樹はこんな話を思い出した。
『全く、最近の若いやつらは……』というよく大人たちが言うアレ。
じつはこれ、紀元前から全く同じことを言っているらしい。
どうやら人間の考え方っていうのは一〇〇〇年単位で変わっていないようだ。
人なんてこんなものだから。
それじゃあ、争うのをやめようなんて思えるはずもない。
「難しいこと考えてたら眠くなってきた」
『子守歌でも流しましょうか?』
「……いらないよ」
『お父様から幼稚園生のときに聞かせてもらっていたものをお預かりしていますが』
「なにやってんだ父さんは!?」
おかしなところで遊び心を入れてきた父親に呆れる樹であった。
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