超熟と特売コーヒーで最高の朝を

隣家との狭い隙間を縫うように、わずかに光が差し込む薄暗くひんやりとした台所。ここでまず僕がすることといえば、コーヒーを淹れること。


特に豆にこだわりなんてものはなく、いま飲んでいるのは母親が近所のスーパーで特売時に買いだめしているuccのゴールドスペシャルブレンド。これをプラスチックの計量スプーンで3杯ぶんすくって、マグカップ2杯ぶんの水道水とともに、EUPAのコーヒーメーカーにセットする。


コーヒーが出来上がるのを待つあいだ、オーブントースターにパンをセットする。オーブントースターは父親の遺品整理をしていたとき、押し入れの奥からなぜか新品で発掘されたもの。箱には「クリムゾンレッド」と表記されていたけれど、化粧の濃いおばさんの口紅みたいな色で、台所に置くとやたら目立つ。そんなセンスのかけらもないオーブントースターだけども、この家には母親と僕しか住んでいないから誰も気にしない。


パンは超熟の6枚切りの食パンが最近のお気に入りかな。だいたい1枚30円くらいの計算。さっくり、もっちり、ほんのりとした甘み。これよりもっと安い食パンもあるとはいえ、ちょっぴりパサパサしていて美味しくない。1枚10円程度の差額なら、自分が美味しいと思えるほうを選んだほうが幸せじゃない?


ジャムはアヲハタ55のストロベリー。これを雪印のバターとともに焼きあがったトーストに塗って、熱いコーヒーで流し込むのが最高・・・なんだけど、今朝はちょっと気分が下がってる。なぜなら、超熟が1枚しか残っていないから。


6枚切りを毎日2枚食べるとちょうど3日で食べ終わる計算なんだけど、たまに母親が勝手に1枚食べてしまうときがある。そういうときは計画が狂わされたようで朝から不快な気分がムカムカとこみあげてくる。


勝手に食べるな、と念を押しても、ほとぼりが冷めたころ、また勝手に食べてしまうのが母親という生き物。心底うんざりはするけれど、ここはグッと我慢する。だって34才無職の男性が食パンを理由に家庭内暴力って、どう思う? 笑。


でもきっと、こういう些細なところから事件に発展しまうことってたくさんあるんだろうな。テレビニュースを見ていると、たまに子供が親を殺してしまったニュースが流れる。その度、これは僕の未来かもしれない、いや、この親を殺してしまった子供は他でもない僕自身かもしれない......何を言ってるかわかんねーかもしれないが、そう思うときがある


さて、コーヒーとトーストの香ばしい香りが漂ってきたら準備は完了。

母親が百円ショップで買ったと思われるやたら重量感のあるマグカップの八分目あたりまでコーヒーを注ぎ、ほんのりと表面の焼けた超熟に、薄く切ったバターを数切れ乗せる。


それをイチゴが規則的にたくさん印刷された柄の安っぽいプラスチックトレーに乗せて、そそくさとテーブルに運ぶ。そして座ると同時に、無意識のままテレビのリモコンのスイッチを押している。


すると“なぜ? いま若者に広がる貧困生活”というテロップが僕の目に飛び込んできた。なんとなく自分のことをいわれているような気がしてチャンネルを変えようかと思ったけど、自分みたいな人間がどういう見られ方をしているのかという好奇心のほうが勝ってそのままにしておいた。


この番組、先週は同じくらいの時間に“お小遣いは100万円?! セレブな妻たち!!”なんて特集をやってたっけ。庶民は上を見たり下を見たりしながら、己の立ち位置を受け入れるんだなぁ。みつを。なんて。


そのうち、学費を稼ぐために風俗で働くことを余儀なくされたという女性が登場し、その私生活に密着取材した映像のあと、取調室みたいな部屋で行われたインタビューを流していた。そのうち、顔にモザイクのかかったその女性が感極まって嗚咽するようなすすり泣きを始めると、画面端のワイプに映った脂ぎった顔の中年男性のコメンテーターが眉をひそめて深刻そうな顔を作った。まるで必死で笑いをこらえているような。笑。

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