第9話 祖父の天ぷら
僕がさつまいもの天ぷらを口に入れると、
「この人ったら、あなたが来て興奮しちゃって、昼間から天ぷら揚げてたのよ」と祖母は言った。
僕は口の中の天ぷらを飲み込んだら祖父にお礼を言おうと噛みながら、軽く頭を下げた。
「どうだい、おいしいかい」と祖父が聞いてきたので、
「おいしいです」と僕は礼を言うより先に答えた。
「天ぷらはね、楽しいよ」
祖父は機嫌よく話し始めて、さつまいもなどを切るところから、いきいきと料理の手順を説明する。
お礼を言うタイミングを完全に逃したなと思いながら僕は聞く。
祖父は身振りを入れながら天ぷらを揚げるところを説明する。
そして説明の中で天ぷらを油から出したところで祖母が、晴道も一度やってみるといいわよ、と言った。
「一回やらせてもらったけれど、一回やる分には楽しいものよ」
それ以上の価値はないけれど、といった感じで祖母は言った。
それを聞いて祖父は、おやおやあ、とわざとらしく首を傾げる。
「そんなふうに言うけど、君は一週間、毎日夕飯を天ぷらにしてしまったじゃないか」
「その一週間で一回だったのよ」
とぼけたように祖母は言った。
どうやら祖母はあまり料理をしないみたいだ。
「いつも、おじいちゃんが料理してるの?」と僕は聞く。
「そうだね、僕が四十歳の頃からは毎食僕が作ってるよ」
その頃から祖母の作品がよく売れるようになって、それで思い切って仕事を辞めたのだと祖父は言った。
「仕事はあまり好きじゃなくてね。家で料理とか掃除とかして過ごしていたかったんだ。だからお金を稼ぐのはこっちに全部任すことにしたのさ」
「そして家事はこっちに全部任すことにしたの」と祖母が言う。
「じゃあもしかしてこの蕎麦も手打ち?」
いやあ、と言って祖父は苦笑いして頭を掻いた。
「それは大変だから最近全くやってないんだ」
「凝るけど、料理人ではないから」と祖母はフォローを入れる。
「夕飯はもっと凝るから期待していてよ」
その日の夕飯は、菜飯も煮魚も和風ドレッシングをかけたサラダも凄くおいしくて、母はいくら頑張ってもこんなにおいしい物を作れなかったはずだと僕は感動していた。
だけど唐揚げもあったので、また揚げ物なの、と祖母は笑いながら文句を言っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます