第18話 姫香の部屋、折り畳み式の椅子

 姫香さんの部屋のドアをノックする。

「どうぞ」と姫香さんの声が返ってくる。

 ドアを開けて僕は、

「ただいま」と姫香さんに挨拶する。

 おかえり、と返してくる姫香さんは昨日まで部屋にはなかった椅子に腰掛けていた。

 折り畳み式の椅子だ。

「その子は?」

 栗原さんを見て姫香さんは言った。

「学校で知り合った栗原さんです。姫香さんに写真撮ってもらいたいんです。それとこれ、おばあちゃんから」

 僕は手紙を姫香さんに渡した。

 姫香さんが祖母からの手紙を読む間、

「綺麗な人だね。それと部屋凄い」と栗原さんは僕に耳打ちした。

「そこの龍とか、姫香さんが作ったんですよ」

 そう教えると栗原さんは、へえ、と感心して壁の龍に近寄る。

「大したものじゃないよ」

 手紙を読むのを中断し、顔を上げて姫香さんは栗原さんに言う。

「触ってもいいですか?」

 そう聞く栗原さんの手は今にでも龍に触れそうだった。

 いいよ、と姫香さんは答える。

 栗原さんは龍の頭を撫でて、へええ、と声を上げる。

「龍って、顎とか撫でちゃ駄目なんでしたっけ?」と栗原さんは姫香さんに聞いた。

「逆鱗のことだね。うん、あるから気を付けてね」

「はあい」

 栗原さんが龍を撫でる手つきは、犬や猫などを撫でるものに似ていた。

 姫香さんは手紙を読み終えると、

「話は大体わかったよ。早速撮る?」と栗原さんに言った。

「あ、お願いします」

「それじゃあ隣の部屋に行こう。そっちにカメラとかあるから」

 姫香さんは立ち上がって、そう言った。

「そういえばその椅子、どうしたんですか」と僕は聞いた。

 その折り畳み式の椅子は明らかに安物の椅子だった。

 母と暮らしていた時に同じような椅子を電球の取り換えをする際の踏み台として使っていたことを思い出させる、そんな椅子だ。

 壁の龍やフローリングの川といった物で満たされる予定である姫香さんの部屋にとって、その椅子は明らかにノイズであった。

「これは、構想を練るのに使ってるの」

 姫香さんは、新しく椅子で何かを作るつもりでいて、そのアイデアをひねり出すためにこの椅子を持ってきたのだと説明した。

「今は、大木の洞みたいな椅子にしたいなあって思ってる」

「うろ?」と栗原さんは首を傾げた。

「凄くえぐれて、穴みたくなってる感じ。そこに座れるようにするの。それで座ってる人は、木に包まれる。もしかしたらその中に本とかちょっとした物をしまえるスペースも用意できたらいいかもね」

「結構な大木ですね」と僕は言った。

「そうだね。そんだけの物が作れる大木が手に入ったら最高だけど、まあ、今の私には無理だから。椅子の部分とか棚の部分とか外側とか作って、組み立てることになると思う」

 へえ、と僕は姫香さんの座っていた椅子を見ながら呟き、姫香さんが作ろうとしている物をそこにイメージして重ねる。

 同じことをしていたらしい栗原さんが、

「じゃあ完成したら、それに座ってる私の写真撮ってくださいね」と言った。

「そうだね。頑張る」と姫香さんは笑顔で答える。

「それじゃあ、隣行こうか」

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