*中前編-別れ

「情報屋」──希望する情報を得られる便利な組織だが、情報のレベルに応じて料金は異なる。

 組織によっても得られる情報量や密度は様々だ。かといって複数のそれらと契約するのは難しい。

 それならば、他の情報屋と契約している仲間と連携すればいい。情報屋同士でもある程度のつながりはあるものの、そこからさらに別のつながりも生まれ、データ関連の社会は密接かつ複雑な構造を作り出していた。

 ──そうして得た情報で泉は東京湾の埠頭倉庫群に足を踏み入れる。貨物の荷役が行われる場所は、殺風景でいて重厚感が漂う。

 立ち並ぶ三角屋根の倉庫はどれも同じ汚れた灰色の外観に、テンプレートで壁にスプレーされた黒い番号だけがその区別を促していた。

 比較的大きな倉庫群と中くらい、そして小さい倉庫群とに区切られているらしく、泉は小さい倉庫群に向かう。

 時刻は昼過ぎ、あと数十分ほどで二時を回るあたりだ。真上ほどにある太陽は薄い雲に遮られているのか、まぶしい光を地に届ける事なく静かな波音の彼方から風の鳴く声がもの悲しく響き渡る。

 泉は黒い厚手のパンツにTシャツ、薄手の濃いブラウンのジャケットを着込み目的の倉庫を探した。

「あれか」

 記憶にある番号を確認して気配を探る。慎重にしかし堂々と倉庫の入り口に近寄ると、所々サビを見せている水色のシャッターに何か小さな金属を取り付けて一旦離れた。

 五十メートルほど離れたフォークリフトの運転席に腰を落とし端末をいじる。ワイヤレスのイヤホンマイクを耳に装着して片目を眇めた。

<おい、どうすんだよ!>

 途切れ途切れながらも男の声がイヤホンから伝わる。二十代とおぼしき男の声だ。続いて同じ二十代と思われる声が、

<今更仕方ねえだろ!>

<殺すのか?>

 やや緊張気味の声に一瞬、沈黙が包む。

<口止めするだけでいいんじゃないか?>

 さすがにそれは抵抗があるのか、引きつり気味に一人が応える。

 女の声は聞こえないが、おそらく手足を拘束されて口を塞がれているのだろう。男たちの様子から女が無事な事が窺えた。

「五人か」

 泉は口の中でつぶやき、イヤホンから聞こえる音に聞き入る。しばらく耳を傾けたあと、おもむろに倉庫の裏手に回った。

 ここの倉庫群は一定数で横の壁とつながっている。類に漏れず、目当ての倉庫も隣と横壁がつながれていた。

 面倒だと顔をしかめながら裏に回り、二メートルほどの高さにある小さな窓を見上げる。そうして再び、何かの金属を投げてガラス窓にくっつけた。

 やや傾きかけた日差しは丁度、倉庫の窓に差し込む状態だ。それを確認した泉は壁に背中を預けて端末を見下ろす。

 シャッターの閉じられた暗い倉庫の中は電気ランタンでも点しているのだろうか、真ん中辺りが明るい。

 窓の壁側には木箱や段ボール箱が詰まれているらしく、窓からの視界はあまり良いとは言えない。

 音を聞き取りながら画面の拡大と縮小を繰り返した。

「さて、どうするか」

 泉は思案した。

 暗闇に乗じて潜入し遂行する事が最も効率良く危険も回避出来る。遂行するのは構わないが、不完全燃焼的なものに不満げな舌打ちをした。

 まあ五人ぶちのめせるのだから良しとするかと携帯端末を仕舞い、入り口の方に回り込む。

 そもそも見張りがいない時点で泉の気分は萎えていた。なんでこんな事で俺が出なきゃならんのだ、こんなもの日本の警察で充分だろうと眉間にしわを刻む。

 親が信用しないのだから仕方がない。面倒だからと警察を呼ぶのも余計にフラストレーションがたまりそうだ。

 不満をぶつけられるのならと納得を示し、シャッターと一体化しているドアに手を掛けて静かに開く。

 鍵もかけられていない事に泉の怒りはさらに増した。奴らの倉庫じゃないにしても、中からなら鍵をかけられるはずだ。あまりにも緊張感がなさ過ぎる。

 泉にしてみれば楽に遂行出来るのだからいいはずであるにも関わらず、その怒りは目尻の吊り上がりに表れていた。

 元々の吊り目がますますもって吊り上がっている。

 気分を切り替え気配を殺して潜入を開始した。太陽はまだ高いとはいえ、あの小さな窓からの陽光では倉庫内を十分に照らし出すのは無理がある。光と影のハイライトは身を隠すには丁度いい。

 しばらく使われていないのだろうか、木箱などが乱雑に詰まれている。それらを盾に取ってゆっくりと男たちに近づいていった。

 どれも二十代後半と思われる青年たちは、よもや誰かが潜入しているなどとは考えもしないため、酒やたばこをのんびりふかしていた。

 チノパンや短パンにTシャツ、髪だけは手入れしているようだがその面持ちに凛々しさはまるで無いといった風貌揃いだ。

「あ~、もうあれだ。みんなでマワしちゃってそれで口止めさせればいいんじゃね」

「そうだな」

「──っ!?」

 男たちから少し離れた位置にいた女性は、近づく青年を凝視して青ざめる。猿ぐつわをかけられ手足をロープで縛られているため、その場から動く事が出来なかった。

「ウッ、ウゥ」

 男の視線に体を強ばらせる。

「大人しくすれば痛くしねえよ」

 下品な笑みを浮かべて女性に手を伸ばしたとき、

「お前がか?」

 無理だね。

「えっ!? ──ぐえっ!?」

 背後から聞き慣れない男の声がして振り返ると同時に、腹に一発お見舞いされて悲痛な呻き声をあげた。

「なっ!? なんだてめえ!?」

 残った四人は慌てて立ち上がり泉を睨みつけた。

「めんどくせえな」

 泉は舌打ち混じりに発してすぐ、一人の男に近づいて回し蹴りをかましその流れでもう一人に足払いをかます。

「てっ、てめぇ!?」

 回し蹴りで吹き飛んだ仲間を一瞥し、首をホールドされている仲間越しに見知らぬ男を睨みつける。

 ホールドされた仲間が白目をむいてガクンと倒れていく様を見やり、口の端を吊り上げている男に体が震えた。

 こんなやり方は警察じゃない。だったらこっちもそれなりに応戦するまでだ──

「あ?」

「ひぃっ!?」

 バックポケットからナイフを取り出す仕草をした刹那、破裂音が青年の頬をかすめて後ろの荷物に小さな穴を空けた。

「ああ、すまん。つい」

 しれっと発して黒い塊を腰の後ろに仕舞う。

「まあ一応な」

「ぎゃふっ!?」

 恐怖で動けなくなった青年に駆け寄り、その腹に膝をお見舞いして撃沈させる。気絶した事を確認してスマフォを取り出し番号をタップした。

「──伊藤はいるか? あ? 誰でもいいから早く出せ」

 苛つき気味に応答を待ちながら、女性の拘束を解く。

「あ、ありがとう」

「今から言うとこに来いよ。あん? 拉致監禁と麻薬密売だ」

 それだけ言うと通話を切り、シャッターの開閉ボタンを探す。

「あ、あの。警察の人ですか?」

「そう見えるか?」

 ぶっきらぼうに応えて壁に設置されているボタンを押した。シャッターは大きなきしみをあげて上昇し、外の光を倉庫内に迎える。

 太陽は先ほど確認した時よりも少し傾き、腕時計の表示は十四時二十分を示していた。

「名前教えていただけませんか?」

「嫌だね」

 終始ムスッと返すが、女性の目はキラキラと泉を見上げて気にする様子もない。彼女にとっては、ピンチに現れた白馬の王子様よろしく彼が輝いて見えるのかもしれない。

 五分ほどしてサイレンの音がけたたましく響き、倉庫の前に数台が勢いよく止まった。

「おら泉! どういうことだよ」

 覆面パトカーから出てきたスーツ姿の三十代後半と見受けられる男は、軽く手を挙げる泉に駆け寄る。

「事情はそこの女から聞けよ」

「あ? おい──」

「俺の仕事は終わりだ」

 泉は知り合いであろう男に目を向けず、封筒を女性に突き出した。

「弟に返しておけ」

「なんなんだよまったく」

 離れていく泉の背中に男は溜息を吐き出した。

「あの、あの人は?」

「あ~、気にしなくていいです。一般人はあまり関わり合いにはならない方がいい」

 とても知りたそうにしている女性から苦笑いを浮かべて視線を外す。

 確かにあいつは格好いいとは思う。ガタイも日本人にしてはでけえし強いのは本当だ。だがな──言えない、言える訳がないんだよお嬢さん。あいつがアレだなんてことは!

 まるで騎士を待つ姫のように、泉の影を追う女性に呆れて目を据わらせた。


 泉は灰色のジープに近づくと、車にもたれかかり端末を手にする。

「ベリルか、こっちは完遂だ。そっちの状況は」

<お前に協力を要請したい>

 心地よい声に、待ってましたと口の端を吊り上げた。

「詳細はパソコンに頼む」

 通話を切り、微かに髪を揺らす風を楽しむように海を一瞥するとジープに乗り込んだ。

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