第5話 昔、欲しかった物

「じゃあ姫香さんは、自分が中学生の時、一月のお小遣いが三万円だったらどう使ってたと思いますか。こういうの以外だと」

「私が中学生だった時は、そうだなあ、まず服かな。気に入った服がとんでもなく高いこととかって、あるでしょ。それからお菓子。毎日食べると結構な額になるんだよ。知ってた? それと友達と遊ぶのにもお金いるよね」

 そのように列挙されただけで僕の三万円がもう尽きてしまったように感じた。

 姫香さんにかかれば、三万円を使うことなんて簡単なことのようだ。

「あとねえ、私が中学生の時に物凄く欲しかったのが、プロジェクター。プロジェクターってわかる?」

「映像を映すやつ、ですよね」

 パソコン室で行われる情報の授業では、先生の使っているパソコンの画面を見せるためにプロジェクターを使っていて、それで知っていた。

「そう。それ。それの十万円のやつが欲しかったんだよ、私」と姫香さんは言った。

 そしてそんな物を簡単に買えるほどお小遣いはもらえていなかったとも。

 月に五千円くらいだったそうだ。

「その五千円だって友達と遊べば減るし、十万円なんて気が遠くなるようなお金を貯められる気がしなくて、結局安い服を衝動買いしたりして無くなっちゃった。それでもずっと憧れで、ずっと欲しかった」

「映画を見るんですか?」

「それとアダルトビデオね」と姫香さんは言った。

 アダルトビデオと聞いて、どきりとした。

 僕のいた六年生のクラスでは、そのアダルトという言葉がエロいことを意味しているということはよく知られていた。

 特にアダルトビデオはとんでもなくエロい物として、父や兄が持っていないか家の中を捜索する宝探しがクラスの男子たちで企画されたこともあった。

 唐突に姫香さんからその言葉が出てきたことに動揺する。

「中学生くらいになると、男子が持ってきたりするわけ。ポータブルDVDプレーヤーなんか持ってきちゃって、男子が何人も集まってその小さい画面で見てたの。それで私は、そんな小さい画面じゃなくてプロジェクターで教室の壁なんかに投影して見た方が面白いんじゃないかって思ってさ。そういうことがしたくて欲しかったんだよね」

 姫香さんは、まるで僕がその性的な話を平然と受け止められるかのように、何のためらいもなく話した。

「クラスみんなで見るんですか?」

 僕は姫香さんから顔を逸らしながら、平静を装うようにして言った。

「みんなで見たら最高だろうね。でもそういうの苦手な子もいたから、全員は無理かな」

 口振りからして、姫香さんは見るつもりでいたみたいだと僕は思った。

「それでプロジェクター、今は持ってるんですか?」

 僕が聞くと姫香さんは、持ってない、と言った。

「今はもう、家で映画を見るんならテレビの画面で十分だって思うよ」

「それなら買わなくてよかったじゃないですか。十万円もするんだから」

 姫香さんは微笑んで僕の顔を見た。

 そして姫香さんの表情は、少し寂しそうなものに変わった。

「だけど、あの時頑張ってお金貯めて買ってたら凄く楽しかったんだろうなって思っちゃうこと、よくあるよ」

 理想通りの日々を手に入れられなかった寂しさを姫香さんが抱いていることが、僕にはよくわかった。

 僕にも、母と暮らせなくなったことに心残りがあるからだ。

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