第20話 窓の下、レフ板
「オッケー、じゃあまずは裸足なのを強調して撮ろうか。窓の所に座って」
栗原さんは窓の真下にもたれるようにして座る。
脚の形は体育座りの時の形にしている。
「ああ、そこいいね」と姫香さんは褒める。
窓から入ってくる日の光に脚は照らされているが、上半身は陰になっている。
姫香さんは三脚の脚を閉じたまま斜めにして、その三脚を抱きかかえるような格好をして脚で挟み、カメラを低い位置で固定する。
姫香さんはその格好のまま二枚ほど撮り、カメラの液晶で写真を確認して、
「晴道君、レフ板使うよ」と言った。
「レフ板ですか」
「お、わかる?」
「いや、さっき栗原さんと、写真撮る時ってそういうの使うらしいけど、どんなやつなんだろうねって話してたんです」
姫香さんはカメラから離れて、タンスのある方へ行く。
僕は姫香さんに付いていく。
「レフ板はね、光を反射させるやつだよ。陰が濃い所に、いい感じに光を当てるとか、そういうことをする」
丸くて白い円板を取って、姫香さんは僕に渡す。
「ちょっと上半身が暗過ぎるから、これで太陽の光を拾って、当ててみて」
僕は床の日の当たっている所から光を拾うようにして、レフ板を栗原さんに向ける。
すると反射した光がほのかに栗原さんの顔を明るく見せる。
「こんな感じですか?」
「そう。で、一番いい位置を探してこう」
姫香さんはカメラと一緒に移動して、そして僕を動かしたり栗原さんのポーズを変えさせたりして、構図を探る。
姫香さんの見ているカメラの画面にはどのような図が表示されているのか僕にはわからなくて、なかなかシャッターが切られないことに僕は退屈する。
気持ちは退屈しながらも、栗原さんの最高の写真を作り上げるのだという使命感がレフ板を支える僕の体に緊張を与え、姫香さんの細かい指示に応えさせている。
途中で休憩を入れることになり、僕と栗原さんをその場から動かしたくないと言って姫香さんが一人で三人分の飲み物を取りに行った。
そういった時間も含めると、姫香さんの満足のいく写真が撮れるまでに一時間もかかった。
姫香さんはカメラに挿入していたメモリーカードを、自分の部屋から持ってきたノートパソコンに挿して撮れた写真を見る。
そして一番よく撮れた写真を選ぶと、これがいいな、と呟いてから僕たちにそれを見せた。
物憂げに壁にもたれて座っている栗原さん。
脚は膝の下辺りまでしか写っていなくて、肝心の裸足は見えない。
しかし物憂げな表情がとても意味深で、よかった。
「ああ、これ」と写真を見た瞬間に栗原さんは言った。
「これ撮る瞬間だけ、なんかめっちゃカツ丼とか食べたいって思ってた」
「カツ丼の顔だったの、これ」
姫香さんは大笑いした。
そしてこの顔が一番よかったのだと姫香さんは言った。
「まさかカツ丼食べたいって顔だったとはねえ」
そう言うとまた姫香さんは笑う。
「違いますよ。正確には、カツ丼急に食べたくなって、なんで今カツ丼なんだよって自分のお腹にうんざりしている顔です」
姫香さんはその正確な表現も面白がった。
そしてパソコンに表示されている時刻を見て、
「うちでご飯食べてく? カツ丼にしてもらおうか?」と聞いた。
「だからその一瞬だけですって。カツ丼だったのは」
「ああ、そうなんだ。それじゃあ神様がくれた一枚だね、これは」
「神様がくれるってんなら、もっといいやり方あったと思いますけどね」
「まあ、いいじゃないですか。この写真凄くいいと思いますよ」と僕は言った。
それでもカツ丼の気分だったのが嫌なみたいで、栗原さんは素直に喜ばなかった。
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