第16話 窓際、美久理の体
「逆光が駄目なんですかね。廊下の方で撮ったらいいのかな」と僕は写真を見ながら言う。
「なるほど。教室の外に机を出すんだね。ねえ、レフ板って持ってる?」
栗原さんは、足をそっと教室の床に着けるように、机から降りた。
「レフ板って、なんです?」
「聞いたことない? 私もよく知らないけど、なんか写真を撮る時に使うらしいよ」
「へえ」
僕は教室のドアの近くの机を持ち上げる。
栗原さんにドアを開けてもらって、机を廊下に出す。
入れたままになっている教科書やノートがこぼれ落ちないように、自分の体で栓をするようにして机を運んだ。
「今度は机の上に体育座りしてもらえます? そうじゃないと、上手く入り切らないんで」
「体育座りかあ」
あまり好きじゃないという感じだったが、栗原さんは机の上で体育座りをして、
「とっとと撮っちゃおう。先生が来ちゃわないうちに」と言った。
そうして撮った写真は、さっきよりましなように見えた。
「ああ、さっきよりいいね」
写真を見せると、栗原さんは喜んだ。
「でもやっぱり、プロの写真を真似したやつですね」と僕は言う。
「仕方ないんじゃない? プロじゃないんだし。写真部でもないでしょ?」
「はい。部活入ってません」
私も入ってない、と言って栗原さんは笑う。
「ちょっとこの写真、送ってよ」
「わかりました」
僕はすぐその写真を添付したメッセージを栗原さんに送る。
自分のスマートフォンに届いた写真を栗原さんはじっと見つめる。
僕は机を教室に戻す。
栗原さんはずっとスマートフォンの画面を見ていた。
スマートフォンを顔の高さまで持ち上げて、難しい顔をして見ているので、
「やっぱり下手でしたかね」と僕は聞く。
「ううん、よく撮れてると思う。ただ、最高の一枚じゃないなあ、ってね。惜しいんだよ」
「惜しい、ですか」
「高校卒業するまでに、芸術的な私の写真が一枚は欲しくてさ」
栗原さんは、さらに高くまでスマートフォンを持ち上げ、右に一回転しながら言った。
「それってなんか、あれっぽいですね、なんとかってやつ」
そのなんとかというのは、ナで始まるカタカナの言葉だ。
寺山が使っていた言葉で、僕はそれを思い出せなかった。
「ナルシスト?」
「そう、それです」
「間違っちゃいないね。私、自分のこと可愛いって思ってるし」
そうなんですか、と僕は苦笑いする。
「でもさ、これはマジな話なんだけど、高校卒業したら老化するだけだと思うんだ。私はたぶんこれ以上綺麗にはならなくて、今が私の最盛期。だから長過ぎる老後のために、一番綺麗だった時の自分をきちんと記録しておきたいんだ」
僕の表情は彼女の言葉に塗り替えられた。
栗原さんの言った通りに、栗原さんはこれ以上綺麗にならないという気がした。
そして僕は近所に住む、太ったおばさんのように栗原さんがなってしまうと思った。
そう考えてしまうと、栗原さんの願いを笑うことはできない。
これは切実な願いなんだ、と僕は理解した。
「プロのカメラマンじゃないですけれど、写真上手い人ならうちにいますよ」
僕は祖母や姫香さんなら綺麗な写真が撮れるはずだと思ってそう言った。
少なくとも祖母は、何でもやる芸術家らしいから、写真くらいは撮れるに違いない。
「本当に?」
栗原さんは強く関心を持ったみたいだった。
「祖母が芸術家らしいんですけど、たぶん写真も撮れると思います」
僕は栗原さんを喜ばせたくて、そう教える。
「そうなんだ」
「うち、来てみます?」
栗原さんは少しも考えることなく、行くと答えた。
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