一章―2 二八一〇年〇八月〇三日_explanation



  3



「ここね?」

「うん。この施設から古代OSの反応が出てる」

「そう……。ようやくあいつらの尻尾をつかめるってわけね」


 二人の少女が携帯端末を手に話している。

 そして、目の前にはあまりガラスの張られていない巨大なビルが建っていた。

 

「どの辺りかわかる?」

「……高低差までは判断できない。でも、建物の内部構造から判断しておそらく」

「おそらく?」

「地下……かな」



  4



「はい……?」


 彼女は今、なんと言ったか。

 二八一〇年。

 そう言いいはじめたのだ。


「人をバカにするプログラムでも仕込まれてるのかな?」

『いえ、これは大真面目な話なのですが』

「嘘つかないでよ!」

『本当です』

「な……っ」


 AIに冗談を言わせるなんて意味の感じられないものを組み込んだりするだろうか。漫才コンビでも組むんじゃあるまいし、と樹はそう思っていた。

 だが、八百年も眠ってしまったというスケールの大きさ故、彼のような普通の人間には受け入れられるはずがない。


「元々、この機械は八百年も眠れるほどのスペックがあったってことなのか?」

『いえ、ありませんでした』

「じゃあなんで途中で起こさなかったんだ」

『あなたの体の問題だったのです』

「えっ……?」

『あのときはまだ未知の技術でしたから冷凍されている人間を無理やり起こせば樹様の体にどんな不具合が起きるか誰にも予想できなかったのです。そのため、樹様が自然に覚醒されるまでこの装置を今までこうして保ってきたというわけですよ』

「いや待ってよ。でも、そもそも最初は二週間の予定だったんだよ?」

『そうでしょうね。ですが、あなたがその期間経っても目覚めなかったのです』


 樹は口を開けたまま黙ってしまう。

 意味は分かる。それでもやはり現実離れしすぎた話を理解するのを拒否していた。


『手っ取り早い方法がありました』

「へ?」

『樹様のお父上からのメッセージです』

「なんだって!?」

『これを聞けばご理解いただけるかと』


 確かに、それなら嘘かどうかハッキリする。

 長年一緒に暮らしてきた、そしてそこそこ腕のある技術者の父の言葉なら、信じられる。

 樹は考え、


「頼む、流してくれ」

『はい』


 AIはそれを了承し、PC内に新しい窓が現れる。

 読み込みが終わり黒い画面が切り替わって、映像が流れ出す。

 動画内ではどこかの部屋で、男が椅子に座りカメラ目線でこちらを見ている。

 樹が最後に見たよりかなり老けてしまっているが、彼は間違いなく、


「父さん……」


 樹はまだ、これが盛大なドッキリ企画だという可能性も捨てていなかった。

 そんな樹をよそに画面内の父は語りだす。


『これ、撮れてるよな……。大丈夫? オーケー。……樹。これ見てるってことは目ぇ覚めたってことだな? とりあえず、お前に言っておかないといけないことがある。……すまん、

「なんで父さんが謝るんだよ」って思っただろ、今。まあ、樹をこんなにしちまったあのバカ親父は俺の仕事仲間で俺の兄貴分みたいなモンだったんだ。だから、俺はあの人のやっちまったことに対して追わなきゃいけない責任だってある』

「違うっ! だって父さんは……」

『俺は旭さんを止められなかった。あの人はたまに暴走しちまうんだよ。見境なく、周りを巻き込む形でね』


 アイツと話していて自分との一致に驚かされたことは覚えている。

 でも、樹と旭で違ったことはソレを上手く止めてくれる人がいるか、いないかだ。


『旭さんは敵を作りすぎた。だから、俺が止めるしかなかった。あの人がどれだけ憎まれようと俺は彼の味方をするつもりだったさ。……でも、もう無理だ。あいつは自殺した。そしてお前もこういう形で奪われた。今はもう憎しみしか湧いてこない。あいつが今生きていたとしても、俺は一生ヤツを許さないだろうよ』


 自殺。

 結局、樹を巻き込んでまで選んだのはそんなクソッタレな結末だった。

 何が残った?

 父さんの旭への憎しみ、そして樹の冷凍保存。

 生む必要のない迷惑を作るだけ作り、ヤツは消えた。

 それも死という最悪の逃避で。


『ところでお前の状況なんだが、目覚める気配すらない。ホラ、この通りだ』


 カメラが微妙にズレると、そこにはモニターで監視された樹の姿が映し出されていた。

 他にも色々な画面がある。バイタルチェック用、CTによるデジタルスキャン用、空調などなどだ。

 どうやらこの研究施設で撮影していたようだ。


『お前が眠ってから三十年くらいかな。AIから多少話は聞いているかもしれないが、未だに自然覚醒はしてない。だが、無理やり起こすこともできない。正直言って手詰まりなんだ……。お前の生きていた頃より技術は革新しているんだが、古い技術ってのはどんなエラーが起こるかわからない。下手に弄くればお前が死んでしまう。……俺はそんな賭けに出ることはできなかった。臆病で、すまん』

「そんなこと……!」


 ない。

 樹の父親は誰よりも賢くて、優しくて、強い。

 子供の頃からそう思っていた。


『だからお前をこのまま眠らせておくことにした。冷凍保存装置の設備修理、保全は政府が内密に負担してくれるそうだ。あの装置、実は国防省も関係してるんだが……まあお前には関係ない。とにかく、これが公になるわけにもいかないから秘密にする代わりにお前を生かしてくれている。クソむかつく話ではあるがな』


 そこまで大きな話だったのか。

 きっと、樹の裏でとてつもない金が動こうとしたに違いない。

 でも今それを知っても、旭の話を魅力的に感じることはなかった。


『そんで、俺は俺なりにお前のためにあるものを作った』


 画面の父はさらに話始める。


『それがこの、Yukinaだ』


 雪菜に似た彼女の姿を見る。

 本当に姿形もそっくりで、樹が最後に見た彼女の姿と寸分の違いもない。


『お前がいつ、どんな時に目覚めてもいいように俺が今の技術の全てを詰め込んだ自己成長型AIだ。こいつ……じゃないな。Yukinaは自分で勝手にネットにアクセスし、その時代にあったニュースを拾い上げ学習し、そこから必要なものだけ教えてくれる。つまり、樹がどの時代に目覚めてもついていけるように作られているってわけだ』


 さらに、と樹の父は付け足す。


『彼女はPC内の環境整備も自己判断で行える。古いOSでも、ネットから拾える情報のみでその時代に退けを取らないものに作り変えることだってできる。まあ、メモリとかはどうしようもないから微妙と言えば微妙だが。そこは上手くやってくれ』

「お前、そんな機能があったのか」

『恐縮です』


 隣の画面のYukinaが頭を垂れる。


『そうそう、形はお前の大好きな雪菜ちゃんに合わせておいたから。嬉しいだろ?』

「なっ……!」


 別に好きとかじゃ……、

 と言う言葉は飲み込み、画面で笑っている父の姿を見る。


『怒るなって。なにもバカにしようと思って雪菜ちゃんを選んだわけじゃないんだ。少しでも寂しいという気分が晴れればと考えただけだ。そういや、雪菜ちゃん泣いてたぞ。お前が戻ってこないって。今もほとんど毎日、この施設に来てるんだ。幸せもんだなお前は』

「雪菜……」


 あの日彼女をフッてから、ずっと気にかかっていた。

 あんな酷いことをしたのに彼女はまだ、俺のことを慕ってくれていたんだ。

 

『それに、力也くんも一緒に毎日ここに来ているよ。彼も今は結婚して幸せに暮らしている。けど今でもお前のことはやはり心残りなんだろうな』


 雪菜、力也にはもう会えない。

 時間を遡ることは不可能。

 そう考えてしまうだけで、今にも泣きそうだ。

 だが、まだ泣くところではない。

 樹は涙の零れ出そうになった目を軽く拭き、もう一度動画を見る。


『……さて、俺が話すべきことは全て話した。後はお前が頑張れ。俺はお前を信じてる。母さんも、姉さんの愛生もお前を信じてくれている。俺が生きている間はお前に会えないかもしれない。でも、強く生きろ。見た目がどうこうはもういい。樹は誰よりも男らしかったのを俺は知ってる。だから、』


 一度拭いた両目から何かが落ちた。


『負けるな。どんな逆境でも、絶対上手くいく道はある。それを忘れるな』


 止まらない。

 男は泣くもんじゃない。

 でも、今くらいは、


『じゃあな、樹。俺は応援してる。お前ならきっと、どこでだって強く生きていけるさ』

「うん……」


 樹の慟哭が装置内に響く。

 たまには男泣きだっていいものだ。

 きっと、天の父だって許してくれるだろう。



  5  



 普段人が通らない通気口に少女が二人。

 まるで、潜入任務のようだが今の彼女達にはまるでその通りなのだ。


「狭い~~っ!」

「静かに。音感知のセンサーとか設置されてたらどうするの」


 感情の起伏の少ない少女の声に諭され、活発な見た目の彼女はマズイと口を塞ぐ。


「でもぉ……」

「我慢。もうすぐだから」


 小声でのやり取りに変え、口の少ない少女は動かしづらい腕を動かす。

 小型のタッチパネル式の携帯端末を取り出し、画面を凝視する。


「近い?」

「かなり」

「じゃあ、早く行こうよ~~」

「慎重にいく事を覚えたほうがいいんじゃないのマチは」

「サチがビビリすぎなの!」

「シッ!」

「ムグゥ!」


 マチが空気を読まず大声を出したので、後ろで匍匐をしている彼女の顔に容赦なく蹴りを入れるサチ。


「痛いよぉ……。何も蹴ることないじゃんかぁ……」


 顔をさすりながら、抗議の声を漏らす。

 やりすぎたとも微塵に思わないサチは忠告で返した。


「静かにしてっていったよね? 私」

「わかってるってば。暑いし、早く行こうよ」


 蛇男のように匍匐で狭い道を進んでいく。

 もう少し先に、彼女達の目指すものは待っている。



  6



『樹様。落ち着きましたか?』


 どれくらい泣いたか。

 覚えていないが、そんなことはもうどうでもいい。

 

「もう大丈夫。ごめん情けないところ見せちゃって」

『いいえ、別に。それで、いかがでしょうか』


 信じるか、信じないか。

 でも、ここまで信憑性のあるものを見せられて、否とは言えない。

 とは思ったものの未だに理解できないことが多すぎる。


「まだ百パーセント信じたわけじゃないけど……。でも、今はそう仮定して動くことにするよ」

『賢明な判断かと。私もまだこれだけで信用していただけるとは思っていませんので』

「だけどさ。一応、今どんな時代なのか教えてくれないか? Yukinaは普段、外部のネットで色々調べているんだろ?」

『はい。もちろんです』


 二八一〇年。

 樹が見ていたSF映画なんかよりもずっと先の未来。

 日本は、そして世界は、一体どんな歴史を辿っていったのか。


『まず、ですが。樹様は男ですよね』

「え、う、うん」


 俺のどこが女の子に見えるんだ、という樹の静かな怒りの目線を感じ取ったのか、Yukinaは続く言葉で彼を宥めた。


『申し訳ありません。他意があってそう言ったわけではないのです。ただ今の時代、樹様の容姿はとても丁度良いので』

「どういうこと?」

『二八一〇年現在。地球から「人間」の「男」という性は失われてしまったのですよ』


 つまり。

 たった今、この瞬間。

 生きている男は彼一人。

 ということは、だ。


「も、も、も、もしかして」

『はい。あなたが地球で生きている最後の男、ということですね』


 樹の脳裏にまず浮かんだのは酒池肉林。

 女、女、女。

 ハーレムという男のアホな幻想を現実に感じられる日が来るだなんて夢にも思うまい。

 

『何を考えているかは分かりますが。私はオススメいたしません』

「え? どうしてさ。男の夢だよ!? 男が一生に一回は妄想するだろう、究極のドリームなんだよ!?」

『いいえ。一つお聞きしたいのですが、珍しい生き物、というのはどういう末路を辿るか分かりますか?』

「そりゃ動物園とか、研究施設に……。あっ」

『そういうことですよ』


 まさか同じ人間相手にそんな事……。

 と、樹は思うがその考えを裏切るように、彼女は続ける。


『彼女達は人であっても容赦ないと思いますよ。なにせ、女性だけの世界ですからね。このままだと人類は増えることなく滅亡するんです。そこにあなたのような男性がまだ現存しているとわかったら……どうなるのでしょうね』


 思わず、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 せっかく父にもらった命を無駄に研究施設で消費することになるのだ。

 そんなことは、


「嫌だよ。そんなの」

『そうでしょう。樹様がそんな終わりも悪くないと思うのでしたら全力でサポートいたしますが』

「いい。いい。やだよ、そんな死に方」


 人類のためになんて大それた正義感は持っていない。

 それに自分の命は自分のために使わないと、死んだ父への冒涜になるではないか。


『かしこまりました。と、いうわけですので。これから樹様には女の子のふりをしていただきます』

「え、でも。俺じゃすぐバレちゃうんじゃ……」

『一度鏡を見てくることをオススメいたします』


 なんと辛辣なAIか。

 彼女の人間らしさは自己成長型AI故なのだろうか。


『とにかく。これからは女性としてふるまってください。樹様なら、大丈夫です』

「ええ……」


 男らしさを求めていた樹にとってあまりにも苦痛。

 だが、こうも考えた。

 父の強く生きろという言葉。

 それを守ることこそが男らしいということなのではないか、と。

 だったら、女の子のふりをすることがなんだというのか。

 

「そうだな。やってやるか。やってやるぞ!」

『…………、』


 AIですら困惑していたが、樹は気にせずやる気に満ち溢れた体で拳を持ち上げる。


「でもさ、とりあえず外に出なきゃ何も始まらないワケだけど」

『はい。それでは装置の電子ロックを今から解除いたしますので』


 その直後、ピーッという電子音が鳴る。

 ドアがアンロックされたのだ。

 樹はベッドの横に設置されていたノートパソコンを持ち、唯一の入り口である、冷凍保存装置の扉の前に立つ。

 

「……父さん」


 今はもういない、父に呟く。


「行って来るよ」


 スライド式のドアノブに手を掛け、左へ引く。

 が、


「あれ。開かない」


 ガンッ。ガンッ。と何かにつっかえている音が聞こえる。


『もしかしたら』

「ん?」

『アナログ式の施錠が為されているかもしれませんね』

「具体的には」

『大方、南京錠とかかんぬき錠とか』

「……Yukina、それ外せる?」

『外せたら、とっくにやっています。内部か外部からデジタル経由でロックが外されても大丈夫なようにするための救済措置でしょうね。まあ、ほんの一時しのぎにしかなりませんが』

「締まんないなあ……もう」

『カギだけに。ですか』

「一本取られたわ」


 死ぬまで二人で漫才でもできそうだ。それはそれで楽しいのかもしれない。

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