第23話 祖父の庭、美久理の足

 姫香さんは昨日とは違うレンズをカメラに着けた。

「ちょっとそのまま立ってて」

 また短い三脚を使うが、今度は寝転がって栗原さんを床の近くから撮ろうとする。

 寝転がったまま姫香さんは前後に動く。

 姫香さんの体は下から移動する。

 まず脚が前や後ろに行って、

「よし、外行こう」

 起き上がって姫香さんは言い、跳ねるように立ち上がって部屋から出ていこうとするが、途中で進路変更してタンスに向かう。

「晴道君、レフ板よろしく」

「あ、はい。これですね」

 僕は昨日使った白い円板を持つ。

「それ以外も。持てるだけ。とりあえずその銀色のやつは絶対」

 早口気味に姫香さんは言った。

 燃えてるなあ、と僕は思った。

 大きい物は持ち運ぶのが難しそうだったので、円板二枚とそれからもう二枚比較的小さいレフ板を僕は持った。

 姫香さんはタンスの中に入っていたバッグに、レンズやストロボライトを入れる。

「美久理ちゃんはリュック」

「外で着替えるのはちょっと嫌ですよ」

「なら玄関でお願いね。さあ行くよ」

 姫香さんが一番に部屋から出た。

 庭は、祖父が園芸を楽しむ場だ。

 庭の土に直に植えるのでも花壇を作っているのでもなく、プランターで植物を育てている。

 自作の木製のベンチの上にプランターを置いたり、小さな鉢を古びた缶に入れたりして、祖父は楽しんでいる。

 姫香さんは庭をゆっくり見回してから、

「そこで撮りたいから、車移動させよう」と言った。

 姫香さんが指したのは、祖父の園芸とは無関係な、砂利の敷かれた一帯だった。

 小さな子供なら駆け回って遊びそうなスペースだが、そこに車が一台置いてあるのだ。

 姫香さんは家の中に戻った。

 そして祖父と一緒に出てきた。

 祖父が車に乗ると、車は門から出ていった。

「丁度出かける時間だったんだってさ」と姫香さんは言った。

「まだお店とか開いてないんじゃないんですか?」

「近くに二十四時間やってるスーパーあるから、そこだと思う。とにかく、撮ろう」

 姫香さんは栗原さんを砂利の所に立つように言った。

「これ痛かったりしますよね」

 裸足のまま出てきた栗原さんが恐る恐る砂利に足を乗せる。

「あ、意外と痛くないかも」

 栗原さんは軽やかな足取りで歩き、さらに笑顔を作ってみせることで、耐えられることをアピールする。

 それを見ていた姫香さんも砂利の上に躊躇なく横たわるが、小石が腕に食い込んで、痛い、と声を上げた。

「大丈夫ですか?」とレフ板を持ってしゃがんでいた僕は声をかける。

「大丈夫。美久理ちゃん、ポーズ取って」

 姫香さんはカメラを構えた。

 栗原さんに様々なポーズを取らせ、姫香さん自身は二階の真ん中の部屋でやっていたみたいに横になったまま移動する。

 砂利の上でそんなことしたらきっと痛いだろうと僕は思う。

 その痛みは他人事だった。

 写ることはなく、カメラを覗き込んでもいなくて、さらに砂利で痛い思いもしないでいるのが、なんだか孤独を感じさせるのだった。

 順光で栗原さんの体はよく照らされていて、まずレフ板を使わずに撮ってみると姫香さんは言った。

 僕は尻の下に右手を敷いて座り、砂利の中の小石を手に食い込ませる。

 そして痛みに気付かれないように無表情を保つ。

 そういえばスマートフォンをポケットに入れてあったと思い出した。

 僕は右手を砂利に押し付けたまま、左手でスマートフォンを持ってカメラを栗原さんに向けた。

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