第6話
そうこうしているうちに、メイン棟の中から人が出てき始めた。エントランスホールで見せていた勢いはなく、周囲の様子に気を配りながら恐る恐るといった感じだ。
「何だこれは……」
外に出て第一声はみんな似たり寄ったり。未体験の風の感触を不思議に思い、続いて、異様な暗さと降りしきる滴の正体を確かめようと天を仰ぐ。そして、天上界では起こり得ないことが起きている現状に、少しずつ気付いていく。
メイン棟から吐き出される人の波は途切れることがなく、建物の前に人が溢れてくる。やがて、カスミー、ヨシアを挟むように、ウェザーカンパニーの人間と各地の工場の天気職人たちが向かい合う形になった。
ウェザーカンパニーの方が全体の人数は多いが、その中に機械製造積極推進派がいる。他の多くの社員は、程度の差はあれ、だいたい中立もとい曖昧な立場だった。
基本的には変化を求めない風潮の強い天上界において、人と対立する主張を声高に叫び突き進むような人は少数派である。その意味で、従来のやり方からの革新を追求する機械製造積極推進派は少し特殊で、時として奇異の目で見られることもある。
一方で、頑なに己の道を極めようとする天気職人たちも、柔軟な姿勢に欠ける傾向が強い。長きに渡り天気製造を考え、技術を磨いて、実際につくってきた功績は疑いようのないものだが、より根本的な変化については、考える以前に拒否反応を示すようなこともある。
機械製造積極推進派と天気職人たち。これほどまでに明確な対立の構図は、この天上界において、そうそうあることではない。曖昧な立ち位置にいるその他大勢の人々も、野次馬的に興味をひかれ、場は不思議な昂揚感に満ちていた。
しばらく、沸騰することも冷めることもない半端なテンションの空気が漂い続ける。やがて、ウェザーカンパニーサイドから二人が歩み出てきた。
「お偉いさんの登場だな。それと、隣の若い方は、お前の上司だったか?」
「そうです。セノズ主任です」
二人は、ヨシアとカスミーの前まで来て立ち止まった。互いに簡単な会釈を交わす。
雰囲気の変化を察知した群衆は、四人を囲むように緩やかに移動していく。ざわめきは急激に収まっていく。地面を滴が叩く音がよく聞こえる。
「ウェザーカンパニーのスヴィルです」
尖ったところの見当たらない雰囲気。まさしく天上界の人間の典型だが、格好はウェザーカンパニーの偉い人として過不足のないものだった。
「いつの間にか随分な大ごととなってしまいましたが、ちょうど関係者が揃っているわけですし、ここは一つ、それぞれの側から言葉をいただきたいなと思いまして………あ、私は、完全に中立な立場なので、特に意見を言おうとは思っておりません。その代わり、両者の言い分を聞き届ける立会人として、微力ながらお力添えしたく思っております」
途中で様子を探るヨシアの視線に気づいたスヴィルは、自らの中立性を強調しながら一息に説明した。
続いてセノズが発言する。真っ白な状態から劇的な回復を見せていた。
「主任のセノズです。ヨシアさん、ご無沙汰しております」
セノズとヨシアが顔を合わせるのは、カスミーの研修が始まったとき以来だった。ヨシアは表情を変えずに、じっと様子をうかがっている。
「すでにご存知のことだと思いますが、私は、いわゆる機械製造積極推進派という立場の人間です。特に、その中でリーダー格というわけではありませんが、諸々の状況を一番把握しているということで、若輩ながらこの場に伺わせていただきました」
カスミーは、セノズの話を聞きながらも、ヨシアの様子が気になった。ヨシアが、回りくどい説明を好まないのを痛いほどよく知っていたからだ。
同時に、集まっている四人の中にいる自分が、明らかに場違いに思えてくる。入社数ヶ月の新入社員と他の三人は、根本的に格が違う。そう思うと、カスミーは挙動が不審になってくる。
すると、ヨシアがカスミーにだけ聞こえる声で言った。
「デンと構えてろ、期待の新人。お前は、この場にいるべき人間だ」
ヨシアの言葉に、カスミーは背筋を正した。スプリン・カンパニーにおける研修で身体に染みついた習性である。
「そ、そうだ……私はいろいろなものをぶっ飛ばしたわけだし、誰も逃す気なんてないんだ………。思えば謝罪だけの人生だった……。生まれて第一声もごめんなさいだったに違いない」
カスミーは、事態を改めて思い返し、果てしなくどんよりした顔をする。
その横で、ヨシアとセノズが小声で何か言葉を交わす。ヨシアは小さく手を上げ、了解のジェスチャーをすると、
場が完全に静まる。空から降りしきる滴は、幾分その勢いを失う。
ヨシアは、群衆の一人ひとりの目を見るように、一通り見渡す。それから、ついに話を始めた。
「皆さん、今、この空から降ってきているものが何だか分かりますか?」
群衆は少しだけざわめく。しかし、すぐに静かになる。解答を求めていた。
「答えは、雨です。地上界に存在する天気の一つです。このように空から水の滴が落ちてくる現象です」
一瞬だが、先程より大きくざわめく。感動とも興奮とも取れる色を帯びた声が多い。
「驚くのも無理はありません。長年天気職人として天気に関わってきた私自身、このような経験をすることがあろうとは、思ってもみませんでした。
そこで、せっかくの機会なので、少し、我々がつくる天気というものについて、話をさせていただきたいと思います。天気というものを知らない人には中々伝えにくいことでしたが、今の皆さんなら、きっと分かってくれると信じております」
ヨシアは、少しだけ間をとり、群衆の注意を集める。日常的に見せる統率力、人心掌握術の片鱗を見せる。
「我々が簡単に想像できるものではありませんが、地上界の生活は、天気の影響を大きく受けます。天気は人を生かし、そして時に命を奪うことさえあります。望ましい天候からかけ離れた状態が続けば、国が滅ぶことさえあり得ます。我々が日々生み出している天気とは、そういうものなのです。
確かに、地上界の人間と天上界の人間に接点などありません。だから、どこかの知らない誰かの頭上に現れる現象ではあります。事実、我々天上界の人間にとって、天気というのは、本来何の利害も発生しない話です。
しかし一方で、地上の彼らは、時に自分たちの人生を左右しうる天気というものに対し、何の影響力も行使できません。たとえひどい天気が続こうとも、できるのはせいぜい祈ることだけです。天気の影響を受けない我々が天気を生み出せて、天気を生み出せない彼らが天気の影響を受けるのです。
天気製造は、天上界の人間としての
群衆は聞き入っていた。ヨシアは、一呼吸おいてから続ける。
「地上界の情報を得られる機会は多くありませんが、近年、気象調査会社を通じて得られるデータを見ると気になる点があります。それは、非常に大きな規模で、天候不順が発生しているというものです。しかも、その原因は、地上界の人々の活動によるものである可能性が高い。
製造する天気は、毎年ほぼ同様ですが、そこから状況に応じ微調整を加えていきます。大気のバランスというのは非常に繊細なので、この微調整がなかなか手間となるわけですが、近年は天候不順の影響で困難を極めています。正直に言って、綱渡りの状態が続いていました。
確かに、これについては、自分たちの行いが自分の身に返ってきているという言い方もできるでしょう。何事もなく過ごせるよう完全な調整をしてしまえば、地上界の人々が自らの過ちに気付けなくなり、さらに大きな過ちを犯してしまうかもしれない。だからと言って、我々は放置することもできない。さじ加減は非常に難しいのです。
機械製造積極推進派に反対する意見としては、微調整の質の問題の他にも、このようなさじ加減の難しさがあげられます。ここは機械には判断できないと考えるからこそ、委ねることができないと」
ヨシアは、天気職人たちが固まっている方向に目をやった。
「ただ、我々天気職人が受け入れなければならない事実があります。それは、近年の天候不順に対し、天気職人だけの力で十分な対処をするのは限界になりつつあるということです。
手は抜いていないし、己の腕に自信も持っている。しかし、それとは別の次元の話として、限界を迎えつつあるのです。自らが求める要求、目指したい形に、どうやっても届かない状況が訪れようとしているのです。
そこで、この場の皆さんにお願いがあります。互いに足りないところがあるという現実を受け入れ、補い合いながら新たな天気製造の道を、ともに切り拓いていきたい。
天気の機械製造が様々な弱点を孕んでいるという考えに変わりはありませんが、一方で、大きな可能性、我々にはない強力な長所をもっているということも受け入れなければなりません。
本来天気などありえないこの天上界において、一つの天気を共有できたことを考えれば、手を取り合うことも可能だと考えます。どうか、宜しくお願いします」
ヨシアは、ゆっくりと頭を下げた。
天上界で、天気製造は普遍的な意味を持つ。そして、ヨシアは、天気製造の確かな腕を誰からも認められる人物である。そんなヨシアが頭を下げる意味は計り知れない。
カスミーは、群衆の反応を見て、改めてヨシアの存在の大きさを思い知った。
群衆の緩やかなざわめきが終わる前に、ヨシアはお立ち台を下りた。入れ替わるように、セノズが壇上に立つ。
セノズは、簡単な挨拶をすると、切り出した。
「この場に立たせていただきましたが、もう多くを語る必要はないでしょう。私は、ヨシアさんの提案を全面的に受け入れ、新たな天気製造の道を切り拓くお手伝いをすることこそが、我々の責務であると考えます。天上界の矜持にかけて、その責務を全うしたい。
都合の良い言い方かもしれませんが、今までの軋轢は、この雨に流していただきたい。天気製造に対する気持ちに偽りはありませんでした。しかし、思えば先を急ぎ過ぎていたのかもしれません。そのことについて、この場でお詫びをさせていただきたいです。申し訳ありませんでした」
セノズは、深々と
そこに、ヨシアがやってきた。ヨシアが声をかけると、セノズは姿勢を戻す。それから、二人は力強い握手を交わした。
静まりかえり固唾を飲んで見守っていた群衆の中から、パラパラと手を叩く音が聞こえてくる。それは、共鳴しながらすぐに大きくなっていき、誰もが手を打ち鳴らした。喝采を伴った拍手に包まれる。
頃合いを見計らって、スヴィルがお立ち台に上がる。
スヴィルは、天気職人の確かな技術と機械製造という革新がタッグを組んだ歴史的出来事であると語り、その場をまとめた。拍手はしばらく鳴りやまなかった。
ようやく落ち着いて、ヨシアがやるべきことを指示すると、群衆はそれぞれがなすべきことをなすため方々に散っていった。
ヨシアも、やらなければならないことがたくさんあったが、その前にカスミーのところに立ち寄った。
カスミーはすでに燃え尽きていたが、ヨシアが喝を入れると生き返った。
「ヨシアさん……」
そのとき、雨を降らせた厚い雲が小さく割れた。隙間から日の光が差し込んでくる。カスミーは、純粋に綺麗だと思った。
「雨があり、曇りがあるから、ただの青い空を晴れと呼べるんだ」
ヨシアは、物凄くすがすがしい顔で言った。
その言葉は、カスミーの胸にスーッとしみ渡っていった。天気っていいな、心からそう思えた。
爽やかな風に重ねるように、ヨシアが言う。
「天気がないはずの天上界に、テンキをもたらしたってわけだな」
カスミーは一瞬キョトンとするが、すぐに言わんとすることに行きついた。なるほど、天気と転機か。
「これは、おやじギャグというやつですね。私のせいで心労が……。私がドジで間抜けなせいで! 生きててごめんなさい……」
カスミーは実に申し訳なさそうに言った。
「むしろ、こっちが死にてえよ」
ヨシアはそう言ってボリボリと頭をかいた。
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