一章―3 同日_jailbreak



  7

 


「も~~。体中ほこりまみれ……。掃除もしてないのこの会社は」

「体に影響出ないレベルでワザと汚してるんでしょう。私たちみたいにあそこから侵入してくる人いるだろうから」

「その証拠づくりと、痕跡残しのためってワケか。スパイの身にもなって欲しいわね、まったく」


 所々が黒に汚れた服のまま、二人は周囲を見渡す。

 そこで、活発少女のマチがある装置の存在に気づき、指をさす。


「あれ、何かしら」


 その方角にあったのは人の背よりも何倍の大きさもある巨大な電子装置。

 

「反応、その装置から出てるけど」

「ホント!? じゃあ、これ証拠にして外に売り捌けば……ムフ」

「うん。きっとガッポガッポだよ」


 二人の脳内で金の積もった山が出来上がる。

 何を買おうか。

 何を食べようか。

 しかし直後、欲まみれの二人の頭を吹き飛ばすかのようにガンッ、という大きな音が鳴り響く。

 侵入がバレたのだと思った二人は装置を背に身を屈め、迎撃体制に入る。

 …………。

 が、特に何もやって来ず。


「何? 今の音……」


 ガンッ、ガンッ、という音がもう一度。

 恐る恐る、サチが音のする方を向いた。

 なんと、音の発信源は後ろの巨大装置であった。


「この中から?」

「え、じゃあ中に誰かいるってこと?」

「そうだと思う」

 

 装置を良くみるとスライドタイプのドアがつけられていて、しかも南京錠で多重施錠されていた。

 こんな古臭い手口でも一定の効果はあったのだろう。

 錆びで汚れ始めた鍵を触りながら、マチは言う。


「中からは外せないもんねぇ、これだと。しかも錆びているわりには頑丈そう。鋸とかでも切れなさそうだね」


 持ってきているサバイバルナイフでは到底切れそうにない。


「かといって、を使うのはなぁ……」

「私もこんな頑丈なのを崩すはないかな」

「あ、でも一つ方法があるんだけど」

「…………どうするの?」

「これ」


 粘土のような物体をポーチから取り出し見せ付ける。

 

「プラスチック爆薬。セムテックスとも言うわね」

「どこでそんなもの拾ってきたの?」

「外周市の外で。というか別に良いじゃない入手経路なんか」

「……そうね。で、信管は?」

「バッチリよ! さあ、さっさと設置しちゃいましょう!」


 粘土状の爆薬を千切る。

 でも、それよりも楽な方法があるじゃないかと思い、サチは口に出す。

 

「ねえ、やっぱり鍵を探しに行ったほうが早いんじゃない?」

「そんな見つかるリスクの高いことしても仕方ないよ!」

「音でバレるんだから一緒じゃない?」

「そこは上手く調整して」

「……どれくらいの量でどの程度の爆発が起こるかわかるの?」

「…………ええと」

「…………、」


 サチがジト目でマチを見る。

 うぐぐ、とでも言いだしそうな顔だ。


「いいの! なんとかなるから!」

「……失敗しないでよ? 下手すれば私たちごと吹っ飛んだりするかもだし」

「う、うん。とりあえず、これくらいでいいよね?」


 握り拳くらいの大きさで丸め、ドアに貼り付けていく。


「マチ待って」

「ほえ?」


 サチが爆薬を取り付けているマチの肩を掴む。


「そんなに大きく取って大丈夫? というか、中にいる人はどうするの」

「ああ……。まあ、うん。死んじゃったらご愁傷様ということで」

「もう少し減らしなさい」

「……はい」


 先の半分くらいの量に減らし、爆薬に銀色の細長い信管を差す。

 これで、後は起爆のスイッチを入れれば爆破できる。


「本当に大丈夫なの?」

「平気だって! こんな粘土みたいなので威力出るわけないじゃん」

「いや、それは可塑性っていってね……」

「じゃあ、起爆しちゃおうか」

「ちょっと待ちなさいまだ私たち避難してな」


 直後、辺りは煙と火炎に包まれた。



  8



 ドォン! という大きな爆発音。

 樹はベッドの上で脱出策を練っていた。

 そのおかげで幸いにも爆発に巻き込まれることはなく、煙を吸い込むだけにとどまった。


「ゲホッ! ゲホッ! な、何なんだ!?」

『威力からして、C4などの爆薬の類と推測されますが』


 爆発物、つまり外の人間が仕掛けたということ。

 今は煙で全く見えないのだが、一体誰が。


「ケホッ! ……マチ」

「……ごめんなさい」

「女の子?」


 未だに舞い上がる砂埃のせいで姿は確認できないが、樹と近い年齢くらいの女の子であると推測した。


「誰かいるのか?」

「あっ! ほ、ほら誰かやっぱり閉じ込められてたんだよ! はーい! いますよー!」

「そちらはケガしていませんか?」


 どうやら、二人いるみたいだ。

 こちらは、ベッドの上で会議中だったので傷一つ負っていない。

 だが、樹があのままドアの前で固まっていたらどうなっていたのか、と考えるとゾッとしてしまう。


「いや、大丈夫だよ。そっちの方がヤバイんじゃないのか?」


 だいぶ煙も晴れてきた。

 ノートPCを手に取り、入り口へ近づく。

 近くへよってみると、そこには樹が予想したとおり二人の女の子が立っていた。

 一人は見た目とても活発そうな子で、肩まで伸びた髪を左にまとめたサイドテールのような髪型をしている。

 もう一人はクールだが過度な冷たさは感じない、おとなしそうな印象を受ける子だった。顔はそっくりだが、唯一違うのが髪のまとめ方。活発な子と違って彼女は右に髪をまとめていた。


「ありがとう。助かったよ」

「いいのいいの! 困ってみたいだし、それくらいはね」

「もし死んだらご愁傷様とか言ってなかったっけ?」

「サ、サ、サ、サ、サチ! 余計なこと言わないの!」

「…………、」


 おとなしそうな子はサチと言うようだ。


「あ、あたしはマチです! よろしく。籠の鳥さん!」

「ああ、うん。樹です。よろしく」


 頭良いことを言おうとして、バカっぽさが出ているこの子がマチだ。


「ごめん二人共。自己紹介は後にしたほうがいいかも」


 サチが真剣な顔で装置の外を見ている。


「どうしたの、サチ?」

「やっぱり、さっきの爆発で気づかれたわね」

「……気づかれた? 誰に?」


 樹は意味が分からず、彼女に質問をした。ここの職員に、ということなのだろうか。


「この施設、西外周市監視塔の人間たちに、よ」

「西外周市? 監視塔?」


 なんだそれは。新たな地名か?

 と、樹が首を傾げているのを見て、二人は「え?」という顔で彼を見た。


「樹ちゃんもしかして知らないの?」

「あ、いや……覚えてないんだよ。うん」


 とっさの嘘だったが、変な違和感を与えていないだろうか。


「まあ、いいわ。樹さん。とりあえず、ここを出ようと思うのだけど。しっかり私たちについてきてくださいね」

「あ、うん。お願い。実は俺、この施設のこと全然知らないから助かるよ」

「……俺?」


 しまった。

 いつもの男らしく見せるクセがここでつい出てしまった。


「ああ、いや。俺は……じゃなくて私は……っていうか」


 マズイ。さすがにバレたか?

 と、汗ダラダラの樹の予想に反して、彼女らの反応は意外と素っ気無いものだった。


「今どき珍しいわね。自分のことを俺って言う人」

「うん。でも樹ちゃんかわいいからギャップがあってあたしは好きだよ?」

「かわっ……」


 バレないのも悲しい。かといって、バレるのも良くないという不憫な天秤の針が樹にとてつもないジレンマを生み出していた。


「さあ、さっさとこんなところ出ましょう」

「樹ちゃん、武器はないよね? その、デッカイ機械だけじゃ戦えないし、危ないからあたし達の後ろについてきてね」

「へ? 武器? あ、ちょっと」


 Yukinaに情報を聞く間もなく、二人が駆け出した。

 仕方ない。後で二人にも聞いてみようと、彼女らに習ってついていくのだった。

 


  9



 良く磨かれた白く無機質な廊下を三人は走る。

 前を彼女達二人が、その後ろを樹がついていくという形だった。

 侵入者に気づいたのか辺りも騒々しくなってきたようだ。


「サチ! この先は!?」

「左。その後右」

「了解!」


 さきほど、初めて出会ったときの二人の凸凹な印象とは違ってかなり連携が取れていた。

 長くコンビを組んでいてとても深い絆で結ばれているようだ。


「樹ちゃん大丈夫? ついてきてる?」

「大丈夫!」

「そろそろ、《やつら》が来るよ。二人共注意して」


 サチの警告が入る。

 一体、何が来るのだ。

 と、思ったところで、


「ほら来た」


 それは四脚のロボットで、まるで番犬を彷彿とさせるデザイン。

 大型犬ほど大きくはないが、この犬型ロボは存在するだけで異彩を放っていて、何か言いがたい威圧感を感じるのだ。

 それでもってそいつは一本しかない道を塞ぐかのように直立していた。


「樹さん。絶対動かないでくださいね。あのタイプの番犬シェパードは歩いただけで敵性があると判断するやつです」

「わ、わかった」

「じゃあ、あたしはやっちゃおうかな」


 マチがニッ、と笑うと携帯端末を取り出した。

 サチの方も同じく端末を取り出し、なにやら操作をしている。


「サチ。いつも通りでね!」

「オッケー、《いつも通り》ね」


 そうこうしている内にもう一匹、二匹、三匹と敵の犬型ロボの数が増えている。

 二人の少女と番犬達が向かいあう。


「音声認識の準備完了。行くよ!」


 携帯端末をポケットにしまう。

 何を始めるのだろうと、樹はこんなときだが興味深々に彼女達を見ていた。

 そして、マチが左の胸につけていたナイフ用の鞘からサバイバルナイフを取り出す。

 柄の短く、一般的な変哲もないナイフだ。

 そんなものでどうやってあいつらを倒すつもりなのだ。

 

「P変数、対象は発動者左手の物体。それ以外はプリセットIを適用」


 呪文のような言葉の羅列。

 どういう意味かは分からない、が、

 すぐに異変は起きた。

 マチの持っているナイフの周りにまるで光が集まっていく。

 その光はブレードの先端部分に集中しているようだ。

 そしてその光が少しずつナイフの刃に変わっていった。

 短かったサバイバルナイフのブレードはやがて警棒くらいの長さになる。

 さらに、良く見ると刃全体に薄っすらと纏っている熱のような何か。

 それはまるで、


 魔法の様であった。

 

「あたしにはまだ倒しきれるほどの技術はないけど。足を止めるくらいなら……!」

 

 マチは駆け出した。

 番犬もそれを敵対行動とみなし彼女に立ち向かう。

 二つの影が衝突する瞬間、犬型ロボがマチを押さえつけようと高く飛び上がる。

 しかしマチはそれを予測していたのか、スライディングで攻撃を避けた。

 捕獲対象に予想外の回避をされた番犬は人の体に加える予定だった力で足を滑らせ転倒する。


「ふんッ!」


 マチはすぐさま振り向き、床を滑った犬を後ろからナイフで横なぎにした。

 ナイフの刃に加え、まとわりついている熱物質で斬られた番犬は一撃で二つに分散し、停止する。


「まだいるよマチ。私の方はもうすぐ終わるから」

「分かった!」


 サチはずっと携帯端末で何かを操作している。

 これもあの魔法みたいなやつの一つのやり方なのか。


「あと二匹! ほら両方来なよ!」


 ロボに挑発が聞いたのかは否か、二体同時に攻めてきた。

 手は先ほどと同じ飛び上がり。


「うわマジで二つ来ちゃった。どうしよ」


 マチの言ったこととは裏腹に顔は対して困った風でもなかった。

 一度、バックステップで二歩ほど下がり、二匹とも避ける。


「熱いから嫌なんだけど、仕方ない。プリセットYで放射。位置は足元。タイミングは任意」


 またも、ナゾの言語が飛ぶ。

 マチはその言葉のあと刃の長くなったサバイバルナイフを地面スレスレで構える。


「くらえっ!」


 ナイフの一振り。

 一見変化のない様に見えるが違う。

 彼女と犬達の足元が揺らめいているのだ。

 

 そう、まるで蜃気楼のように。

 

「あれは、炎……じゃない」

「熱、ですよ」


 携帯端末をいじりながら、サチが解説する。


「あの子の必殺技です。敵の足元を摂氏千五百度を超える熱で覆い動きを止める。ただ、あの技の弱点が一つ」


 番犬達の足にまとわりつく熱気で彼らの機械の四脚は解け始めていた。

 ただし、


「クッ! 熱ッ……!」


 それは、マチも例外ではない。

 犬達に向けられた熱量ほどではないが、柄を掴んでいる時点でその熱は彼女の手元にもやってくる。

 震える手を制すため両手でナイフを握り、さらに出力を上げる。


「熔けろぉっ!」


 番犬達の足元を覆っていた莫大な熱は自然の法則に基づき上に昇っていく。

 ジュウッ、と固体が液体に溶け始める音。

 犬型ロボットのあちこちがドロドロとした液体金属に変わる。


「あれだけ莫大な熱量を扱っているマチも無傷ではいられません。プリセット内に自分の一帯だけ熱を下げる仕組みも用意しているようですが、メモリ量の限界があります。あの子の周りだけ最低でも百度の熱が覆っていると思ってください」

「ひゃ、百度って……ね、ねぇ。サチさんもしかしてあの熱って俺たちのところにも……」


 あの、魔法のような現象は自然法則に乗っ取らず起きた。

 じゃあ放射した後は?

 制御を失った奇跡は当然、一般の物質と同じ反応を起こすに決まっている。


「大丈夫です。マチ、オッケーよ」

「ハァッ! ハァッ! ッ、いつもより早いじゃん」


 そういうと、マチは熱の放出をやめ樹たちと同じ位置までダッシュで下がる。


「現入力の進数で一帯を変換」


 サチの一言の間にもマチの放った熱はこちらまで向かって来ている。

 もう、ダメかと思った瞬間。

 目には見えない、何かが起きていた。

 熱くない。

 体も、足元も熱を感じない。

 つまり樹たちの周りだけ熱が届いていないのだ。


「何が止めるだけですか。制御不能にできてるじゃないの」

「えへへ。ちょっと気合いれすぎたかも」


 犬達はドロドロと液体金属へと変わる。

 犬だった液体は水溜りのようにその場に佇んでいた。


「これ建物は大丈夫なのかな?」

「天井が少し熔け始めていますが、そのまま崩落してくれれば追っ手もついて来れないし好都合です」

「そっか。あと、どうやってここから出るの? あそこ歩いたら俺たちも……」

「あ、サチがこのまま歩いてもこの子の周りだけなら、熱量は通常になる効果は続くから心配はいらないよ」


 熱が届いていない、のではなく熱が普通に戻っているという方が正しいようだ。


「ちなみに歩いた箇所を消しゴムで消すように一帯の消活動も兼ねることも可能です。でも今回は邪魔するためにあえて消しゴムではなく、通る間のみ熱量を通常にします」


 すごい技術だ。

 本当に子供たちが夢見る魔法のようで。

 八百年という時間はここまで技術を進歩させたのだ。


「さあ、新手が来る前に行きましょう」


 そうだね、という樹の返事の後、犬達の水溜りを避け廊下を駆ける。

 

「この階段を上がればすぐです!」


 サチの案内を聞きながら階段を上る。

 その先には広めのエントランス。

 従業員たちは避難しているのか誰もいない上に追っ手もパニックになっているのか姿はない。


「平和ボケしてた連中で助かったわ。じゃあ、行こう!」


 そのまま、ガラス張りの自動ドアへ走った。

 八百年ぶりの外の世界。

 樹の知らない、超未来の日本。

 さてさて、この先一体、何が待っているんだろう。

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