僕らのために魔女よ育て

近藤近道

一 僕と祖母と十万円

第1話 道田晴道

「お小遣いは月三万円でいいわよね」

 祖父母の家に引き取られることが決まった時、祖母は僕にそう言った。

 祖母はまだ五十五歳で、顔はより若く見える。

 そのせいで、この人が僕の母の母親だとは感じられなかった。

 そんな人が毎月三万円くれると言う。

 僕がこれまで母にもらっていた小遣いは、月に二千円だった。

 つまり祖母はその十倍以上のお金をくれるということである。

 中学生になったからって、普通ならこんな増やし方はしないだろう。

 だから僕は驚いたまま無言で大きく頷き、それからありがとうございますと小声で言って、そしてこの家に引き取られることになったことを密かに喜んだ。

 祖母の名前は、道田晴子。

 そして僕の名前は晴道。

 この名前を付けたのは、母だ。

 祖母も母も名前に晴という字があったので、僕にもそれを受け継がせたかった。

 道という字は、結婚して道田ではなくなるので入れたかった。

 そう母は言っていた。

 その母は、僕に暴力を振っていた。

 およそ一年間。

 少なくとも僕が小学六年生だった間は、それが日常的にあった。

 離婚して一人で僕を育てなければならなくなった母は、そのストレスに耐えかねたみたいだ。

 僕が小学三年生の時に二人は離婚し、それ以降母からは年々優しさというものが欠落していった。

 これはいつか殴られたり怒鳴られたりするんだろうな、と思っていたら、去年とうとう僕に暴力を振うようになった。

 母は殴るのではなく、蹴ってきた。

 家の中で僕は大抵どこかに座っていて、そして苛立っている母は立っているからだ。

 足で押して僕の体を壁に叩きつけるように、肩の辺りを蹴るのである。

 母の気が済むまで僕は声を上げないように痛みを堪える。

 悲鳴を上げると母は、大袈裟に痛がるな、と怒鳴る。

 たぶん僕の声で近隣の人に虐待のことが発覚するのを防ぎたかったのだろう。

 そんなふうに気を付けたって、僕の体が壁にぶつかる、ドンという音でばれてしまうかもしれないぞ。

 そう僕は思いながら耐えていた。

 僕は悲しかった。

 母の優しさが消えたのと同時に、母が頭の回らない馬鹿な人間になってしまったと感じたからだ。

 もっと狡猾に、誰にも疑われることがないくらい完璧に僕を虐げてくれたら、こんなふうに悲しまないで済んだのだ。

 母は離婚して大変な思いをしているのはわかっていたから、母は大変なんだと理解してあげることはできたつもりだ。

 それなのに賢くないやり方をするから、とうとう虐待は発覚してしまった。

 その時僕ははっきり幻滅した。

 母がこんな母親になってしまったことが辛くて、そのせいで泣いたりした。

 そして僕は母とは住めなくなり、母方の祖父母の家で暮らすことになったのだった。

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