第31話 再会
僕たちには買い物へ行く予定があった。
美久理さんに着せる服や水着や下着を買うために出かける約束をしていた。
その予定が潰れてしまった。
僕の母が会いに来ると言ってきたのだった。
買い物は次週へ延期となった。
雨が降ったみたいな気分で僕は母を待つ。
野次馬のつもりなのか美久理さんは早朝に訪ねてきて、二階に上がっている。
僕は祖父母には傍にいてほしかったのだけれど、二人の方がいいと思うから、と祖父は言い、二人して祖母が創作に使っている部屋に引っ込んでしまった。
母は予告した通りの時間にやって来て、ドアチャイムを鳴らした。
玄関のドアを開けると、母がいる。
痩せたり太ったりしているのではないかと想像したけれど、全く変わっていなかった。
「久しぶり」と母は言った。
「そうだね」
だけどまだ二ヶ月も経っていなかったから、久しぶりって言うほどでもないなと僕は感じていた。
母を居間まで連れていく。
僕は台所の冷蔵庫から麦茶を出して、それをコップに注いで持っていった。
「ありがとう」と母は麦茶を一口飲んだ。
「ちょっと見ないだけで、随分しっかりしたね」
「そんなことないよ」
六年生の頃にはもうこのくらいしっかりしていたと自分では思う。
「ごめんなさい」
母は頭を下げる。
そして母は自分の振るった暴力について謝った。
「いいよ」と僕は許したふうに言った。
とっくに母のことは許していたから、母の謝罪はどうでもよかった。
そんな気持ちで聞いていると、なんだかつまらない作文を聞いているような感じがして退屈になってしまうから、こんな話はとっとと終わりにしたかった。
それに今は母のことよりも、写真集を作る手伝いをする方が大事だった。
母はいつ帰るのだろうか。
そう思っている僕をよそに、母は病院に通って受けているカウンセリングのことを話す。
間接的に学校のことを話してほしいと求められている。
そう感じて僕は、寺山のことなどを話した。
美久理さんのことは話さない。
彼女は二階にいるのだろうか。
近くで聞き耳を立てているような感じはなかった。
話題は母のカウンセリングの話に戻る。
「もしまた一緒に暮らせるのなら」と母は言いたそうにしていた。
その台詞を僕は先に取って、
「もしまた一緒に暮らすなら、この家に来てほしい」と言った。
僕はこの家が気に入っていることや、学校が楽しいことを話す。
「それにまたストレスが我慢できなくなっちゃっても、止めてくれる人がいた方がお母さんも安心できるんじゃないかなと思ったんだけど」
しかし母は複雑そうな表情をしていて、素直に頷いてくれる様子ではなかった。
「嫌なの?」と僕が聞くと、
「私、実はおばあちゃんのこと苦手なのよ」と苦笑した。
「おばあちゃん、凄く立派な人でしょ。だから一緒にいると、自分の小ささが嫌になっちゃうの。晴道はそういうこと、ないの?」
「ないよ」
そう答えると母は、そっか、と呟いて寂しそうな顔をした。
そして母が帰った後、自分が姫香さんのことにも触れていなかったと気付いた。
もしかしたら母は、この家に祖母の弟子が住んでいて、部屋の壁に龍を作ったことを全く知らないのかもしれない。
どうだったの、という顔をして待っていた姫香さんと美久理さんに僕は母の外見が全然変わっていなかったことを、笑い話のように話した。
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