*中後編-再会
──コスタリカ共和国。中央アメリカ南部に位置する共和制国家、北にニカラグア、南東にパナマと国境を接しており、南は太平洋、北はカリブ海に面している。首都はサン・ホセ。
カルタゴ州は国土の中央部に位置し、東はリモン州と、西はサンホセ州と隣接している。県都カルタゴから北にあるパライソ市に泉は足を踏み入れた。
かつてのスペイン植民地時代の伝統が今もなお受け継がれる土地は、日本とはまったく違った空気を漂わせる。
内陸に位置するため海がなく、山岳地帯特有の風景が続く。そんな景色から遠く、近代化の進む街に向かった。
近代化の波が訪れているといっても、高層ビルやショッピングモールがある訳でもない。抜ける空の下、アスファルトの道路やコンクリートのビルが広がっていた。
街のはずれにある白い壁の一戸建ての脇に男たちが十人ほど集まっていた。駐車場には麻のテントが張られ、泉は日陰にいる数人の中に一人の影を見つける。
時刻はすでに昼を回ったところか、足取り軽く気配を殺して近づく。目指す人物は他の男と会話をしていて気がつかないのか、泉に視線を向ける事はなかった。
そうして背後まで接近すると、
「よく来た」
振り向かずに応えられ泉は口の中で舌打ちした。やや下げた視線に映る短い金の髪は少しの風にも揺れるほど柔らかく、細身の体は実に抱きしめやすそうだ。
ここに集まっている者たちは皆、ベリルの要請を受けて集まった傭兵である。
「お、来た来た」
テントから少し離れた場所で地べたに腰を落としている二人の男が新しく来た仲間に口の端を吊り上げた。
どちらも灰色のミリタリー服に身を包み、がっしりとした体格をしている。栗毛と金髪のショートで彫りの深い顔立ちは欧米人だろうか。
「あの」
「ん?」
背後から声を掛けられて振り向くと、あせた金髪に青い目にまだ幼さを残す面持ちが怖々としていた。
「あれが素晴らしき傭兵ですか?」
「あん?」
尋ねられ、青年が目を向けている方向に視線を移す。
「ああ、あいつは違う。今来たやつと話してるのがベリルだ」
「えっ!?」
小柄な金髪の方を示されて驚きを隠せないでいた。
「誰こいつ」
「俺が連れてきたんだよ。奴に紹介するのにも丁度いいと思ってな」
参加メンバーにはすでに登録しているため、あとは顔合わせになる。
「しっかし、よくもあいつを呼んだよな。狙われてるんだろ?」
「それとこれとは別の話なんだとさ」
「へえ、奴らしいけどね」
「なんの話なんですか?」
小首をかしげた青年に男は肩をすくめる。
「お前は知らないんだっけか。あいつゲイなんだよ」
「えぇっ!?」
青年はギョッとして遠目からでもその体格の良さが窺える男を凝視した。
「あいつの趣味は割と有名なんだぜ」
「まあ指折りのブラスト・マニアだからだけどな」
「え、あの人がですか?」
青年の目が羨望の眼差しに変わる。ブラスト・マニアとは爆発物に長けた者を差し、泉はその中でも一目置かれる存在だ。
「あの、それと、本当に彼は不死なんですか?」
「お前質問ばっかりだな、まあいいけど」
まだ二十代に入ったばかりの青年は傭兵としても新人で知らない事の方が多かった。
「
「確か五十三だろ」
「五十三……不死になった理由は知ってるんですか?」
「え? さあな~、特に知る必要もないかなって」
あははは~と二人の男は軽く笑うが、二十五歳で不死になった人物に今更そんな事を訊くのもなという不思議な流れが出来ていた。
二十歳で一人前と認められ、稀に見る戦闘センスから「素晴らしき傭兵」という通り名が付いたベリルは不死の前よりも不死になってからの方が長くなってしまった。
傭兵たちの間ではすでにベリルの不死に馴れてしまい、不死になった経緯に疑問を持つ者はほぼいなくなっている。
ちょっとした出来事から不死になったそうだが、ちょっとした事で不死になるなんて運がいいのか悪いのかと悩まずにはいられない。
「死なないならまだしも、死ねなくなるのは勘弁したいね」
「もっともだ」
肩をすくめた男にもう一人の男も同意する。
「でも、綺麗なひとですね」
青年は溜息混じりに発した。
「女だったら口説いてる」
男の言葉に青年も頷く。泉という男が彼に狙いを定めるのも、なんとなく解る気がした。
そもそも泉は元々ゲイであって、青年のようにベリルだからという訳ではない。それも質の悪いタイプで、好みの男に片っ端から言い寄って手を出していた。
ベリルと出会ってからは以前より大人しくなったとはいえ、やはりその言動はいささか横暴である。
それだけに足る強さを兼ね備えているため可能な事ではあるのだが。
「厄介な奴らなのか」
泉は恋い焦がれた相手にようやく再会出来たことに口角を緩めた。
「そうだ」
いつもの良く通る声と共にエメラルドの瞳が泉を見上げる。端正な顔立ちに神秘性をも併せ持つ存在感、百七十四センチと泉に比べれば小柄な体格には引き締まった筋肉が付き彼の魅力を惹き立たせていた。
大抵の人間はベリルを初めて見るとその容姿に言葉を失う。上品な物腰と尊大な口調によもや、名うての傭兵などと想像はつかないだろう。
「これから詳細を伝える」
右耳に装着しているヘッドセットを確認するように触れる。
「テントに集まってくれないか」
「お、お呼びがかかったぜ」
先ほどの男二人がよっこらせと立ち上がり、壁際に張られているテントに向かった。
ノートパソコンや無線機、デスクの上にはそれぞれのサイズの紙が置かれたテントに三十人ほどが集まる。
ベリルは全員が集まった事を確認すると口を開いた。
「要請に応じてくれて嬉しく思う。今回は麻薬密売組織の拠点を使用不能にする事が目的だ」
一同が聞こえていると認めて話を続ける。
「アタックポイントはムエルテ山の中腹、サン・ホセ州との境界線付近にある。チームは五つに別ける」
発してA4の紙を配布した。そこには参加している傭兵の名前がチーム分けされて書かれていた。
「今回は殲滅が目的ではない。無駄に相手の命を殺める必要は無いが自分と仲間の命を最優先に考えて行動するように。何か質問は」
仲間の一人が手を挙げる。
「政府の方はどうなっている」
「こちらの行動には一切、関与も関知もしないとの事だ」
それに数人が口笛を吹いた。つまりは支援しない代わりに何をしても構わないという事なのだ。
「ブラスト・マニアは三人、三つのチームに別けて爆発物を仕掛けてもらう。詳細はまた追って伝える。近くのホテルに人数分チェックインを済ませてある、明日午前十時にここに集まるように」
仲間たちは解放された喜びとこれから街で遊ぶ嬉しさで荷物を抱えてホテルに向かう。
「ベリル!」
先ほどの男二人がベリルに近づき手を差し出す。
「グレノ」
ベリルも笑顔で握手を交わす。
「久しぶりだな、元気みたいで良かった」
「お前も」
「それと、こいつはサムだ」
青年の背中に手を当てて前に出るように促す。
「よ、よろしく」
青年は照れながら握手を求めた。その手をベリルが握り返すと、思っていたよりも柔らかい感触にサムの口元が緩んだ。
「若いな」
「ああ、ついこないだ傭兵になったばかりだ」
「そうか。あまり意気込まずに」
「は、はい!」
サムは遠ざかる背中をじっと見つめて顔をほころばせた。
「爆薬は」
泉はテーブルの上にある資料を見ているベリルに問いかけた。
「
「まずまずか。マーカーは」
「付いていない」
「そんなものどこから仕入れた」
口笛を吹きつつ目を眇める。泉が言っているのは爆発物マーカーの事で、軍用爆薬に混入することが法律で義務づけられている爆発物の発見を容易にするための物質だ。
考えても見れば、これだけの資金をどうしたのだろうか。爆薬だけでも相当なものだ。
「さてね」
何かを含んだ視線に泉は口の端を吊り上げた。関知も関与もしないとはいえ、そんな組織があっては政府としても問題がある。足の付かない方法で資金や資材を援助しているのだろう。
現在、コスタリカは常設軍を廃止しているが有事のために武器弾薬類は蓄えている。
渡された資料を見ても三十人というのは少ないようにも思うが、山間部に位置している目標を叩くにはこれ以上では多すぎるのだろうと納得した。
衛星からの画像では、岩山をごっそりくり抜いて造られている。一見すると要塞だ。
なるほど、それで俺を呼んだのかと資料をペシンと指で弾いた。人数を稼げないならより大きな威力に懸ける他はない。
いくら政府はそしらぬ振りをしてくれるとはいえ限度がある。
「これが終わったらデート──」
「しない」
言い切らずに撃沈した。毎度の事なのでこれくらいではへこたれない。あまりしつこいと要請をキャンセルされかねないので押し続ける訳にもいかず資料に目を通す。
「しかし、コスタリカに大きな麻薬組織があったとはね」
それにベリルの表情が少し苦くなる。普段は無表情で何を考えているのか解らないだけに、感情が表れた事に気がつくと妙に嬉しくなる。
泉のアプローチに対する嫌がりようはもはやデフォルトなのでこの件に関しては除外する。
大量の麻薬がコロンビアからメキシコ経由でアメリカに運ばれる。そのため、メキシコでは巨大な麻薬市場が横行しており手が付けられない状態だ。
その途中経路であるコスタリカは最近、治安が悪化していた。地続きになっているために起こっている悲劇ともいえる。
市場がメキシコに集中しているため、コスタリカは見過ごされていたのだろう。気がつけば巨大な組織がどっしりと居座っていた。
「決行は」
「三日後」
それまでにシミュレーションを何度か繰り返し準備を出来うる限り万全とする。泉は鋭く輝くエメラルドの瞳にぞくりとした。
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