はにかむハニカム


 ロボットによる人類への攻性接客、包囲殲滅作戦が始まった。


「って、殲滅しちゃってどうすんのよ。相手はデモ隊でもお客様でしょ?」


 有花はディレクターズチェアから勢いよく立ち上がって言った。有花の入店タグを持っている人物はデモ隊の中にいる。何のために有花のタグを持ち歩いているのかは解らないが、返してもらわなくては有花はこのホームセンターから出られない。


『デモに参加しているすべてのお客様は、厳密に言えばまだお客様状態ではありません。商品購入を目的とせずに店内を騒音を出して練り歩いている通行人です』


 接客応対ロボットも動き出す。フェイスマスクの半分をジョイトコ店内マップのまま、もう半分をアスキーアートの顔文字に戻して、虚空を睨む表情でデモ隊が歩き去った方角を見つめる。


『お一人様あたり三千円以上のお買い物をされるまで決して帰しません。接客会議で決議されましたので、力づくでもお客様状態になってもらいます』


 トコちゃん達による超攻撃的接客術が見られるか、と有花は胸がドキドキと高鳴るのを抑えられなかった。ロボットによるお客様への攻性行動だ。ロボット三原則なんて問題じゃない。


「ねえ、念のため聞くんだけど、ロボット三原則って遵守してる?」


 有花は速度を上げて転がり出したトコちゃんを小走りに追いながら聞いた。


『ホームセンター内は治外法権です。我々はホームセンター法に従って行動するのみです』


 きりっと眉毛も引き締まった表情の顔文字を見せて接客応対ロボットは言った。


『ロボット工学三原則なんて提唱されているのはフィクションの中だけです。アイザック・アシモフをご存知ですか?』


「ロボットにアシモフ語られると何かムカつく

わ。それに喋り方さっきと変わってない?」


『これは失礼、申し遅れました。私はジョイC3、識別コードJD0012です。以後、お見知り置きを』


 くるり、バランスボールを器用に転がして後ろ向きに走りながら、ジョイC3と名乗ったロボットは有花に頭を下げた。


「わっ、いつの間にか中の人がジョイちゃんに変わってる。さっきまでのトコちゃんはどこ行ったの?」


『いますよー。並行処理でマップを展開しますね』


 ジョイトコマップを表示していた方のフェイスマスク半分が顔文字に変化する。ニコッとした表情が一瞬だけ現れて、またすぐマップ表示に切り替わる。相変わらず日差彦のタグに動きはない。消えたままだ。


『特別接客コマンドが出ていますので、ヨシノユカ様の入店タグ捜索と対象タグの追跡はデモ隊への接客と同時処理で行わせていただきます。ご了承を』


 人工芝が敷かれたキャンプ用品特設売り場を走り抜け、アウトドアグッズコーナーと野外調理器具売り場の十字路を左折してメインストリートのバス通りに差し掛かり、先を転がるトコちゃんを追うにつれ、ホームセンター店舗内デモ隊のシュプレヒコールが有花の耳にもはっきりと届いてきた。


「同時処理なら、ちょっとお願いしたい事があるの」


 特別接客コマンドってどんなだろう。どうせ入店タグがなくて、接客応対ロボット達には自分はサーチされないのだ。デモ隊がどんな攻撃的接客を受けるのか高みの見物と洒落込もうか。それもまた一興だ。有花はタグよりもロボット観察を取った。でも、ホームセンターから出るためにやはりタグが必要だ。デモ隊が殲滅されてからタグを回収しよう。


「手の空いてるトコちゃん一機回してもらえる?」


『基本的に手の空いてるロボットは存在しません。全機、常に索客モードです』


 ぐるり、隊長機であるジョイちゃんに乗り移られたトコちゃんがいちいち振り返りながら言う。


「これも大事な接客の一環よ。さっきのタグの反応が消えたポイントに向かわせて」


『接客行動ならば一機派遣しますが、そこで何をすればいいんですか?』


「何をって、お客様を探すの。きっとまだ隠し寝床で寝てるはず。叩き起こしてよ」


 ステルス性能を備えたダンボールハウスの中に引きこもったせいで日差彦のタグの反応が消えたのだろう。たとえ接客応対ロボットや監視ドローンのセンサーを誤魔化せても、実際に目視でダンボールで作られた違法な建築物を確認すればそこに日差彦が隠れていると解るはずだ。ロボットを現場に派遣すれば、案外あっさりとステルス性能の裏を覗けるかも知れない。


『言っている意味が解りませんが、とにかく一機向かわせます』


 フェイスマスクの右半分のマップ表示が顔文字に変換された。


『では、私が行きますね。トコG7、識別コード0794です。では機体をシフトしますね』


「うん、794番トコちゃんね。ウグイスちゃんって呼ぶわね。現場に着いたら私に連絡ちょうだい」




 そして、有花がデモ隊に追い付いたタイミングで、ついにホームセンターはデモ隊殲滅に向けて動き出した。


 ホームセンター店舗内デモ隊の先頭、人間の尊厳と、働くと言う崇高な人生の目的をロボットから取り戻さんと胸を張って歩く壮年期を過ぎた風貌の男の前に、赤いエプロンドレスを纏った接客応対ロボット隊長機が立ちはだかる。


『いらっしゃいませ。お客様にオススメの特別な売り場へご案内致します』


 中世ヨーロッパの淑女を思い起こさせる髪型のフェイスマスクに鋭い眼光を投影させ、バランスボール式の脚部をゆっくりと回転させながらジョイちゃんは言った。


 デモ隊の数はおよそ五十人。そしてその緩い隊列をぐるりと包囲する接客応対ロボットは64機。一個小隊まるまる出動だ。有花は入店タグを持たない自分はノーマークだと言ういわゆる無敵状態を利用して、愛しいロボット達の働きを見学しようとデモ隊の最後尾にそうっと紛れ込んだ。


「人間のぉー、仕事を奪うのはぁー、やめろぉー」


「やめろぉ……」


「ロボットはぁー、人間にぃー、仕事をか、え……」


 ロボットに完全包囲されたこの異様な雰囲気を察して、デモ隊のシュプレヒコールは尻すぼみに消えていった。目の前の赤い隊長機ジョイちゃんのアスキーアートに睨まれ、もはや飲み込まれるのを待つカエルのように静まり返るデモ隊の面々。


『デモンストレーションを行うのにぴったりの商品は、こちらにございます』


 ホームセンターが震えた。有花にはそう思えた。第一階層メインストリート、デモ隊の側を通り過ぎた巡回無人電気バスがゆっくりと右へドリフトしていくのが目に入った。天井近くまでそそり立つ壁のような商品棚、そのショーウインドウに陳列されたさまざまな色と形の家庭用燻製器がカタカタと揺れ、無人電気バスはショーウインドウから離れるようにスライドしている。


 いや、違う。有花はショーウインドウに一歩近付いてみた。しかしライトアップされてキラキラと輝く家庭用燻製器は有花からさらに遠去かっていく。動いているのは電気バスではない。壁の商品棚の方だ。


 ホームセンターが動いている。ホームセンターが変形していく。それはまるで意思のある一つの巨大な生き物のようで、デモ隊を取り囲む商品棚、ショーウインドウ、商品ケースが床に敷かれたレールに乗って移動し始めた。


「うわっ、これは本気だ」


 有花は思わず後ずさった。しかしつい今さっきまで電動カートの通路だった脇道も、キャリア付きウォータータンクのショーケースに阻まれて退がれなかった。退路は断たれた。デモ隊はもう動きようがなかった。目の前に拓けた道、ホームセンターが変形して作り上げたショッピングへの一本道を除いて。


『どうぞ、こちらへ』


 動揺を隠せず右往左往するデモ隊の先頭に立って、一機のロボットは戸惑う人類の行くべき道を淀みなく指した。


『デモ隊リーダーのお客様はまず拡声器を購入すべきです。それは絶対です』


 可動式の商品棚はまるで連鎖して隙間を埋めていくパズルのピースのようにデモ隊の進むべき道を消し去り、接客応対ロボット達はショーケースを連動させて新たな道を作り出していく。


『デモ隊の皆様でぇー、おそろいのぉー、タスキなどいかがですかぁー』


『いかがですかぁー』


 デモ隊の面々はもはやどうする事も出来ず、ロボットにやいのやいのと追い立てられるようにして、目の前に形作られていく新しいショーウインドウの道を進むしかなかった。


『ただいまキャンペーン中でぇー、タスキに入れる文字のプリント代はぁー、サービスですぅー』


『サービスですぅー』


 ホームセンターの変形は止まらない。有花の目の届く範囲でもかなりの商品棚とショーウインドウが動き、次々と新たな特設売り場を形成していた。


 接客応対ロボット達の攻性接客も止まらない。一般客を可動壁に巻き込まないように誘導しつつ、列が乱れてバラバラになっていくデモ隊からはぐれた人間をロックオンし、個人が持つ入店タグをスキャンして購入履歴を基にデモに特化した商品をお勧めして、着実に一人一人さらっていった。


『歩き易さを追求したウォーキングシューズはこちらですよー。堅い床材の店内をどんなに歩いたって疲れませんよー』


 と、孫を彷彿とさせる幼いマシンボイスで歌うように老夫婦を連れ去っていったり。


『戦国時代のようなかっこいい昇り旗なんか掲げてみませんか? プリントするフォントもいろいろそろってます。統一されたチーム感が出て燃えます!』


 と、学生風な若者達をショーケースの裏道へ導いていったり。


『メガネレンチの幾何学模様展示に挑戦しました。どうか、見るだけでも、見るだけでもいいからっ!』


 と、誰にも相手にされず寂しそうに声を張り上げていたり。


『鯖の照り焼き缶とロシア製ビスケットをお買い上げのお客様にオススメのお弁当ボックスありまぁす! 保温性ばっちり、機密性きっちり、すっきりデザインのお弁当箱でまったりとランチタイムを過ごしませんかぁ?』


 と、大胆にも乱れきったデモ隊の隊列に突入していったり。


『ヨシノユカ様。偵察派遣していた僚機が目標地域に到着しました。どうします?』


 有花がウグイスと名付けた接客応対ロボットが有花に転がり寄って敬礼しようかと言う勢いで報告した。日差彦追跡のため派遣していたトコちゃんが日差彦マーカーの信号が消失したポイントに着いたようだ。


 ああン、イイところなのにっ、と有花が振り返ると、そこには目の前に迫る可動壁の商品棚があった。


「えっ。ちょっとっ」


 デモ隊を包囲するショーウインドウ。その一角が隊列から少し離れていた有花を圧し潰そうと角度を変えて押し迫って来た。床面に敷かれたレールの上をじりじりと動く巨大なショーウインドウ。有花はちょうどそのレールの上に立ち竦んでいた。


 ハニカム構造の断面を見せながらショーウインドウはさらに動きを進め、有花は慌てて後退り、しかし別のショーケースに行く手を阻まれてしまう。


『ヨシノユカ様。そこに立っていると大変危険ですね』


「わかってるって!」


 だからと言って、どこへ逃げたらいい?


 タグだ。有花は思い出した。入店タグを持たない自分は接客業務中のロボットには見えない存在となっている。言わば、ホームセンターのシステム上ではそこにいないと言う意味に等しい。可動壁を動かす際の障害物には成り得ないのだ。可動式の商品棚で隔壁を築き上げてデモ隊を誘導するのに、有花の存在などホームセンターは気にも留めない。


 動きそのものはゆっくりだが、この巨大なハニカム構造の可動壁に挟まれでもしたら、とても五体満足ではいられないだろう。とにかく、やばい。


「ウグイスちゃん、これ、止められない?」


『私が持つ裁量権では無理ですね。逃げましょうね』


「って、どこに?」


 迫る可動壁、退路を断つショーケース、ホームセンター本来の隔壁に囲まれた有花。この小さな身体も風前の灯火か。


『ヨシノユカ様はタグを所持していない、言うなればお客様ではない状態ですので、特別にこちらの通行を許可しますね。通常業務では関係者以外立ち入り禁止区域ですね』


 トコちゃんが指差す方向へ目をやると、隔壁に小さな引き出し式のノブが付いているのが見えた。まさしく非常口だ。可動壁と移動式ショーケースがちょうど収まるスペースにロボットが潜れる大きさの扉がある。


「もう、早く言ってよっ!」


 有花は大急ぎでノブを引っ張り倒し、可動壁がぴったりと隔壁に押し付けられる寸前に扉の中にトコちゃんと一緒に文字通り転がり込んだ。

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