第11話 新年度

 祖父母の家の生活にすっかり慣れた頃に新年度が始まった。

 中学校での生活にはまだ慣れきってはいないけれど、友達が何人かできて安心して過ごせるようになってきた。

 通学路の途中におにぎり屋がある。

 人気らしく、売り切れるとその日は店を閉じてしまうという店だ。

 そのおにぎり屋の所で道を曲がると、学校が見える。

 今日はおにぎりよりクッキーを食べる気分で、僕は学校まで続く真っ直ぐの道の途中で曲がりコンビニに入ってクッキーとサイダーを買う。

 月三万円の小遣いの主な使い道は、姫香さんがやけに連呼した通りに、菓子となった。

 大金をもらったせいで、ねだることはしづらくなって、家で食べる分の菓子やゲームソフトや文房具まで小遣いからお金を出して買うようにしていた。

 レジ袋はいらないと言って、クッキーの箱は黒い通学バッグに入れ、ペットボトルのサイダーはコンビニを出てすぐに蓋を開けて、ゆっくり歩きながら飲む。

 そして僕は、母のことを考える。

 学校の生活に慣れた頃に、たぶん僕は母と会うことになる。

 母は僕と再び暮らすためにカウンセリングを受けている。

 虐待が周囲に発覚した時、祖父母が僕を預かるということで話はすぐにまとまって、母もそれを素直に受け入れた。

 そういう経緯があるから、祖父母やカウンセラーが許しさえすれば、母は僕に会える。

 四月の終わりに会いたいと母は言ってきているのだと祖父から聞かされている。

 一ヶ月しか待てないなんて、と母のことを残念に思う。

 でも、会うのは別にいい。

 いつかまた母と暮らすことになったら嫌だなあ、と僕は思っていた。

 祖父母と姫香さんとの生活は、楽しい。

 また暮らしたいのなら、この家に母が来るのがいい。

 祖父母が傍にいれば母は下手なことはできない。

 僕の方からそういう提案をしてしまおうか、と思った。

 校門には教師が数人立って挨拶運動というものをしているので、ペットボトルをバッグにしまう。

「おはようございます」と繰り返し教師たちは言う。

 おはよお、とくだけた挨拶をする女の人がいる。

 その人は高校生だ。

 僕は公立の中高一貫校に通っている。

 だから校門を通る列には、中学の紺色の制服と高校の灰色の制服が交ざっている。

 僕のすぐ前を歩いている高校生たちは、教師がいないかのようにそのまま通り過ぎたり、会釈だけ返したりして、声は出さない。

 彼らの後ろを歩く僕はあまり大きくないけれど、一応教師たちに聞こえるようには声を出して、おはようございます、と返す。

 僕はちゃんと挨拶をしているぞ、というアピールだ。

 それは教師に向かってしているんじゃなくて、僕の前を歩いている挨拶をしなかった人たちや、僕のすぐ後ろを歩いている人たちにしているのだった。

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