第2話 入学祝い

 祖父母の家は二階建てで大きくて、白くて四角かった。

 直方体をくり抜いて作ったベランダが二階に二つ見える。

 その二つのベランダの間にも窓はあって、そこにもう一部屋ありそうだ。

 僕が与えられたのは、二階のベランダのある部屋だった。

 その部屋は、勉強机と椅子と布団一式と、それから本棚の部屋だった。

 本棚は僕の身長より高い物が、壁一面を埋め尽くすように並べられている。

 それだけ並べられた本棚は、実は一つか二ついらなかったんじゃないかというくらいには空きがあって、所々ブックエンドを置いていたり本が横倒しになっていたりしていた。

 それらの他には物がない。

「この部屋は昔ね」と祖母がゆっくり言った。

 母の部屋だったのか、と僕は予測したのだが、

「私が一人になりたい時、引きこもるための部屋だったのよ」と祖母は言った。

「それでこんなに本が」

 僕は納得したように言った。

 母はこんなに本を読みたい人ではなかったと僕は思ったのだ。

 今はもう、馬鹿な虐待をする人、というイメージが強くて、母のことを賢い人とは思えなくなっていた。

 それに祖母は聞くところによると芸術家らしいから、本はたくさん読むのだろう。

 僕は祖母の集めた本たちを見た。

「ごめんなさいね。ここの本は他に置く場所ないから、ずっとここに置いてるの。自由に読んでいいから許してね」

「うん」

 芸術に関係する本ばかりなのかと思いきや、そうではなかった。

 漫画が結構多い。

 これはラッキーだと僕は思った。

「それと、これ」と祖母は封筒を差し出した。

 初めの小遣いと入学祝いとして、祖母は僕に十万円を渡した。

 母と暮らしていた時とは何もかも変わっていく、と僕は感じた。

 二千円から三万円。手元には十万円。

 僕は一万円札の束で親指の腹を撫でた。

 十枚の紙幣にくすぐられて、気持ちがいい。

 僕は何度も何度も同じように親指の腹を十万円でくすぐった。

 母と暮らせなくなったことに喜んでいる自分を嫌なやつだと思うのだけれど、僕の心の中では既にこれからの生活を愛したいという気持ちが溢れ出していた。

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