第12話 朝の教室にて

 教室に入り、自分の席に座る。

 鞄からサイダーを出してまた飲むと、学級委員の寺山が寄ってくる。

「今日はサイダーか」

 彼は僕のペットボトルを見ながら、中指と薬指で眼鏡のつるを触り、下にずれた眼鏡の位置を直した。

「クッキーあるよ」と僕は言い、開けたままの鞄からさっき買ってきたクッキーの箱を出す。

「くれ」

 寺山は僕の前の女子に席に座って言う。

 その女子はいつも朝礼直前に来るので、朝はこうして寺山の席になっていることが多かった。

「オッケー。開けて」

 僕がそう言うと、寺山は開封してクッキーを二枚出した。

 その二枚を重ねたままかじる。

「そういう食べ方やめて。すぐなくなっちゃう」

 僕は一枚だけ出して食べる。

「この二枚だけにするから安心しろ」

 寺山は三日月の両端を削り取っていくように、残ったクッキーを食べる。

 僕は寺山と今日の授業について話す。

 話すのは、数学のことだ。

 寺山は、教師の真似をするのが趣味だ。

 特に数学の木下先生の物真似を得意としている。

 声が似ていたのである。

 それで彼はわざわざ教科書を家に持ち帰って予習して、木下先生がどのように授業をするか予測をする、木下予報という芸をすることにはまっているのだった。

 その木下予報をしている最中に、僕の前の席の女子が教室に入ってきた。

「おう、おはよう。席借りてた」

 寺山は挙手をして彼女に言い、立ち上がって席を返した。

「おはよう」とその女子、三木さんは少し困った顔で返した。

「今日は早いのな」

 寺山がそう言うと、今日は早く起きたから、と三木さんは言った。

「ほら、クッキー食べな」

 寺山はクッキーを一枚出して、三木さんに差し出す。

「君のクッキーではないよね」

 僕がそう言うのだが、三木さんも僕に構う様子はなく、

「ありがとう」と言ってクッキーを受け取って食べてしまう。

「好きに食っていいけど、あんまたくさん食べんなよ」

 寺山がそう三木さんに言う。

 三木さんは口の中のクッキーをもぐもぐと噛みながら頷く。

「いいんだけどね。でもお前の台詞じゃないよね」

 僕は寺山の腕に握り拳をぐりぐりと押し付けて言った。

 ふっふ、と寺山は少しも痛がらず、笑う。

「いいなら、いただきまあす」

 三木さんはクッキーをもう一枚食べる。

 そして寺山の方を見て、

「私、お菓子はチョコレート系が好きだから、チョコクッキーとかがいいなあ」と言う。

「わかった。明日はそうする」と寺山は答える。

「まさか僕が買ってこなきゃいけないのか?」

 僕がそう言うと、三木さんが、あはは、と声を上げて笑った。

 口元を手で抑えていても大きく開いた口が見えてしまう大笑いだった。

 それに影響されたように寺山も笑う。

 まさか本当に僕が買うのではあるまいな、と思っている僕だけ笑っていない。

「君たちやっぱ面白い。前から思ってたけど。これから早く来るようにしようかな」

「来たらお菓子食べられるよ」と僕は言った。

 なら来る、と三木さんは言った。

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