幕間
コーヒー通り
ふらりと何かに誘われるようにそこを訪れたお客様は、きっとかぐわしい異国の風を感じるでしょう。深みのある芳醇な香りに満ちたその空間は、あなたに安らぎのひと時と至福の一服を贈ります。
あなたはブラジルの陽気に踊る風を感じましたか? それともインドネシアの熱帯雨林の豊かな水を含んだ風? エチオピアの乾いた熱い風? どちらも正解です。そこはコーヒーメーカー売り場、通称コーヒー通りです。
コーヒーの消費量世界一の街、ルクセンブルクのオープンカフェをイメージした売り場に、手動、電動、全自動、世界中のコーヒーメーカーを集めて展示販売しております。
コーヒー通りはホームセンター・ジョイトコでも最も人気のあるスポットの一つです。コーヒー通り専門のバリスタロボットを配備しており、電動コーヒーメーカーの全種類をお試しいただけます。
コーヒー、カフェオレ、エスプレッソ、カプチーノ。それともインドネシアスタイル、アラビア、ベトナム、トルココーヒー。お好みのコーヒーを見つけてください。
ぜひ、ルクセンブルクのカフェにいると錯覚するような店内で、心行くまで世界中のありとあらゆるコーヒーの香りをお楽しみください。
コーヒーメーカー売り場へお越しの方は、W7陸前高砂駅前エントランスよりご入店いただき、第一階層環状線巡回バス内回り家電街入り口停留場降車後、電動カートへの乗り継ぎが便利です。
『いらっしゃいませ、小西砂織様。今日は何をお試しになりますか?』
バリスタロボットがぺこりと頭を下げて、さまざまなコーヒーメーカーの前をカニ歩きのようにしてスライドしながら長身の女性客に近寄った。
「一仕事終えた気分だから、そうね、甘ったるいのお願い」
砂織は慣れた様子でバリスタロボットに一杯の試飲コーヒーを注文する。バリスタロボットは砂織の胸にぶら下がる入店タグから過去の試飲履歴を読み取り、以前も勧めた事のあるベトナムコーヒーを選択した。
『では、練乳たっぷりのベトナムコーヒーをご用意しますね』
バリスタロボットは外見は接客応対ロボット隊長機のジョイちゃんと同タイプで、赤いエプロンドレスではなくコーヒー色のを纏っている。脚部も弾力のあるバランスボールではなく、より安定感のある六脚の多脚式が採用されていた。
バリスタロボットは砂織へ顔を向けたまま六本の脚で頭部を揺らさずに横歩きし、ベトナムコーヒーに対応しているコーヒーメーカーの前まで移動する。
『ちょうど一週間前はバリコーヒーをお試しになりましたが、他に試飲されたお客様からもバリコーヒーはご好評をいただきました。このエスプレッソマシンはバリコーヒーはもちろん、アジアの濃いコーヒーもセッティング出来る優れ物ですよ』
深めに焙煎された微粉砕コーヒー豆が詰まったカプセルをエスプレッソマシンにセットしつつ、バリスタロボットはきっちりセールストークを続けた。
『いかがです? 今ならコーヒーパック40杯分オマケしてますよ』
「貧乏学生にとってコーヒーメーカーは高嶺の花なの。慎重に慎重に選ばないと。だからもっともっと試飲するの」
『先週もそう言ってましたよ』
「そうだっけ? 覚えてないな」
『会話ログを再生しましょうか?』
「却下。別の言い訳を考えとく」
大型爬虫類が威嚇するような音を上げて高圧の蒸気を押し固めたコーヒー粉末に吹き付けるエスプレッソマシン。ちょろちょろと濃い目のコーヒー液が試飲用紙コップに溜まり、芳ばしく刺激の強い匂いが砂織の鼻をくすぐった。
小さな練乳パックとともに濃いコーヒーで満たされた紙コップをトレイに置き、多脚式ロボットはそれを完璧に揺らさずに砂織の座るテーブルまで運ぶ。
『お待たせしました。オススメのベトナムコーヒーです。練乳をたっぷりと注いでお召し上がりください。あとで感想を聞かせてくださいね』
「はいはい、いただき」
飲料の自動販売機が設置されている休憩コーナーを除けば、ジョイトコ店内でも数少ない給水ポイントとなるコーヒー通り。ジョイトコを訪れるお客様は必ず一度はここを訪れると言う。
しかしまだ朝八時を過ぎたばかりで、さすがに人通りは少なかった。砂織はまずはゆっくりとベトナムコーヒーの甘ったるい香りを楽しむ事にした。限定販売の土は、あの二人に任せておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます