一章―5 同日_conceal_oneself


  11



「樹ちゃん! ほら! 着いたよー?」


 女の子の声が聞こえ、樹は目を開ける。

 実は今までの全部が夢だったという結果も期待したのだが、残念ながらそんなことはなかった。

 前の二人が軽自動車のドアを開け出て行ったのをみて、樹もそれに倣う。


「ここ?」

「……? そうよ?」


 先ほど見ていた景色とは違い、わりときれいな一軒家だった。

 窓も割れているなんていうことはなく、外観も整っていて樹の生きていた時代を思わせる作りになっている。


(なんというか、普通だな)

『色々あって、技術レベル自体は二三〇〇年で止まっていますからね。内円都市ならその頃の技術で建物が作られていますが、外周市ならこんなものです』


 二人に聞こえないように樹が小声でYukinaに話しかけるとそのような返答が返ってきた。

 樹の生まれた三百年後の技術で作られている内円都市も気になるが、今はまだ見ることは無理そうだ。


「さあ、入って入って。どうせあたしたちしかいないし、変に気を使わなくていいからね」


 マチが玄関の扉を開けて中に入っていく。樹もその後ろにつき二人の家に上がる。

 玄関で靴を脱ぎ、廊下を通りながら周りをながめていると内部もわりと普通の家のようだった。

 樹のいた時代と何も変わらず、電気を使った白い蛍光灯、木作りのドア、病院とは違った暖かみのある白い壁紙がそこにあるだけ。八百年も経っているのだからもっと違和感を感じるものだと思っていたが、そこまで大きな変化を感じさせることはなかった。いつの時代でも結局はこれに落ち着くようだ。


「リビングがこっちね」


 玄関から歩いて十歩くらいで新たなドアにぶつかった。

 そこが開かれると、三人で中に入る。居間もそこまで大きな差があるわけでもなく、パッと見て明確に違うのは紙くらいの薄さのテレビが壁に貼り付けられていることと、天井に取り付けられているナゾの機械くらいだ。

 ソファがあり、ダイニングキッチンがあり、窓があり……、なんら変わっていない。


「さあ、座ってください」


 サチにソファで座るように促されたので、樹は遠慮なく腰を下ろした。

 

「随分広いね……。ここに二人だけで住んでるの?」


 二人で住むには広すぎる家だ。四人家族が暮らすにも十分すぎるほどの広さがある。


「家とか土地ならあり余ってるしね……。この家だって前の持ち主が何百年も前に亡くなってからそのまま放置されていたみたいだし」

「そこを私たち二人で改装しました。外周市に住んでいる人間なら大体そうやって住宅を手に入れているようですよ。あ、お茶淹れてきます」


 サチがそう言ってから立ち上がり、過ぎた時代を全く感じさせない、ダイニング型のキッチンへ行く。

 

「それで」


 サチの向かった方を見ていた樹にマチが問う。


「樹ちゃんはこれからどうするの?」

「……どうするもなにもなぁ」


 行くあてもないし、この時代のこともさっぱりわかっていない。

 しばらくはここに住まわせてもらえるようだが、それも長く続けるわけにもいかないだろう。


「別に部屋は余ってるしずっとここにいるのはいいよ。でも樹ちゃん自身は何がしたいの? ずっと監禁されていたってことは学園にも行ってないだろうし」


 この時代にもまだ、教育の制度は残っているようだ。

 そうでなければ後続が育たないのだから年代に関係なく欠かすことはできないのだろう。


『ちなみに樹様は管理用の生体チップは埋め込まれていません。学園に通わせることは不可能です』

「嘘でしょ……?」

「ちょ、ちょっと待って!? 生体チップってのは何なのさ?」

『人間を一人、一人管理するために両腕の筋肉に埋め込むナノサイズのチップです。血流から健康状態を判断し、自動的に外部へデータを送信します。また、チップ内部に現住所、年齢などの身分証明用のデータも入っていますので時々提示を求められることがあるのです』

「そう、樹ちゃんにはそれがないから外に出るとき困ってしまうの。監視委員に見つかったら即アウトよ」

「う……」


 女の子しかいない世界。つまりそれは人口の減少を危惧している世界だという訳で。

 人間の生体データを本人の意思とは関係なく取り、嫌がる人間を無理やり押さえつけ生体チップという得体の知れないものを埋め込んでしまえる狂った世界。

 人間を軽々しく死なせないためとはいえ、人権を無視した措置である。

 でもそれは、政府側から見ても仕方のないことだったに違いない。

 人が絶滅しかねないという極限の環境下において一人一人の感情に配慮しろというほうが無理な話だ。


「まあ、それは私たちがなんとかします。それまではしばらくウチにいてください」


 サチがそう言いながらお盆に載せた湯のみをソファの前のテーブルへ置く。


「あ、ありがとう」


 お礼を言い、樹が湯のみに手を伸ばした。暖かい。

 熱過ぎず、ぬる過ぎずの丁度いい温度。

 中を覗くと古きよき緑茶だった。

 ここも昔と変わっていない。


「なんとかってどうすんのサチ? 都市にでも忍び込む気?」

「……わかんないけど。なんとかするしかないでしょ」

「言いたいことはわかるけどねー。難しいと思うよ」


 どうして二人はここまで自分のために尽くしてくれるのだろうか。

 樹はそう思った。

 樹が外の世界を知らず閉じ込められていたという設定を信じ込んでいるから?

 それだけとは思えなかった。

 理由を聞くために口を開こうとしたときマチが時計を見て、しまったと大声を出した。


「もう十九時!? マズイ市内点呼が始まる! ウチは一番なんだよ!」

「え、えーと?」

「街の各家を周って外周市外への脱走者がいないか、確認しに来るんです。そして、脱走者を匿っていないかなどもチェックしていきます」

「樹ちゃんがいるってバレたら面倒なことになる……。生体管理チップのスキャンと家宅捜索が行われるから、誤魔化すのも難しいよ……」

「ううん。いいところがあるじゃない」

「へ? それって……」


 サチの言い方でマチが察する。


「もしかして……階段脇?」

「うん。樹さんを外に出すわけにも行かないし、もうそこしかないわよ」

「……そうだね。樹ちゃん」


 決心をつけたのか、樹の方を向き、


「そこまだ改装終わってないからちょっと埃っぽいけど我慢してね」

「あ、う、うん」


 急ぎ玄関から廊下に出て、二階へ続く階段の脇の前でなにやら作業を始める二人。

 双子の少女たちが壁を一定のリズムで叩いていると、ただの白い壁だったものがボコッと外れた。


「さあ、入って! もうすぐ来るかも」


 マチが言い終えるのと同時にインターホンが鳴らされる。

 おそらくさっき言っていた、市内点呼をしにきた役員だろう。


「急いで!」


 彼女に急かされるまま、壁の中に入る。

 ちなみに樹はPCも持ったまま入っているので中の暗さは然程気にならなかった。

 内部はそこそこ狭く、床のコンクリートもまだはみ出していた。

 壁の扉が閉められ、とうとう明かりはパソコンの電光のみになる。


「どうなってるんだこの世界は……」


 樹のボヤきがむなしくも埃の満ちた部屋で響く。



  12



「はいはい! 今行きますよ!」


 マチの声が聞こえ家に誰かいると判断したのかインターホンの音が途切れる。

 急いで駆けていき、玄関のドアの鍵を外しそのまま開けた。


「点呼の時間だ。……入っていいか?」


 そう言って入ってきたのは黒スーツに身を包んだ女。

 襟の部分には弁護士バッジのような何かの花をモチーフにしたエンブレムがついている。


「……どうせダメって言っても無理やり入ってくる癖に」

「社交辞令というやつだ。悪いが拒否権はないと思ってくれ。人類存続のためなのだ」


 彼女は見た目通りの凜としていて機械的な態度でそう返す。靴を脱いできっちり揃えてから玄関に上がった。廊下を直進するところから見てリビングから捜索するらしい。

 

「ところで」


 サチは廊下を歩いていくの女の後ろから話を切り出した。


「向こうではしっかりやってるの……紅葉くれは?」


 紅葉への言い方からわかるだろうが当然初対面ではない。


「……まあな。二人はどうなんだ?」

「そこそこ。もう少しで都市にも行けそうだし」


 マチが質問にそう切り返した。

 それを聞いた紅葉は心なしかホッとした顔で、

 

「そうか。なら今度は向こうで会えそうだな」

「ええ。そしたら、また昔に戻れるかしら」

「……どうだろうな。サチ、時間は元には戻らない。だが、関係はいくらでも変えられる。だから」

「それは無理よ。私たちの間にはもう埋められないほど深い亀裂ができた。今更どうにもできない」

「……サチ」


 結局、この後の言葉は紡がれずリビングの扉を開け、中をチェックする紅葉。

 その表情は暗かったが、仕方がないと言わんばかりの顔でもある。


「ごめんマチ。やっぱり私は……」

「無理しないで。心の整理なんて案外難しいものだから」

「……ありがとう。けど今はとりあえずこの場を凌ぐことに専念しなきゃね」


 ダイニングキッチンの向こう側をチェックしている紅葉に聞こえないように小声でやり取りをする。

 紅葉とは昔、色々あったのだがそれよりも今の心配だ。

 玄関口のすぐ脇の階段横だけは絶対に調べさせてはならない。

 今はリビングだが、すぐに二階に上がらないとも限らない。紅葉の動向は逐一監視しておかなくては。


「リビングはオーケーだ。他を調べさせてもらう」


 先ほど通ったばかりの廊下を渡り、途中のトイレ、洗面所もついでに調べ上げていく。

 そして緊張の玄関口。

 このまま、階段の脇をスルーして上ってくれれば、こちらの勝ちだ。

 

「二人ともどうした?」

「え?」

「なんだか顔色が良くないようだが」


 感づかれたか?

 マズイ、とマチがその場を取り繕った。


「いや。別に何もないけど……」

「そうか……。なら別にいいのだが」


 釈然としない紅葉であったが、二人を信頼しているのかそれ以上は聞こうとせず階段を上がる。

 二階も一階ほどではないが廊下があり、隣合った部屋が二つある。

 片方ずつ扉を開けて確認し、おかしなものはないか部屋を見回す。

 特に何もなかったのか、姉妹の方へ振り返る。


「終了だ。あと、チップのスキャンだけさせてくれ」


 マチ、サチ、両名が腕を差し出す。紅葉が手に持っていたビジネスバッグからバーコード読み取りに使いそうな銃にも似た機械を二人の腕にかざす。

 汎用生体管理チップは内円都市、外周市を問わず出生時点で腕に注射される。

 チップとは言っているが実際はナノサイズのマシンで血管ではなく筋肉に注射する。

 人間の体温から発電することが可能になっており半永久的に稼動し続けることができる内円都市の最先端化学だ。

 

「ふむ……。管理番号も全て一致……と。すまない、手間をかけさせた」


 チップ内には名前、管理番号、生年月日などの個人情報が記録されており、他人に成り代わることは決してできない。

 スキャンも脱走を縛る鎖になっているのだ。


「毎日毎日、面倒ね」


 つい、愚痴が出てしまうサチ。


「仕方ないさ。人間の絶対数は減ってきている。だからこんなものを埋め込んで管理してしまおうなんて発想が生まれてしまったんだろう。焦っているんだ、我々人類は」


 紅葉も何度も人に言われてきたのか、特に何か思ったりせず冷静に返す。


「伸び伸びとさせた方がストレスなく生きれそうだけどね」

「マチ。残念だが、なかなか難しいことだろうな。あっちではこんなこともやらないのだが……」

「都市に行く理由がまた一つ増えたわね」


 サチは人に監視され束縛され、という生活は嫌いなようで。監視委員の連中が来たときはいつも渋々応対していたなとマチは思い出す。


「自由を手に入れたければ努力を続けるしかない」

「分かってる。私は絶対、都市に行く。家畜みたいな生活はもうごめんよ」

「……そうだな」


 紅葉は階段を降り、玄関へ向かう。マチとサチは後ろからついていきまたも階段でヒヤヒヤしながら彼女を監視する。

 

「サチ」


 玄関で靴を履きながら、紅葉が名を呼んだ。


「……何」

「あのときのことをやはり謝らせてくれ」

「いい。言わないで。聞きたくない」

「だが、私がしたことは……!」

「いいから」

「しかし、それではお前に申し訳が……」

「もういいから!」


 サチは拳を震わせ叫ぶ。

 マチは口を挟まずただ黙っていた。


「帰って」

「……分かった」


 紅葉は静かに扉を開け、この場を立ち去った。

 マチは成り行きを見守ることに徹していた。たとえ彼女でも安易に二人の関係に触れていいものではないと思っていたから。

 パタン、と玄関のドアがひとりでに閉まる。


「紅葉は私を裏切った」


 サチの脳裏に一年前の出来事が蘇る。

 学園で、確かに二人の間に起こった出来事。今もそれは確かにサチを苦しめていた。


「でもきっと、あの場では正しかったのよ。こんな腐った世界じゃ……ね」


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