第24話 魔女の誘惑

 庭で写真を撮った後は、また二階の真ん中の部屋に戻って撮影をした。

 室内にいるとレフ板を持つという僕の役割も重要になってくる。

 姫香さんも栗原さんも咎めてはこないので、僕は時たま自分のスマートフォンで、僕の位置から見える栗原さんを撮る。

 栗原さんは僕がスマートフォンを向けると、一度はファンサービスのように僕のカメラを見て、そしてウィンクをしたりピースをしたりしてくれた。

 昼になると、祖父に呼ばれる。

「晴子ちゃんが、写真見せてほしいって言ってたよ」と祖父は姫香さんに言った。

 わかりました、と答えて姫香さんはカメラからメモリーカードを取り出す。

 下に降りると祖母はもう祖父の用意した盛り蕎麦をすすっていた。

 祖母はサラダボウルの中のレタスやきゅうりを、めんつゆの中に入れてから食べる。

 その食べ方のために、この家にでは蕎麦と一緒にサラダが出されるのだった。

「持ってきました」と姫香さんはメモリーカードを祖母に見せる。

「うん、ありがとう」

 差し出されたメモリーカードを祖母は受け取ると、サラダを全部めんつゆの中に入れてしまう。

 祖母はめんつゆの入ったガラス容器とメモリーカードを持ち、箸を口にくわえて席を立つ。

「僕も見てこようかな。ゆっくり食べてていいよ」

 祖父は僕たちにそう言って祖母に付いていく。

 祖母と違って、食べ物を持っていったりはしない。

「緊張しますね」と栗原さんは姫香さんに言う。

 姫香さんは、そうだね、と答えはするが全く緊張していないふうに蕎麦をすすった。

「でも私は慣れてるから」と姫香さんは言った。

「そうなんですか」

「そして晴子さんから何か言われる前に、晴子さんに見られている時に、もう自分で自分の作品の駄目な所が見えてきちゃうんだよね」

 栗原さんはサラダのきゅうりを一口かじる。

 僕も栗原さんの緊張に合わせて、彼女のペースでそばを少量すする。

「ちゃんと勉強しないといけないのかな」

「美久理ちゃんが気にする必要はないよ。思い出作りなんだからさ。そんなに頑張らなくていいよ。こっちが無茶な指示した時だけ頑張ってくれれば」

「うわ、なんかおっそろしい要求されそう」

 栗原さんは笑って言った。

 すると姫香さんは怖いと言われたいのがわかる笑みを浮かべて、

「勿論するよ」と声を弾ませた。

「怖いなあ」

 栗原さんは楽しそうに言う。

 そこに祖父母が戻ってきた。

「見終わったわ」と祖母はメモリーカードを姫香さんに返す。

「どうでした?」

 少し期待している感じで、栗原さんが聞いた。

 祖母は栗原さんに微笑み、そして姫香さんの方を見て、

「綺麗に撮れているわ。この調子で撮っていけば、彼女の思い出の品にはなるわ。一生の思い出にね」と言う。

「美久理ちゃんの思い出の品以上の物にはならないんですね?」

 そう言ってから姫香さんは器を持ち、めんつゆを飲んだ。

 そうやって飲んでいる間も姫香さんは祖母から目を逸らさない。

「あなたが成長するには一枚、たった一枚でいいから、思い出の品以上の写真を撮らないといけない」

 ゆっくりと祖母は言った。

 魔女と思っていることを意識したわけじゃないのに、その祖母の言い方はどこか魔法の呪文めいて聞こえた。

「何枚もの綺麗な写真と、一枚のいい写真によって、あなたは大きく成長するわ。扉が開いて新しい場所に行けるみたいに」

 祖母はめんつゆの入った器に蕎麦を入れる。

 それで話はおしまいのようだ。

 姫香さんも祖母流の食べ方でサラダを食べる。

「美久理ちゃん、本当に無茶な要求するからね」と姫香さんは真剣な顔で言った。

 はい、と答える栗原さんの声は硬くなっていた。

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