幕間2
自動販売機コーナー
イタリアに吹く風は バジルの香りを含んで、爽快にさあっと吹き抜けます。そんなかぐわしい一陣の風よりも速く、まさしく疾風のごとくにピッツァを焼き上げる自動ピッツァ焼きマシーンがイタリアよりやって来ました。
これはピザではありません。ピッツァです。たとえ職人の手を通してなくとも、紛う事なき本場イタリアの本物のピッツァです。
あなたはピッツァを食べたいと言う食欲のままに一つのボタンをクリックするだけでいいんです。あとはマシーンがすべてやってくれます。
ピッツァ自動販売機『ピッツァ・ストーム』は機内で小麦粉に水を加える作業からピッツァ作りを始めます。あなたはただ待っていればいいのです。
生地を捏ね、丸く伸ばし、薄いクリスピータイプのピッツァベースを形作ったらいよいよ焼きの行程に入ります。その職人顔負けの伸ばしテクニックは覗き窓からご覧いただけます。まだ待てますよね?
オリジナルトマトソースを一面に塗り、たっぷりのモッツァレラチーズと風味豊かなバジルで緑・白・赤のイタリア国旗を描きます。もう待てませんか? もう少しです。
さあ、お待たせしました。まるで本場のピッツァ窯のような強い火力のオーブンへ投入です。焼き時間は90秒。我慢できますか? あとたった90秒です。
ご家庭では絶対に作れない本格派のマルゲリータ・ピッツァが四分三十秒であなたの手に。全自動ピッツァ焼き機、ピッツァ自動販売機『ピッツァ・ストーム』絶賛発売中です。ご家庭やオフィスに一台いかがですか?
ピッツァ自動販売機『ピッツァ・ストーム』は第三階層環状線北端折り返し地点、自動販売機コーナーにて好評稼働中です。ストーム・マルゲリータをぜひあなた自身でお試しになってください。
「あちちっ」
ピッツァ自動販売機の取り出し口の曇ったパネルを引き開けると、焼けたチーズの香ばしい湯気がもうもうと吹き出してきた。湯気とともにまとわりつく熱気を手で払い除けて、細長い取り出し口から焼き上がったピッツァを紙トレイごと引っ張り出す。厚手の紙トレイまでしっとりと熱を含ませていた。
丸い顎に無精髭を生やした男が熱のこもった紙トレイの両端を指先でつねるように持ち、器用にバランスを保ちながら自分のテーブルへ運ぶ。べしっと熱々のピッツァをやや乱暴に紙トレイごと放り投げ、それを見て、すでにテーブルで蕎麦を啜っていた細長い頭を茶髪に染めた男が眉をしかめた。
「自販機ごときがってバカにしようと思ったらそれなりにちゃんとしたのが出てきやがった。おまえも食えよ。美味そうだ」
紙を破くようにして素手で雑にピッツァをむしり取る丸顎無精髭。無造作に口の中へ押し込むようにしてむしゃむしゃと食べる。その手で触れたモノを食えと言うのか、と長頭茶髪がさらに眉を寄せて蕎麦をひと啜りする。
「料理ってのは人間がひと手間かけてようやく完成するものだ。所詮機械の真似事にはそのひと手間が欠けている」
「美味えぞ。おまえも食えよ」
「この蕎麦だって、刻んだネギを散らしてくれれば蕎麦の味がさらに冴えるってものだ。機械にはそれがわからんだろうな」
「自販機のソバごときに何を言ってんだよ。食えりゃあいいんだ、食えりゃ」
まったく、と溜息を一つついてつゆの中で絡まった蕎麦を解くように割り箸でいじる長頭茶髪が言う。
「このホームセンターの目指すところは自動販売機の究極の形だ。無人販売の最終形態と言うべきか、人間の手を介さない新しいサービスと言うべきか。しかしそれらはこの蕎麦やおまえのピザと同じく味気ないものだ。やはり人間がひと手間加えなければ、そこに人と人とを結ぶ絆は生まれない」
「と、言うのが我らが依頼人の建て前で、要するに商売敵をぶっ潰してえってだけだろ?」
丸顎無精髭はピッツァを一切れくるくると巻き取り、溶けたチーズがはみ出て指にまとわりつくのも構わずに大きな口へと放り込んだ。丸い顎をもぐもぐと揺らして、指を舐め舐めチーズを拭い取り、新しい一切れに手を伸ばす。
「なかなかいけるって。おまえも食えよ」
それを見てすっかり食欲がしぼんでしまった長頭茶髪は静かに割り箸を置いた。
「俺達の役割はシンプルなものだ。無人営業の隙をついてトラブルを呼び起こしてやればいい。あとはそれが勝手に膨らんでいく」
「シンプル、ね。ヤな仕事だな」
「とか言って、ずいぶん楽しそうに見えるが?」
丸顎無精髭が脂でテカった口元をニヤリと歪ませる。
「来たかったんだよ。無人の超巨大ホームセンターって奴に」
『ようこそいらっしゃいませ! ご来店いただけて嬉しいです!』
と、不意打ち的に接客応対ロボットが二人のテーブルへやって来た。丸顎無精髭はビクッと身体を震わせて、長頭茶髪は片肘をついてそれをジロリと一睨みする。接客ロボットトコちゃんはテーブルへ両手を置いて喋り続けた。
『来たかったんですよね。良かったです、夢が叶ったようで。もうお買い物はされましたか?』
「おまえに用はない。あっちへ行け」
長頭茶髪がしっしっと虫を払うようにぞんざいに手を振るった。ロボットと目を合わせようともしない。
『はい。用があるのは実は私の方でして、お食事中すみませんがお話を聞いていただけませんか?』
「用があるのは、おまえ?」
「いいじゃねえか。聞いてみようぜ」
丸顎無精髭がもう一切れのピッツァを口へと運びながら軽く言った。接客応対ロボットのしつこいながらも巧みな接客話術を知っている長頭茶髪がもう一度丸顎無精髭を睨みつける。
『はい。あちらのお客様からお茶の差し入れです。よろしかったら召し上がってください』
トコちゃんは背の低い子供がそうするようにくいっと背伸びをして、一本のお茶のペットボトルをテーブルへ置いた。
「あちらの?」
トコちゃんの背後を見やれば、学生風の女子が同じお茶のペットボトルを手に自動販売機コーナーから立ち去ろうとしている姿が目に入った。
『はい。何でも二本も飲めないから、一本お裾分けしたいっておっしゃっていました』
確か、さっきまで学生風の男と何やら話し込んでいるのが視界のはじっこに見えていたが、相手の男の姿はすでになく、彼女の後ろ姿もぷりぷりと怒っているようにも見える。
「痴話喧嘩でもしたか? こんな深夜にホームセンターにいるなんてのがそもそもおかしいんだ」
長頭茶髪はあくまでトコちゃんを無視するように振る舞って、相変わらずロボットと目線を合わせずにいた。しかし、丸顎無精髭の太い腕がそのペットボトルを横からかっさらう。
「いらねえなら俺がもらうぜ」
『はい! ありがとうございます』
「好きにしろ」
絡んでしまったか、しばらくは接客トークが続くな、と長頭茶髪は溜息を漏らして頬杖をつく。
「おまえもピザ食うか?」
早速ペットボトルを開けて一口ぐびりとやり、丸顎無精髭はロボットへ一切れのピッツァを差し出した。
『いいえ、私に食物は必要ありません』
「いいから食えって」
『えっ。いいからって言われましても』
「いいから食えよ。けっこう美味いぞ」
『私に食べるって機能はありませんので』
「いいから」
こう言う無茶苦茶な接客の躱し方もありか、と長頭茶髪は丸顎無精髭と接客応対ロボットのやり取りを呆れ顔で眺めた。
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