第5話


 メイン棟の廊下で見つけたセノズ主任は、幾分やつれていた。機械製造積極推進派の中でも、主だって動いていた一人なので、各所への説明に追われていたのだろう。

「君か……」

「主任、お疲れのようですね」

 セノズは動きを止める。頭の中では何かが駆け巡っているようだが、傍から見てその詳細は分からない。

 セノズは、すらりとした手を眉間に添え俯く。そのまま数秒停止し、再び顔を上げた。その表情は普段通りの気品を取り戻していた。

「こんなところで会うなんて珍しいね。どうしたんだい?」

「それがですね……」

 カスミーは言い淀んだ。ここまできて言わないわけにはいかないが、何をどう説明すれば良いのか。

 動揺するカスミーを見て、セノズが優しく言う。

「何やら厄介なことのようだね。しかし、心配することはない。どんな困難な状況でも解決してみせるよ」

 セノズはキラリと白い歯を見せ笑みを浮かべる。窓から差し込む光で輝いて見える。

「むしろ、優秀な君が頼ってくれたことに、誇らしい気持ちでいっぱいさ」

 カスミーは、ようやく意を決して、事の経緯を話し始めた。

 もはや隠してもしょうがないので、すべてを具体的に伝える。湧き上がる負の感情を抑えることに必死で、気を抜くと早口になってしまいそうだったが、どうにか伝えきった。

「……………」

 セノズの反応がない。カスミーは怖くて俯き気味だったが、恐る恐る顔を上げた。

 セノズは、目ん玉が飛び出そうなほど動揺した表情を浮かべていた。プルプル震えながら泡を吹きそうになっている。

「主任!」

 そのとき、動揺を隠せないセノズの端正な顔がカッと白く光った。

「!!」


 ドッカーン!!!


 閃光から一瞬遅れて、腹の底に響くような爆音が聞こえた。人々が窓際に集まる。

「ウェザードームだ!」

 誰かが叫んだ。

 カスミーも窓から外の様子を見た。ギリギリ見えたウェザードームは、大量の白煙を上げている。ただ事ではなかった。

 ウェザードームの白煙は、見る間に勢いを増していく。ドームの天頂部から漏斗ろうと状に湧き上がり、その上空に広がっていった。

 やがて白煙の最下部がドームから離れる。ようやくドームの姿がはっきり見えた。

 ウェザードームの上部には大穴が開いていた。ほぼ全壊状態だ。そして、その内部で膨らんでいたはずの天気袋は見えなかった。

 ゴロゴロゴロと地響きのような音が聞こえ、カスミーは視線を上げる。

 白煙はいつの間にか見える範囲ですべての空を覆っていた。太陽光を遮るほどの厚さで、黒ずんで見えた。音は、その黒ずみの中から聞こえていた。

「セノズ主任、あれはいったい……」

 振り返ったカスミーの前にいたセノズは、すでに真っ白に燃え尽きていた。反応はまったくない。

「そうだ。ヨシアさんのところに……」

 行ってどうすれば良いのかは分からなかった。自分のふがいなさを確認し打ちのめされるだけかもしれない。でも、行かなきゃいけないという確信があった。


 カスミーは階段を駆け下り、騒がしく怒号が行きかうエントランスホールを突っ切ろうとする。普段なら、怖くて躊躇してしまいそうだが、そんなことは言っていられない。人波をかき分ける。

 建物から飛び出したカスミーは、空に閃光が走るのを見た。生ぬるく不気味な風が吹いた。味わったことのない感覚に、身がすくんで足が止まってしまう。再び空気を震わす音が響き渡る。何かが裂けるような乾いた音だ。

「カスミー!!」

 イヨの声がした。カスミーが驚き振り向くと、他にもファクトリーの人たちが何人かいた。その中に、ヨシアの姿もあった。

 ヨシアが歩み寄ってくる。

「カスミー、何があった!?」

「ヨシアさん……私……」

 天上界で吹いたことのないような風に髪が揺れる。どこか夢見心地だった。

「落ち着け。落ち着いて話してくれ」

「天気袋が……炸裂してしまいました」

 取り囲んでいたファクトリーの人たちの間に動揺が走る。

「天上界で天気袋が炸裂しただと!? そんなこと、あり得るのか?」

「聞いたことない。前代未聞だ。信じられん!」

「でも、そうじゃなきゃこの状況は説明できない……」

 騒々しい面々を無視して、ヨシアはカスミーに説明を促す。カスミーは、途切れ途切れに説明をしていく。真剣な表情のヨシアは、話が切れるたびに深く頷いていった。

 一通りの説明を終えたところで、不思議な感触にカスミーは空を見上げた。顔に滴がついた。滴は次々に空から落ちてきた。

「ククク……」

 ヨシアが小さく笑っている。ファクトリーの人たちも、様子がおかしいので水を打ったように静かになる。ヨシアの声はどんどん大きくなり、ついにこらえ切れなくなる。

「ハハハハハッ!」

 カスミーは呆気にとられる。その様子を見たヨシアが言う。

「カスミー、これが“天気”ってやつだ。この天上界で天気を味わえる機会なんてないぞ。存分に楽しめ!」

 勢いを増す大きな滴に、いつの間にかびしょ濡れになってしまっていた。ヨシアは、ファクトリーのみんなに言う。

「これが、俺たちのつくっているものの正体だ。どうだ! すげえだろ!!」

 ヨシアの興奮が伝染するように、ファクトリーの人たちは拳を突き上げ歓声を上げ始めた。

「すげえ! これが天気か。ホントすげえよ!!」

 いつの間にか集まっていた他の工場の人たちにも歓声は広がっていった。天気職人と言えども、天気のない天上界にいる以上、天気を経験したことのある者などいない。

「ドームはぶっ飛ばしたが、この天上界に天気をもたらしたんだ。お前は天才だな!」

 ヨシアは小さな子供のように破顔していた。

「ヨッ! 期待の新人!」

 脇からひょっこり現れたイヨが声を上げた。

 さすがのカスミーも笑わずにはいられない空気だった。こみ上げてくるものを抑えきれない。

「ふふふ……間違いなくクビだ……ふふふふふふ………何か楽しくなってきた……」

「そうだ、もっと笑え! ハハハハッ!!」

「ふふふふふふふ………」

「ハハハハハッ!!」


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