二 魔女と裸足の少女と魔女未満

第10話 祖母は魔女

 祖父母の家で暮らすようになって三日目。

 祖母には歌手のライブ演出の仕事があり、祖母と、それから手伝いとして姫香さんが朝から出かけていた。

 演出にはプロジェクトマッピングを用いるらしい。

 見学するかと誘われたけれど、僕は漫画が読みたくて断った。

 僕は本棚にあった少女漫画にはまっていた。

 男の僕からすると、少女漫画は恥ずかしくて買いにくくて、だからこそ興味のある物だった。

 だから僕は本棚にあった漫画の中から、少女漫画を選んで読んでいた。

 僕が最も気に入ったのは、おとぎ話のような雰囲気のあるファンタジー漫画だった。

 その漫画には、少女と魔女と魔女の手下のモンスターが登場する。

 魔女が暮らしているのは、かつて王族が暮らしていた城。

 少女は、その城のかつて王女が暮らしていたという部屋に閉じ込められてしまう。

 そこで少女が魔女の手下のモンスターたちと繰り広げる笑いあり涙ありのショートストーリー集といった漫画だ。

 少女には結婚を誓い合っている貴族の美男子がいて、少女は彼に会えないことを悲しみながら、モンスターたちとのんきに暮らす。

 悲しみの薄い悲劇だった。

 一枚ほとんど透明に近い悲しみのフィルターを貼っているけれど、そんなフィルターのことを忘れてしまいそうになるくらい、温かくて気楽で楽しそうに見える生活を囚われの少女はしている。

 なんて羨ましいんだろう、と僕は思った。

 温かさも気楽さも楽しさも、何もかも与えられていることが、悲劇の中にいるために許容されていそうな感じ。

 そしてその悲劇というのが、常に心を苦しめるほど濃くないということ。

 僕もこんなふうに生かされてみたい。

 囚われて、悲しみがあって、そのために他のあらゆる幸福が許容される生活。

 そんなものを与えてくれる魔女がいてくれたらいいのになあ、と僕は祖母のことを考える。

 祖母はたぶん僕の望む魔女に一番近い。

 だけど祖母は僕の魔女ではない。

 祖母はいつか僕を放してしまう。

 僕が大人になるか、母が正常な母親になるかしたら、祖母は僕を放すだろう。

 祖母は、祖父の魔女でしかない。

 だから僕は魔女になれる恋人を見つけなければならない。

 たとえば四月から通う学校で。

 僕を束縛して、僕が喜ぶ分だけの自由をくれる魔女を。

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