*前後編-類集まれば

 泉はホテルに入るとベッドに寝ころびリストを眺めた。日本のホテルとは違い壁の所々が破れたりひび割れたりしているが、それくらいは大した事じゃない。まだ雨風がしのげるだけ上等だと言える。

「あん?」

 硬いスプリングを鳴らしてチーム編成を見上げる。

「なんだ?」

 ブラスト・マニアは三人と言っていたが、俺を外して三人か。AからEまでのチームに自分の名が無い事を知り、視線をリストの下方に移していく。

 一番下にはSCと表記された枠があり、ベリルと自分の名があった。どうやら二人はチームの総指揮として組むという事なのだろう。

 泉は最後に合流したため、他の者には説明されている事をまだ聞いていない。ベリルは全体の指揮を、自分はブラスト・マニアへの指示を意味していると見た。

 本来なら一番上に書かれてあるはずの総指揮官を下に記している事には少々呆れる、それぞれの重要性を強調するために無意識下に訴えかけるものなのだろう。

 屋内戦において限られたスペースでの戦闘は敵味方に多くの損害をもたらす可能性が高い。

 跳弾ちょうだんや巻き込みには常に注意しておかなければならない。それこそ、個人の動き一つで仲間全体が危機になる。

「あいつらしいけどね」

 指で紙を弾き、酒を飲むために立ち上がった。


 次の朝、今日は集合はなくテントには数人の仲間とベリルがいるだけだ。どうせ来るだろうと思われていたんだろうと考えると多少の悔しさはある。

 確かに、どこかで遊ぶくらいならベリルを眺めている方が泉にとっては楽しい。男が無言で近づくとベリルは一瞥しデスクに大きな紙を広げた。

「あん? 随分と虫食いだな」

「彼らも慎重なようでね。ようやくこれだけ調べる事が出来た」

 見取り図を見下ろし泉とベリルは苦い表情を浮かべる。どう見ても半分ほどはどういう造りなのか判断出来ない。

「見取り図にある場所に爆薬の設置を指示してもらいたい」

 あとは侵入した時にヘッドセットでの指示と、お前と私とで設置する。そう発して、ゆっくりした足取りで近づいてきた三人を目で示す。

「どれくらいで別けてある」

「およそ百グラム」

「他は」

「起爆装置と雷管を五十ずつ。信管の部品は百ずつ」

 どちらにも、「起爆時期を感知する装置」と「安全装置」を取り付けたものを信管と呼ぶ。今回の作戦に合わせて泉たちに調整してもらうため、あえてバラの部品で運び込んだ。

「上出来だ」

 褒めるように応えて仲間の三人が待つ方向に足を向けた。

 泉は同じブラスト・マニアの間でも尊敬される対象にある。当然のことながら、その趣味にまでは尊敬の対象外だ。

 少しでもその技を盗めるのならばと三人のブラスト・マニアは彼に会える事を楽しみにしていた。

 よく見れば自分よりもデカいんじゃないかと思えるほどの体格と存在感に一人の男は息を呑む。

 アメリカ人、イギリス人、イタリア人と彫りの深い顔立ちの三人は各々、握手と自己紹介をかわし本題に入る。

 ブラスト・マニアと呼ばれるだけあって、彼らは爆発を好み爆薬をこよなく愛する。そんなやからが四人も集まれば自然と爆薬関係の話で盛り上がるというものだ。

「今回は導爆線は使えないな」

「ビル破壊じゃあるまいし」

「安全性から言えば使いたいがな」

「そういえばニューメキシコ州の大規模ビル爆破を見たか? あれは実に見事だった」

「ああ、設置する場所とタイミングはさすがだ」

 導爆線どうばくせんとは、爆轟ばくごうを伝えるために用いられるロープ状の火工品である。そして爆轟とは、気体の急速な熱膨張の速度が音速を超え衝撃波を伴いながら燃焼する現象である。

 と簡単には言っても、普通の人間から見れば訳のわからない話をしている怪しい男たちにしか映らない。

「俺の言う信管を少なくとも七十は造って欲しい」

 作戦決行までにそれらを造りつつ時折、ベリルの方に視線を向けながら設置する箇所の割り当てを決めていく。

 それから小一時間ほど話し合い休憩に入る。泉は早速、未だデスクで作戦のシミュレートを行っているベリルに近寄った。

 敵にも味方にも死者を出したくないという感情からだろう。涼しい顔して出来うる限りの事をしようとするベリルに目を眇める。

 馬鹿げた事だとは思うが、そのために努力をいとわない姿勢には頭が下がると共に、現実にそれを成す力も持っている。

 それ故に敵となる対象からは恐れられ、仲間からは尊敬されるのだ。綺麗な見た目に騙されるととんでもないしっぺ返しを食らう。

 泉は、うわべだけじゃないその強さに惹かれている。綺麗系が好みな泉はベリルをひと目見て気に入った。

 上品な物腰と尊大な口調とは真逆の強さも図太さも、ベリルの魅力を存分に引き立たせている。

 格闘において体格の差は当然だが大きい方が有利に働く。それすらもベリルとでは役に立たない。体が柔らかい事に加えて力が強いため、簡単に組み敷ける相手ではない。

 そういった事で今まで何度も組み敷こうとしたが大体は失敗に終わっている。そんな事を考えて、相変わらず抱き心地の良さそうな体を見下ろした。

 ベリルは細身だが、決して痩せ形ではない。むしろ鍛えているだけあってかなりの筋肉質だ。

 着やせするタイプでもあり、確かに筋肉質だが線は細い。小柄な自分に合わせた筋肉の付け方を心がけたらしいが、不死になって痩せも太りもしなくなったため現在では感覚を鈍らせないためのトレーニングを重視している。

「決まった事を報告してもらう」

「んあ、AとBが陽動している間に侵入したCからEが爆薬を設置して、見取り図にない場所は俺が設置していく」

 目を向けずに発したベリルに応える。おおよそ、自分が考えていたものだと確認したベリルはヘッドセットを泉に手渡した。

 そこにあるボタンの説明を受けて右耳に装着し、感度を確認した。

「あんたの色っぽい顔が見たい」

 目の前とヘッドセットからの二重に聞こえた言葉にベリルは眉間のしわを深く刻んだ。とても嫌そうに見上げている瞳にも泉は嬉しそうに口角を吊り上げる。

「今夜ベッドでど──げふっ!?」

 間近から横っ腹に蹴りを食らって痛みに腹を抱えた。

「マジか」

 その様子を眺めていたブラスト・マニアの三人は目を丸くした。ベリルがあんな事をするのはあまりというか、ほとんどというかほぼ見た事がない。

 泉にだけは手厳しいようだ。しかし、それほどの間柄と言えなくもない。許しているとつけあがるという事もあるのだろうか、とにかく珍しい光景が見られた三人は互いに見合い苦笑いを浮かべた。

 泉はしれっとシミュレートに戻るベリルの背中を抱きしめたかったが、今度は蹴りでは済まないかもと想像し仲間の元に足を向けた。

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