第3話 生産管理(出版部)の話
リアル商品としての出版物を作る際、紙に印刷をして、製本をしなければならない。同人誌でコピー本を作ったことがあればわかると思うが、それだって、印刷して、折りたたんで、ホチキスで綴じるみたいな工程がある。
大きな印刷会社は全工程を一貫して行えるところが多いが(それだって、単に大きな印刷会社→製本会社に二次発注されるケースが多い。)、日本は特に分業されているケースが多く、出版社は製紙会社から紙を仕入れ、印刷会社で印刷し、製本会社で製本するという工程を踏む。
必然的に工程ごとに交渉が発生し、スケジュール管理をし、搬入物、納品物の確認をするといった作業が必要になる。それを行い、編集者と共にリアル本を作り上げるサポートをする人たちが生産管理部や出版部、資材調達部etc...と呼ばれる(この辺の呼称は会社によって結構違う)部門の人たちだ。
生産管理の仕事はまず、編集者と一緒に本の仕様を決めて、使う紙の種類と斤量(きんりょうと読む。紙の密度、単位面積当たりの重量で表され、同じ種類なら基本的に重い方が値段が高い)を決めるところから始まる。彼らは普段から製紙会社とお付き合いがあるので、紙の新製品の情報や、それぞれの紙の特徴、向いている用途などに詳しい。そのため、編集者が企画している本のどの部分にどんな紙を使う方が良いのか、いろいろなアイデアを出してくれる。
本は内容によって結構要求仕様が変わる。例えば、ポケット辞書などであれば、薄く、軽い方がいいけど、丈夫で裏映りしにくい方が良い。真っ白だと目に痛いのでややアイボリーな色で、触感はさらっとした奴がいい。とか。そういった要求仕様に合って、さらに商品としての原価に耐えうる価格の紙を選ぶ必要がある。それを編集者と一緒に選ぶのが第1歩となる。
紙にも見本帳のようなものがあり、いろいろな種類、斤量の紙を小さいファイルに綴じたようなものがあって、それを見ながらあーでもないこーでもないとやるのだが、歴の長い人は目をつぶって、その感触だけで商品名が当てられたりする人がいてどの分野においてもプロフェッショナルなスキルってあるんだなぁと思わされたりしたことがある。
その後、そうやって選んだ紙で、想定部数を作るならば、どれくらいの量が必要になるのかを計算する。ちなみに、基本的に単行本等でその都度買う紙はシートで仕入れることが多く、文庫やコミックス、雑誌で使うなど定期的、定量的、大量に使う紙はロールで買うことが多い。
前話でのページ組の話がここで影響してくる。定型サイズでページ数が8p、16pの倍数だと最も効率が良いというのは、8p、16pを紙1枚に展開して印刷するからで、そうでないと、紙1枚に印刷しない余白が出てくることになる。結局その余白部分は製本時にその取り除く作業が別途必要になってしまう。だから、編集者はそんな台割を組むなとしつこいほど言われる。
閑話休題。必要な量を計算したら見積を取るが、この辺は会社によって、いちいち毎度見積を取らず、特定の製紙会社と取り決めていて、よく使う銘柄は販売価格がある一定に決まっている場合も多い。
紙を決めたら、次の仕様決定は、印刷方法と加工の決定になる。フルカラーであれば多くは4色オフセット印刷が多いが、画集などは精度の高い凹版印刷を使うこともあるし、コミック雑誌などは大量に安価に作れる1色の凸版印刷を使うこともある。参考書とか、ビジネス本の本文なんかは2色刷りが多い。 本の特徴と狙いに応じてそのあたりを決めこんでいく。同時にカバーや帯などの付物(つきものと読む。商品としての本のメインではなく、販促物の扱いとなる)の仕様なども決め込んでいく。特にカバーは4色の他に蛍光色などの特色インキをつかった5色刷りにしたり(鮮やかな発色になるので目立つ)、グロスPP(ポリプロピレンフィルムを表面に張る加工で、テカテカした質感になる)や、箔(紙のように薄い金属を文字などに合わせて切り抜いて張る)、押し(特定の形の金型を押し付けて、紙の表面に凸凹を作る。タイトル文字のなどを浮かび上がらせたりすることが多い)など、商品が目立つように、また高級感が出るように加工をすることがしばしばあり、そのあたりを価格コストを考えながら決めていくが、編集側からやりたいことを聞き、印刷会社、加工会社から見積を取る作業を行うのがこの部門の仕事になる。
最終的に彼らが印刷会社や製本会社からとった見積が本を作るコストになり、編集はそれを入れて収支表を作り、収支計算を行う。想定部数と想定価格で十分な利益が得られる計算になるまで、仕様を変えたり、価格を変えたりしてバランスをとっていく。そこまでが企画段階のお話。
生産管理の重要な役割は、その後の実行段階にあって、生産の各工程のスケジュール管理をしながら、場合によってはその都度調整をして、期日までに製品を作り上げるところにある。
予期しないトラブルというのはどこにでもある話で、例えば、大雨で物流が遅れて、紙を印刷所に入れるタイミングが割と遅れてしまったとする。紙の納品が遅れれば、その後の印刷、製本工程すべてに影響する。印刷会社も印刷機が動いていない時間があると損なので、その機械は次に印刷する物とスケジュールが決まっていて、遅れて納品されたものをそのまま待っていたら、次にやるはずの仕事が間に合わないなんてことになる。なので、遅れがわかった時点でスケジュールの組みなおしをし、印刷所や製本所と一緒に製造ラインの確保を行うのが生産管理の大事な仕事の一つになる。
商品によっていろいろと状況は異なると思うが、本(新刊)は基本的に製本が終わって商品が出来上がると、一部を除いてそのまま問屋に納品され、そのまま全国の書店に行くことになるため、その後のスケジュールの余裕がほとんどない。だから、納品の遅れは大問題になるため、多少のトラブルでも何とか間に合わせるべく、動かなければいけない。時にはバーコードが誤っていたりすることが印刷後に発覚したりして、そうすると、印刷し直しになったりする。
そんな時は生産管理の担当者はあっちとこっちのスケジュールを確認し、調整し、別の印刷会社のラインも使ったりして何とか辻褄合わせたりするので、あの調整力は結構なものだと思う。ただ、印刷会社側も良くあることとまでは言わないが、たびたび発生することではあるので慣れていて、印刷会社同士の横のつながり使ってお金さえ払えば解決してくれたりすることもある……。
そうやって製品が完成したら、前述の通り、一部を除いて取次(とりつぎ。と読む。本を扱う問屋さん。全国で数千ある出版社と、数万ある書店をつなぐ会社)に 納品してようやく生産管理からバトンタッチされる。
次にそれにかかわるのは営業となる。
▼生産管理のお仕事に関わる特殊な道具など
〇紙見本帳
前述の通り、いろいろな種類のいろいろな色のいろいろな斤量の紙を綴じてある小さいバインダー。紙の見本。いろいろな種類の紙があって、実は素人が見ても面白いグッズ。暇なときに生産管理の人と話をすると、これをもとに紙の繊維の方向とかコシとか、過去に合った面白エピソードとかのいろいろな話をしてくれる。
〇はかりと定規
物流を考える上で、重さと大きさ(長さ)はとても重要な要素で、正確に計測しないと必要なトラック容積と重量(本は重い…)とかが算出できなくなる。のではかりと定規やメジャーは彼らの部署にはいろいろ転がっていた。
〇束見本
正確には道具ではない。紙が違い、ページ数が違い、加工が異なるということは、つまり本1冊の重量と厚さは基本的に本ごとに異なるということになる。上記で述べている通り、物流上、重量とサイズはかなり重要な要素なので、取次に納品する際には必ず重量と厚さの情報を事前に提出する必要がある。そこで、印刷していない白紙の状態で、本番と同じ紙を使って1冊、本番と同じ本をつくって重量と厚さを計測する。それが束見本と呼ばれるものになる。もちろん最終的にはインクの重量も乗るが、よっぽど特殊でない限り影響は軽微。
基本的に計測が終われば不要なものなので、豪華な白紙なのでメモ帳やノート的に再利用するケースもあるが、本1タイトルにつき1冊つくられるので、かなり余る。生産管理の周りにごろごろある。
出版というビジネスの話 @hirousathome
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