第33話 町の中、黒いワンピース

「それじゃあ外に行こうか」

 姫香さんはショルダーバッグを押し入れから出した。

 一生の思い出となる写真集なら自分の住んでいた場所を思い起こさせる写真もあった方がいいだろう、と彼女は言った。

 美久理さんの衣装は、黒いワンピースでいいということになった。

 美久理さんは手ぶらで、僕と姫香さんは三脚などを持つ。

「まずは公園。あるいはそこらへんの道」

 姫香さんはスキップをしそうな歩き方で家を出る。

 そして車に乗っている人や歩行者の視線が少しも気になっていないみたいに、姫香さんはいつも通り何十枚も写真を撮って、いい構図を探る。

 これだという構図が見つかったらそこからまた何十枚も撮る。

 美久理さんも姫香さんも部屋の中で撮影している時と様子が少しも変わらずにいて、凄いなと感心する。

 平気になるということがなかったけれど、僕も視線が気にならない振りをした。

 市役所の近くの歩道も車道も広くなっている道で、美久理さんを植えられている桜の木の傍に立たせて、姫香さんは近くから撮ったり離れて撮ったりする。

 ボタンを押した時だけ歩行者用の信号が青になる交差点で、そのボタンの取り付けられている柱に並んで立つ美久理さんを対岸から撮る。

 そして公園に着けば姫香さんは美久理さんをジャングルジムに上らせたり、ジャングルジムの中に立たせたり、滑り台の斜面の下でスマートフォンを持たせたりする。

 姫香さん自身も遊具に上って高い所から美久理さんを撮ろうとする。

 僕が撮影に夢中になっている姫香さんが遊具から落ちてしまわないように傍で体を支えていることもあった。

 そのように僕たちは暇を持て余した児童のごとく次から次へと動き回りながら遊具と戯れる。

 公園に着いてからの姫香さんは、平常通りというよりも、むしろいつもよりテンションが高いように見えた。

 姫香さんはフリスビーで遊んでいた大学生くらいの集団に話しかけ、美久理さんがフリスビーで遊ぶところを撮影したいから美久理さんを入れてほしいと頼む。

 彼らはノリがよく、そういうことならと美久理さんに向かってフリスビーを飛ばしてくれる。

 美久理さんはそのフリスビーを落とさずにキャッチしようと、走って跳ねる。

「笑ってみると、意外といい顔だね」

 姫香さんはそう言って、僕にカメラの液晶画面を見せた。

 写真の中の美久理さんは、自分の美しさが消えてしまうことなんて少しも考えていないように見えるくらいの笑顔をしていた。

 その笑顔にも素直に美少女と思える美しさがある。

 どんな顔をしたって美人。

 美久理さんがそういう人間であることを僕は理解した。

「笑顔でいいですね」と僕は姫香さんに言う。

 そうだよね、と姫香さんは笑っている美久理さんの写真を、やはり何十枚も撮った。

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