第1話

 昼休みを告げるチャイムが鳴った。教壇には「歴史上覚える必要の無い偉人達」を今年中に執筆すると噂のある石原が、まだ何かを黒板に書きながら話しを続けるが、それを無視して生徒達は片付けを始めた。

 秀はふっと隣の席に目をやると、まだ机の上に突っ伏して寝ている輝一の姿がある。それまで読んでいた本を畳み、軽く伸びをした。

 そうしてる間に准と飛鳥が近付いて来る。秀は軽く輝一の机の上を叩き、輝一を起こした。そして准が口を開いた。

 「飯、行こうぜ。」

秀は無言で頷き、輝一は軽くあくびと伸びをして、返事をした。

 「あー、やっと終わりか。腹減ったなぁ。」

秀はその輝一に声をかけた。

 「お前は寝すぎなんだよ、輝一。」

それを聞いて、飛鳥も言った。

 「本当、一限目から四限目までずっと寝てるよな、ある意味すげぇかも。」

准も続けた。

 「寝るコンテストありゃ間違いなくトップだよな、輝一って。」

輝一はほっとけ、という態度でほっぺた辺りをポリポリかいた。その様子を、何故か秀は嬉しそうに見ていた。そして誰ともなく、学食へ向かう。

 いつも通り、学食は混雑している。しかし、何故か一番端の窓際のテーブルだけは、人が一人しか座っていない。そこが彼らの定位置なのだった。

 准はコンビニ弁当、輝一はコンビニで買ったパンを、飛鳥と秀は食券を買い、いつも通りその席に向かう。先にその席に座った准が、一人で座っていた人物に声をかけた。

 「ようおさむ、停学開け早々から昼からか。あれからどうよ?」

統と呼ばれた人は返事を返した。

 「どうもこうも何にも変わらないよ、今日はちょっと家でやることあったからさっき学校に着いたんだ。それにしても理不尽だよな、バイトがばれただけで停学なんて。」

輝一が口を開いた。

 「本当にな、今まで長いことやっててバレなかったのに何でだろうな。」

 「仕方ないよ、いきなり来るんだもん山本のヤツ、黙っててくれてもいいのにね。」

そうこう言ってる内に秀と飛鳥がお盆を持ってやってきた。盆にはカツ丼とラーメンが乗っている。秀が席に着いて言った。

 「あいつら、生徒の悪行を見つけて報告すりゃボーナスもらえるらしいぞ。」

飛鳥は言った。

 「その生徒受け持つセンコーは減給ってか?」

輝一は返した。

 「あぁ、だからあいつら必死で自分たちの生徒は教育して、他の連中の粗探しする訳か。」

統は返す。

 「俺のバイトの悪行と、反省文がそのままセンコーの給料に反映されるわけか。たまったもんじゃないや。」

そんな軽口を叩きながら皆は昼食を取り始めた。これが彼らの日常だった。

 本来彼らは勉強は言うほど苦手ではないが、それはあくまでこの学校の中だけでの話し、世間一般で見ればこの高校は偏差値が低い、所謂オチコボレ高校だった。自分たちの学校を中心に、東西南北に名門校が四つある。

 一つは大物政治家を排出するような超名門校、一つはスポーツ推薦で集まり、勉強も出来る文武両道の超名門校、一つはやんごとなき女性が集まる超名門女子校、余談だが美人も多いらしい。もう一つは県内でも指折りの高偏差値を誇る名門校、噂を聞けば留学し、NASAに就職するような連中も集まるらしい。

 そんな素晴らしい学校が沢山ある中、彼らの通うこの高校は、近所の人からジュラシック・パークと呼ばれるような学校だった。先に述べた女子校「ノートルダム女学院」に至っては、彼らの高校周辺に近付いてはいけない、などというふざけた校則もあるぐらいだった。

 そんなくだらない話しをしながら、彼らは昼食を取り終えた後に屋上に向かった。屋上にたどり着き、予鈴が鳴るまでここでダラダラ過ごすのも彼らの日課である。

 秀と輝一はポケットからそれぞれタバコを取り出し、火を着けて吸い始めた。秀はいつも通り、ジッポを「カチン」と鳴らして火を着ける。このジッポは実は輝一、統、准、飛鳥からもらった物だった。

 白い煙をくゆらせて、午後の憂鬱を考えていた。これからまた変わらない日常が彼らを待っている。秀がふと空を見上げると、朝のあのうっとおしい雲はどこかへ消えて、青空が広がっていた。それを見て秀は一言呟いた。

 「あーあ、空は青いし、いつも変わんねぇのに俺はいつまでこうなんだろうな。」

横に居た輝一は同じく空を見上げて言った。

 「何がだよ?」

 「俺達って所謂オチコボレだろ、しかも気がついたらもう入学して一年だ、勉強すりゃ何か変わるかなーと思ってたけどよ、なんにも変わらない。」

 「・・・確かに、俺も一応勉強してみたり、部活入ってみたけど何ともだ。」

 「こんな所で燻ってちゃいけねぇのは分かってんだけどなぁ。」

そんな話しを統は聞いて、返事をした。

 「秀もそう思ってたんだね、実は俺もなんだよ。」

そこに准、飛鳥の二人は「いや俺も俺も」と入って来た。五人は横に並び、皆で空を見上げて同時に軽くため息を着いた。

 そうこうしている内に予鈴が鳴った。輝一と秀はタバコを投げ捨てて、五人は誰ともなく授業に向かった。

 本鈴が鳴り、授業が始まった。授業をするのは生物の田中、彼は生物の進化論を中心に、学校のカリキュラムを無視した授業の進め方をする人で、生徒の間ではキメラ、人造人間、挙句妖怪人間を作り上げるなどと妙な噂をされていたが、何故か生徒達の間では人気があった。彼ら五人も例外無く小池を気に入っていた。

 各々は自分の席に着くや否や、寝支度を始める者、机の中に漫画を仕込んで読む者、携帯をいじる者、数々居た。そして授業はいつも通り始まった。

 小池が語る生物の遺伝子構造を全く無視し、寝ている者、ゲームに夢中になる者、それぞれ好き勝手して、まともに授業を聞いてる人間などほぼ居なかった。

 そして小池が語っている間、いきなり笑い声が教室中に響き渡った。いつもなら、その声を無視して、小池は授業を進めるが、今回は何故か黒板に文字を書く手を止め、生徒達に向き合って、しっかりと全員を見回し、正面を見据えて言った。


 「君達、自分達を変えてみたくはないかい?」


 全員がバラバラに座っている秀、輝一、准、飛鳥、統は顔を上げ、小池のほうを見つめなおした。顔を上げたのはその五人だけではない、他にも何人かが確実に、寝ていた人間まで目を覚まして小池を見つめた。

 その空気の中、輝一が訊いた。

 「何ですか?その質問。」

小池は答えた。

 「君達は何故この学校に来たんだい?」

少し間を置いて飛鳥が言った。

 「俺達、ここ以外入れる学校が無かったからです。」

小池は言った。

 「そうだよね、君達は頭が悪いからだね。」

その瞬間、生徒達から怒りのオーラが出てきた。少しムッとした顔の者も何人か見受けられる。それに続けて小池が言った。

 「でも、その頭の悪さっていうのは勉強が出来ないだけだ。君達は本当にそれだけで測れる人なのかい?」

 生徒達から怒りの色が消え、他に何が出来るかを考えだした。その空気の中、准が口を開く。

 「勉強は出来なくても、僕は運動が得意です。」

小池はその言葉を聞いて、嬉しそうに答えた。

 「そう!そうなんだよ、勉強がダメでもスポーツが出来る人、楽器が出来る人、絵が描ける人、様々なジャンルで活躍する人がいる。君達は勉強は不得意だ、だけど、それ以外で活躍する術を見つける事が重要なんだよ。」

 それを受けた生徒達がまたざわつき始めた。あっちこっちで上がる声。「俺には何が出来るよ?」と近くの席に居る者に話しかけて訊いている者が殆どだ。その生徒の姿を見て来いけは続けた。

 「そうだ、君達は勉強が出来ない、ただそれだけなんだよ。これから勉強をすれば成績は伸びて大学にも行ける、将来いい企業に就職出来る、それも素晴らしい道の一つだ。だけど、それが出来る人はここに何人居る?」

 生徒はシーンと静まり返った。それでも小池は続ける。

 「勿論、将来の不安を感じるならこれからまた勉強すればいいだけだ。可能性はゼロじゃないし、限りなく低いと僕は思わない。それに君達みたいな人が今後そうして社会を動かせば、ある意味世界を変える事と同じなんだ。君達は素行不良で喧嘩も多い、僕達先生にばれないようにバイトをしたり、タバコを吸ったりバイクに乗ったり、確かに法律違反、校則違反のオンパレードだ。だけど、その中には君達の可能性を見出す物もあるんだよ。」

 それを聞いて統は答えた。

 「例えば?」

小池は応える。

 「今言ったバイクの事もそうだよ、勿論無免許で乗るなんて以ての外だが、免許は校則違反なだけで法律上は禁止されていない。だから、君達の中でバイクが好きな人は学校に黙って免許を取り、乗り回して練習すれば将来はバイクレーサーになれるかもしれない。そういった事だよ。」

 生徒全員は、なるほど、と言った顔で小池を見た。そしてその顔を見渡した後に小池が続けた。

 「進化というのは、常に危険と共にある。移り変わって行く際にその種は絶滅する可能性もあるからだ。だけど、彼らが今生きてこれたのは、その危険と向き合ってきたからだよ。」

 秀はその言葉を受け、何故か目を見開いた。秀だけではない。輝一、准、飛鳥、統、この五人、それ以外も、目からウロコが落ちたような顔をしている。そして更に小池は続けた。

 「君達が何かしらの形で変われば、君達の周りも変わり始めるだろう。君達がスターターピストルとなって、自分を、周りを変化させ、進化させて行くんだ。もしかしたら、君達の周りは君達と同じく、変わりたい物で満ち溢れてるかもしれない。進化、変化するきっかけを待っているのかもしれないよ。」

 秀は言った。

 「面白そうですね、とりあえず、やってみます。」

 スターターピストルが鳴った気がした。彼らはこれから走りだすだろう。新しい物語はここから始まった。

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