暴徒BOT


 誰の誰による誰のためのホームセンターデモなのか。


 かつて、人民の人民による人民のための政治と謳った政治家がいたはず。あ、違う。それはデモクラシーだ。これは人間の人間による人間のためのロボットに対するデモンストレーションだ。言うなればデモクラシー・デモンストレーション。デモ・デモだ。有花は人間の行列を眺めながら思った。


 デモ隊の構成は老若男女入り乱れ、と言う訳でもなさそうだ。割と年齢層が高そうな面子と学生風の若者らと言う二層に分かれて、それぞれ手書きのプラカードを手にして、行楽シーズンを迎えて実際のキャンプ場のように環境陳列されたアウトドアグッズ特設売り場をぞろぞろと練り歩いていた。その数はおよそ四、五十人くらい。だらだらと間延びした隊列のため、それでも結構な人数が歩いているように見えた。


「人間のぉー、尊厳をぉー、取り戻せぇー」


「取り戻せぇー」


『いらっしゃいぃー、ませぇー』


『ませぇー』


 デモ隊が発する少し控えめの小声が混じったシュプレヒコールにマシンボイスの新たなコールがかぶせられる。接客応対ロボット達がデモ隊をぐるり、一定の距離を保って包囲していた。ロボットの数は十数機ほど。これだけの数のトコちゃん達による集団接客行動を観察するのは農家男衆の培養土争奪戦以来だ。


 トコちゃんの接客ロジックをデザインしたエンジニアもさすがに店舗内デモが発生するなんて想定していなかったようで、ロボット達にもどう接客したらいいのやらと言う探りを入れるような接客行動が見られた。


「人工知能のぉー、接客なんてぇー、いらなぁーい」


「いらなぁーい」


『キャンプシーズンのぉー、到来でぇーす』


『到来でぇーす』


 とりあえずお声掛けだ。入店タグを携帯している以上は大事なお客様である。いつもとちょっと違う集団だから一定距離を置いて、それでも丁重にもてなさなければならない。


 乱れ気味なゆるい隊列でそぞろ歩くデモ隊の入店タグからお客様の買い物履歴を読み取り、ゆるゆるとしたデモ行列の進行を妨げる事なく隊列の切り崩しにかかるトコちゃん達。まるで小魚の大群を囲う大型捕食魚だ。隊列からはぐれてしまった弱者からぱくり、格好の餌食だ。


『重厚感溢れるダッチオーブンの調理実演をやりましょうか? ちょっと時間いただきますけど』


『お一人様用テントお試しになりませんか? お部屋でも使える低天井タイプのテントです。意外と寂しくないですよ』


『あのー、メガネレンチの幾何学模様展示頑張ってみたんですけど、見てみませんか? 見るだけでもどうですか?』


『セラミック包丁ありますよ! 軽くて丈夫! セラミック包丁が欠けちゃった、なんて事はありません! カボチャでもタマネギでもスパスパ切っちゃいませんか?』


 これはこれで面白い絵面なので、記録として一枚写真に収めておこうと有花はスマートフォンをデモ隊とトコちゃん接客隊へ向けた。と、スマホのバッテリー残量が10%を切っているのに気が付いた。昨晩寝袋の中でいじり過ぎたか。


 ジョイトコチャレンジの難しいポイントの一つに充電スポットの確保があった。これは食糧の調達に並んで重要なミッションであり、現代人のライフラインの一項目に挙げられるスマートフォンによる情報経路の維持のためにも最優先でクリアしなければならない問題だ。有花の隠れ寝床は隠蔽性は高いものの、近くに水場と充電スポットがないのが難点だった。


「帰ったらまず充電かな」


 スマホをスカートのポケットにしまい、さてと、有花の進行方向を塞いでいるデモ隊を見やる。相変わらずのろのろと歩き、有花にとっては無為なシュプレヒコールを繰り返していた。


 それにしても、このデモの主導者は何者だ? 働くロボットに対して並々ならぬ敵意を持っている、有花にはそうとしか思えなかった。


「あんなにカワイイのに!」


 有花は思わず口走ってしまった。慌てて丸眼鏡を振り回す勢いで周囲を見回す。デモ隊の誰にも聞かれなかったか。


 ホームセンター・ジョイトコの接客応対ロボット、ジョイちゃんとトコちゃんだって人間のために一生懸命働いているんだ。それなのに、わざわざ店内で対ロボットデモを起こすだなんて。


 また一機のパステルグリーンの機体が有花の側をすり抜けてデモ隊の包囲に向かった。どうやら接客よりもデモ隊の対処が優先コマンドのようだ。有花の顔をちらりとも見もせずにあっさり無視されてしまった。


 道理でここまでの道のりをすんなりと移動できたはずだ。通勤通学ラッシュがひと段落して、エントランス周辺域のお客様よりトコちゃんの機数の方が増えて接客ラッシュの時間帯なのに。有花はデモ隊を遠巻きに取り囲むトコちゃん達を愛おしく眺めて、その整然とした包囲網にうんうんと頷いた。


「ロボットはぁー、人間の仕事をぉー、奪うなぁー」


「奪うなぁー」


『お客様のぉー、売り場移動にはぁー、電気バスが便利ですぅー』


『便利ですぅー』


 微妙に間延びしたシュプレヒコールがホームセンター特有の高い天井に拡散していく。一機の店内監視ドローンがデモ隊の真上にホバリングして、まるでシュプレヒコールを攪拌するかのように三対のプロペラを回していた。


 平日の午前中から発生した意味不明なデモ・デモと一生懸命に働くロボット達との絡みをもっと観察したいところだが、さすがにそうも言っていられない。有花は天井を見上げて滞空するドローンから避けるようにこっそりと壁際まで動いた。有花にはやらなければならない事がある。着替えとか、お風呂とか、スマホの充電とか、食糧調達とか。寝坊して講義をサボっている罪悪感も含めて、準備を整えてから再びホームセンターを探索するんだと言う奇妙な使命感が有花を足早にエントランスへと歩かせた。


 いったんさよならだ、ジョイトコ。W4エントランス中野栄駅口の自動ドアが厳かに開いて有花を迎え入れる。このエントランスはJR仙石線の中野栄駅に直結している。自動ドアを抜ければそこはすでに改札であり、電車、地下鉄を乗り継いで大学まで外に出る事なくたどり着ける有花の隠し寝床からの最寄りホームセンターエントランスだ。


 様々なキャンプ用品が環境陳列された賑やか店内から一歩エントランスに足を踏み入れるだけでそこはまさに別世界だった。光源の乏しい無機質な空間は、そこに情報の提示はまったくなく、ただ灰色の壁に四方を覆われた小部屋にぽつんとカードリーダーが設置されているだけだった。


 ここは外界からホームセンターへ入るための入場ゲートであり、同時にホームセンターから日常世界へシフトするポータルでもある、まさしく異世界と異世界とを繋ぐ中継地点だ。何の店舗情報も、外界の環境情報も必要なく、ただ灰色であればいいだけの小部屋である。


 ジョイトコへ入場時に配布される入店タグをそれぞれの商品棚が読み取り、レジカウンターで行列に並ぶ必要もなく現金要らずのクレジット決済でお買い物が楽しめる。お帰りの際は入店タグを返却して顧客情報を自動更新すればホームセンターともしばしのお別れ、日常生活へ帰還だ。


 有花は店舗内デモとそれを制圧しようとするロボット達の接客行動に後ろ髪を引かれる思いでカードリーダーに歩み寄り、小さな胸に手を当て、そして心臓がどきりと跳ね上がるのを手のひらで感じ取った。


「あれ?」


 右の胸、左の胸、そして首元へと有花の手がさまよう。ない。有花の胸にぶら下がっているはずの入店タグがない。


「うそ?」


 有花は慌ててネルシャツの胸ポケット、デニムのロングスカートのポケットをまさぐり、再び小さな胸に両手を置いた。ない。入店タグをなくしてしまったか?


「ちょっと、どうしよう?」


 入店タグがなければ顧客情報の更新ができない。即ち、それは退店できない事を意味する。


 この超巨大ホームセンターから出られないのだ。

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