第14話 踊り場、栗原美久理

「隠されたって、ここでですか?」

 中学校の校舎で隠されたのかと聞きたくて、僕は足元を指した。

「違うと思う。体育の授業から帰ってきたら無くなってた」

「向こうにはなかったんですか」

 高校の校舎のある方に顔を向けて、僕は言った。

 すると彼女は、

「うん、向こうにあると思う」と言うのだった。

「ちゃんと探せば見つかるかもしれないけど、必死に探すのって面倒くさいよね。もしかしたら、絶対に見つけられないような場所に隠されてるかもしれないし」

 他人事のように彼女は言う。

 これ以上僕が上履きの話を続けても、それはつまらない話をずっとしているようなものなのだという気がした。

 けれど僕はどうしても裸足なのが気になって、

「靴下は、どうしたんですか?」と似たような話を続けてしまう。

「ああ、心配しないで。靴下は脱いだだけだから」

 彼女は、身に着けているアクセサリーを褒められたみたいに笑みを浮かべた。

「靴下で歩くよりも、裸足で歩いた方が、私に合っている気がしたんだよね」

 裸足で走り回るほど快活なのだということかと思ったけれど、彼女はその場に座って僕を見上げると、

「ほら、裸足の方が綺麗な感じしない?」と聞いてくる。

「まあ、そうですね」

 答えに困って僕はそう言う。

 彼女はブレザーのポケットから畳んだ黒い靴下の片方を出して、それを右足に履いた。

 そして、ほらね、と彼女は言う。

「確かに裸足の方がいいですね」

 見比べて、僕にもはっきりわかった。

 白い肌を靴下で隠さずに、足の指まで綺麗な形をしていることを見せつけている方が、彼女には似合っているように見える。

「でしょう?」

 そう言って靴下を脱ぎ、そして元通りに畳んでブレザーのポケットに突っ込む。

 僕はその間、彼女の足の指を見ていた。

「君はこれから帰るところ?」

 座ったまま彼女は聞く。

 僕は足から僕を見上げる彼女の顔に視線を移して、そうです、と答える。

「じゃあ一緒に帰ろうよ。私もそろそろ帰るよ。こんなところ教師に見つかるのは嫌だし」

 彼女は右足をちょっと持ち上げて言う。

 立ち上がると彼女は僕の名前を聞いてきた。

 そして彼女は、栗原美久理、と名乗った。

 僕が下駄箱で革靴に履き替える間、栗原さんは待ってくれていたので、僕は栗原さんと高校の校舎の下駄箱まで付いていくことにした。

 栗原さんはやはり裸足のまま中学の校舎と高校の校舎を繋ぐアスファルトの道を歩く。

「靴はあるんですよね」

 下駄箱に向かっているのだからそんなことはないと思いつつも、このまま裸足で家まで帰ってしまいそうに感じられて、僕は聞いた。

「さっきはあったよ」と栗原さんは答える。

 下駄箱にはきちんと革靴があった。

 そして上履きが戻ってきているということもなかった。

「新しいの買わなきゃなあ」と栗原さんは呟き、靴下と革靴を履く。

 通ってきた道を引き返して僕たちは校門を出る。

「よかったですね、靴あって」

「革靴って上履きより高いもんねえ」

「見つける気ゼロですか」

 栗原さんは曖昧に、ううん、と言った。

「それはそうとさ、アカウント教えてよ」

 ブレザーの内ポケットからスマートフォンを出して、栗原さんは言った。

 連絡先を教え合って、

「また上履き無くなったら連絡するからね」と栗原さんはスマートフォンを振る。

「そうしたら僕は踊り場に行けばいいんですね」

「その通り。よくわかってるね」

 高校生の栗原さんは僕より背が高くて、彼女の微笑みが降ってくるのを僕は会釈して受ける。

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