*後後編-狼の一撃

 敵の本拠地は山の中腹に建てられている──かと言って困難な道のりという訳でもなかった。

 そこでの生活は不可欠なため、トラックの往来が可能な舗装された道がある。ただ地面を踏み固めたようなものだが無いよりは程度のものだ。

 ベリルたちは第一目的地まで警戒しながら進む。途中、必ずいるであろう監視の対策と対処をするため、ここでの先頭は野戦に長けたレンジャー技能を持つ者が立つ。

 この一帯は山岳地帯でもあり、レンジャーの次は山に長けた者が位置している。ベリルはレンジャー、泉は山岳地帯を得意としていた。

 今回は屋内戦がメインなので全体的に速射力を重視している。新人の一人を除けば、ベリルの組んだチームは精鋭揃いという訳だ。

 定期的に立ち止まりながらゆっくり前進する。

「どう思う」

「気付かれていると見た方が妥当だろう」

 泉の問いかけにベリルは視線を周囲に配りつつ応えた。いくら街のはずれと言っても野外での作戦会議は相手に知られ、こちらの情報を与える事にもなる。

 ベリルがそんなヘマをするのかと疑問には思われる。コスタリカは現在、治安が思わしくないためか、警察関係者は武装してパトロールにあたっていた。

 あちこちにテントが設置され、一見すると見分けが付かない。その状況を考慮しての判断だった。

 あの場合、隠れている事が逆に目立つ結果につながる。いくら慎重に行動していても、完璧というものは存在しない。

「全ての住人が一般人とは限らないってか」

「そう見る方が良い」

 どこまでの情報が敵に伝わっているか。それが問題だ。

「あんたがいるってのがバレなきゃ問題なさそうだがね」

 それにベリルは泉を一瞥した。ベリルはその筋では有名だ、彼が指揮していると知られれば警戒はMAXになるだろう。

 そうして第一目的地──敵の本拠地まで百メートルの地点──にたどり着き、ここからチームごとに別れて移動する。本拠地には搬入口と搬出口の二カ所があり、A班とB班は搬入口を攻撃し敵の注意を引き付ける。

 待機場所に全チームが到着すると、ベリルは腕時計を見つめて右耳のヘッドセットを指で軽く押さえた。

「各班準備は良いか」

<A準備良し>

<BもOKだ>

 共にCDEも準備良しと連絡が入り、

「秒読み十秒前。十、九、八、七──」

 仲間たちは手に手に武器を握りしめ、そのときを待つ。

<──アタック>

 ヘッドセットからの声にA班とB班が同時に立ち上がりマシンガンを乱射した。途端にけたたましく警報が響き渡る。

「たは、ありゃないぜ」

 どっしりと据えられた大型の機関銃に苦笑いを浮かべて身を隠す。事前の調べで解っていた事はいえ、ズラリとつながっている弾薬にはこちらの攻撃の隙がなかなか見あたらない。

 重機関銃の数は数える程しか無い、機関銃とマシンガンの連射が途切れるタイミングを見計らってA班とB班はある程度の散らばりで攻撃を断続的に行った。


 ──一方、建物内にいる親玉とその取り巻きは、監視カメラの映像を食い入るように見つめていた。

「命知らずがいたとはな」

 あごひげを蓄えた五十代ほどの男がつぶやく。男は今まで一度も攻撃を受けたことがないこの場所に絶対の自信を持っていた。

 それだけの費用をつぎ込み武器と人員を揃えてきたのだ、簡単に陥落させられてたまるものか。

「どうせすぐに退却するさ」

 取り巻きの一人が不適に笑う。浅黒い肌に硬い髪、何かを含んだ瞳は漆黒だ。

「どう思う」

 あごひげの男──アラノ──は、後ろにいる三十代ほどの男に意見を求めた。迷彩服に身を包んだ男は画面を見て肩をすくめる。

「まあ問題ないだろう」

「待ってください。裏口の方に人影が」

 カメラから送られてくる映像を見ていた男が口を開く。見ると、搬出口の方でも銃撃戦が繰り広げられていた。攻撃を受けてしばらく経っても相手の増援が無かったために油断していた。

「まだいたのか、裏口にも送れ」

 アラノの指示が伝えられる。

「こいつは引き締めた方がいいな」

 迷彩服の男が映像を見やって応えた。これだけの余裕を持って仕掛けてくる相手なら話は別だと言うようにアラノに視線を送る。

「もっと人を送れ」

 それに眉を寄せ難色を示しながらも男の意見に従う。

 この男はアラノが雇った傭兵だ。鋭い眼差しに栗色の髪、黄色い瞳には冷たい何かが宿っている。それなりに高額な報酬を要求される。だからこそアラノはこの男を雇った。

「──待て」

「どうした」

 ディスプレイの一つを見ていた男は、そこに映った影を凝視した。

「逃げた方が良さそうだ」

「なんだって?」

 今までとは打って変わった言葉にアラノは顔を歪めて聞き返した。男は画面を指で軽く叩き、薄笑いで答える。

「こいつは潰し屋だ」

「潰し屋? なんだそれは」

「傭兵だが率先して麻薬組織なんかを潰して回ってるんだよ」

 その腕も国からの支援を影で受けていると噂される程だ。悪いことは言わない、自分の身が可愛いなら逃げる事を勧めるね。

 それを聞いたアラノはいぶかしげな顔で男を見つめる。ここまでにしてきた場所を手放すのは惜しいが、確かに命あっての物種だ。

 しばらく画面を見つつ思案して、

「行くぞ」

 取り巻きたち数人を引き連れてモニタ室から出て行った。それを見送った男は、誰もいない部屋で画面に映し出されている人物に口角を吊り上げる。


 ──ベリルの方では、搬入口に注意を引き付けたおかげか搬出口に容易に侵入する事が出来た。

 あくまでも建物の使用不能が目的であるため、抵抗する者を打ち倒し外に連れ出していく。手間はかかるが派手にしない限り邪魔は入らない。

 本拠地内に侵入した仲間たちは指示された場所に爆薬を設置していく。

 C-4シーフォーはそれのみで爆発することのない安全な爆薬と言われている。炎の中に投入しても爆発しない代わりに、確実に起爆させるには起爆装置や雷管が必要となる。粘土状で好きな形状に切り分ける事ができ、大抵のものにくっつけられる便利な代物だ。

 見取り図にあった場所の設置は仲間たちに任せ、ベリルと泉はさらに奥に進む。ほぼ制圧を終えた建物内は静かに二人の足音を響かせた。

 ふとベリルが泉を制止する。人の気配を感じて覗き込んだ。向こうもこちらを確認してか同じように警戒して覗き込んでいる。

「あんたベリル・レジデントだろう?」

 ベリルはよくも知っていると口の端を吊り上げた。

「何か用かね」

 建物内の状況から、親玉は隠し通路にでも逃げているのだろう。男が親玉と共に逃げなかったという事はそれなりに理由があるのだろうか。

「このままじゃつまらないんじゃないかと思ってね」

「何が言いたい」

「サシで勝負といこうじゃないか」

 それにベリルは泉と目を合わせる。

「名は」

「エウヘニオ・ブリオ」

「頼む」

「了解」

 ベリルの言葉に泉はその場から離れた。

「いいだろう」

 持っていたハンドガンを床に落としてベリルが姿を現すと、ブリオも嬉しそうに姿を見せる。小柄な体から放たれる強烈な存在感に息を呑みつつ、その端正な顔を見つめた。

「一度あんたと闘ってみたかった」

 大きなミリタリーナイフを取り出して構える。それに従うようにベリルもナイフを抜き出した。

「あんたも物好きだよな」

 金にならない事をよくもやっている。

 しかし、実際は国や政府だけでなく金持ちから慈善事業のごとく資金がベリルに舞い込んでいる。

 そんな金の中には綺麗なものばかりじゃない事はベリル自身もよく知る所だろう。回り回って資金援助した者が潰されるというケースも多くはない。

 ベリルは無言で男を見つめ、相手の動きを待つようにゆっくりとナイフを構えた。たったそれだけの事がブリオには優雅に見えて苦々しく奥歯を噛みしめ駆け寄った。

 金属がぶつかり合い甲高い音を立てる。ナイフを逆手に持ったベリルは身長差からいってもブリオとのリーチが足りない。

 その体格差からもブリオに負けは無いと確信した。しかし、男の攻撃はことごとくかわされて苛つき始める。

「くっ──この! ちょこまかと!」

 薄暗がりにエメラルドの瞳が輝きブリオはゾクリとした。

「はい、終わり」

「──っ!?」

 突然の発砲に男が声もなく倒れ込む。

「き、きさま! 卑怯だぞっ!」

「勝負してたのは俺じゃない」

 撃たれた足を押さえて叫ぶ男に泉はハンドガンを仕舞いながら近づき、しれっと言い放った。

「そこで大人しくしてるんだな」

 ブリオの足にバンダナを巻き付けて奥に向かうベリルを追いながら言いつける。

「──くそっ」

 去っていく二人の背中を悔しげに見つめてハッとした。薄暗いなかに点滅する赤いランプがあちこちに見える。闘っている間にいくつもの爆薬が設置されていたらしい。

「は、まんまとハメられた訳か」

 そうか、あいつはBlast wolfブラスト・ウルフだな。今更気がつくなんて俺も馬鹿だね。自嘲気味に笑みを浮かべ、怪我人を回収しに来たベリルの仲間に運ばれていった。

 実はちゃっかり隠し通路も見つけていて、アラノたちが出てきた所をお縄にしている。その連絡を受けたベリルはA班からE班を撤退させた。ここからは泉と二人での行動となる。

 さらに奥に進むと大きな空間に出た。どうやら武器庫らしい、二人は手分けして爆薬を設置していく。

「おい、ベリル」

 そこには、山積みされたジュラルミンケースやアタッシュケースがあった。中を開けると、黒く枯れた茶葉のようなものが袋に小分けされて詰められていた。

「ざっと五百キロはあるな」

 ベリルは目を眇めて何も言わずにそれらを見下ろす。周囲に置かれている武器の数々も良い事に使うためのものではない。

 いたちごっこの繰り返しだが、繰り返さなければ増え続ける一方だ。

 ならば、いたちごっこも無駄ではない──


 設置し終えた一同は安全圏まで後退し、泉が押した起爆スイッチで山は爆発を繰り返しながら形を変えていった。

「ヒュー! すげえ眺めだな」

「圧巻、圧巻」

 山がごっそり崩れる様など滅多にお目にかかれない派手な光景に一同は歓声を上げた。見取り図だけでは成し得なかった事だ。現場を見て瞬時に爆薬の設置場所を計算した泉に感嘆する。

 ベリルが自分の身の危険を差し置いてでも呼び寄せたい気持ちがよく解ったと他のブラスト・マニアたちは納得した。

「これをもって完遂とする」

 ベリルの言葉で仲間たちは遂行の完了に喜んだ。報酬は後日、ベリルからそれぞれの口座に振り込まれ、同時にベリルの口座にも送り主不明の資金が送られてくる。

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