機械群体
「たかが接客ロボット一体! 恐るな、数で押し切れ!」
大河原は店内に響き渡るような大音声を張り上げた。赤いエプロンドレスを着込んだロボットの凛とした圧力に屈していた男衆もおおっと威勢のいい声を上げた。
確かに、威風堂々と立ちふさがる接客応対ロボットは、相当にレアな隊長機とは言えたった一体のみだ。対して農家男衆は総勢十六名。仮に真正面からぶつかったとしても、誰か一人が犠牲になってロボットと相討ちになれば残りの十五人はこの戦線を突破出来るかも知れない。
この異様な圧力を持った接客応対ロボットを越えれば、無限に拡がる肥沃な大地が待っている。自由と言う名のホームセンター各種売り場が。
「……ダメ」
しかし、それは違う。有花はバランスボールに乗ったロボット越しに広い店内を見回しながら思った。違うんだ。事はそんな簡単には進まない。
接客応対ロボットは最大64体で一個のチームを形成し、一体の隊長機がその指揮を取る。一般客にはそう思われている。有花が読んだジョイトコ攻略本にもそう書いてあった。
「違うよ。あの子達は64体で一機の集合ロボットなの」
「吉野、今なんて言った?」
砂織が有花に聞き直す。64体で一機って、どう言う意味だ?
「相手は一体じゃないの。広いエリアに拡散した集合体。私達はあの子達の掌の上にいるの」
大河原を先頭に強行突破に出る農家男衆。接客応対ロボットの脇をダッシュですり抜け、広大な店内に解き放たれた、かに思えた。
「個は全であり、全もまた個であり。農家のおじさん達も全にならないと、集合的ロジックを持ったジョイちゃんには敵わない」
赤い隊長機の接客応対ロボット、通称ジョイちゃんは農家男衆を微動だにせず見送ると、女性タイプのマシンボイスで静かに言った。
『お客様、十六名様、ご来店です』
それは一瞬の出来事だった。
いったいどこに潜んでいたのか、走る男衆の死角からするするとパステルグリーンの小さな影が忍び寄り、それぞれ十六体、男達の背後から回り込むようにして彼等の目の前にばっと飛び出した。
ロボットとの衝突を避けるため、慌てて踏みとどまる男達。
淡い緑色した接客応対ロボット達は半ば強引に男衆を足止めし、甲高いマシンボイスで猛烈な勢いでオススメ商品のセールストークを始めた。
『キャンプシーズン到来です! ちょっと気が早いですか? いいんです。ダッチオーブン見に行きませんか? 重量感たっぷりです!』
『ハイエンドな剪定ハサミはお持ちですか? チタン刃ですよ、チタン刃! 金網だってばっつんばっつん切れちゃいますよ。何かぶった切りたいのありませんか?』
『腰痛くない? 腰痛くない? 充電式電動マッサージクッション、今なら使い心地試せるけど、腰痛くない? 腰痛くない?』
『メガネレンチの幾何学模様展示が美しいです! 観に来て。私がデザインしたの。観に来て!』
『丸太いる? いらない?』
『大口径アルミホイールあるよ! アルミホイール! 軽量化、燃費向上、言う事なしのアルミホイールあるよ!』
『最近釣れてますぅ? 道具を変えると不思議と釣れるものですよぉ。ベイトリール、春の新作が入荷しましたぁ。ちょっとぉ、巻いちゃいませんかぁ?』
有花が俯いて首を横に振って言う。
「トコちゃんは相手の入店タグから直近の購入履歴を遡って、ピンポイントでオススメ商品をチョイスしてくるの。おじさん達は、もうダメです。特売の土の事なんか忘れちゃってます」
少女を思わせる顔立ちで淡いグリーンのエプロンドレスを身に纏った接客応対ロボット、通称トコちゃんは男衆にマンツーマンで接客していた。ジョイトコにおいて、接客ロボットが一人につき一体つくなんて破格のサービスだ。
「ジョイちゃんに、トコちゃんって。吉野、ずいぶん接客ロボットに詳しいな」
砂織が呆れ気味に訊く。接客応対ロボットにジョイちゃん、トコちゃんと言う愛称があるのは知っていたが、実際に面と向かってロボットの事を愛おしそうにそう呼ぶのは初めて見る光景だ。
「ええ、そりゃあ、まあ、ジョイトコそのものよりもむしろこの子達に興味があったんで、その、調べました」
「この子達って、吉野はロボットオタクか」
「いいえ、マニアです」
きっぱりと言い切った有花。くいっとあごを上げて、赤い隊長機ジョイちゃんに真正面から対峙する。
「おい、吉野、不用意に近付くな。接客されるぞ」
「大丈夫。任せてください」
ジョイちゃんのアイカメラが妖しく光り、有花と砂織の二人をお客様として捕捉した。
『いらっしゃいませ。お客様はどのような商品を……』
「本日の特売品で稲作の種蒔き用の土があったはず。それを売っている特設コーナーへ最短距離で案内しなさい。今すぐに!」
有花はジョイちゃんのマシンボイスを遮って強い命令口調で言ってのけた。ジョイちゃんはまるでびっくりしたかのように二秒間硬直し、そして命令を理解したのかうやうやしく頭を下げた。
『かしこまりました。ただいま電動カートをご用意いたしますので、少々お待ちください』
呆気なく思えるほど素直に引き下がった接客応対ロボットを見て、砂織は思わず有花に小さな拍手を送った。
「お見事。隊長機を一発で黙らせるなんて初めて見た」
「この子達にはコマンドとしてきっちりタスクを与えてやればちゃんと言う事聞くんです」
「さすがロボットオタク」
「いいえ、マニアです」
びしっと手を上げて、有花はきっぱり言い切った。
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