第2話 編集者のお仕事

 編集者である。出版の花形であり、出版社に入ったらやってみたいと思う人が多いであろう仕事なだけに、ある程度はその内容が想像しやすいかもしれない。

 ひと言でいえば、コンテンツを作ってまとめることをしている。

 小説であれば作家さんと作品の方向性を打ち合わせ、世情やマーケット状況ふまえて、商品としての作品づくりに寄与し、一冊の本になるように編集を加え、レイアウトをデザイナーに発注し、版下データの部品と設計図を用意する役割だ。

 大切なのは商品としてのものづくりを完全には忘れないことだ。ビジネスでやる以上、買ってもらえない本に何ら価値はない。そこが同人誌と一番違うところだし、一方で同じ有価であってもごくごく少数にしか受け入れられない作品は芸術品と呼ばれ、それはそれで別のビジネスになったりするが、出版社が作るのは商品であり、少なくとも4桁程度の人に有益で有価にふさわしいと思ってもらえるものだ。

 この仕事は、著者との関係性が最も大事となる。人付き合いができない人には絶対に務まらない。

 ビジネス書の著者であれば他に本業を持ち、社会人をやっている人が多いので、ビジネスライクな付き合いでビジネスパートナーとしての利害でお付き合いできることも多いが、小説やコミックといったストーリーコンテンツの著者はそうはいかない人が多い。もちろん例外はいるけど。

 もともと、個性が際立つからこそ、つまり発想が常人とは異なるからこそ、面白いと言われる作品を自分の内面世界から引き出せるのであって、それがなければ作家としては務まらない。

 したがって、そもそも、ものごとへの反応が一般人とは異なり、自分の感覚というものを信じてそれを突き詰めるような人こそが著者になるような人であり、そういった彼らの最もこだわりの生まれる対象である創作物に対して、あーでもないこーでもないとやり合わなければならない。

 それには、様々なマーケットデータと、個人としての信頼感とを合わせ技にしてぶつかり、ともすれば濃すぎたりして、誰にも理解できなくなってしまいがちな作品を、商品として整えていくという過程が必要となる。

 大抵の創作者であればわかってくれると思うが、自分で自分の作品を客観的に見ようとするのはとてもとても難しい。誰か第3者に指摘されて、初めて誤解を生む表現や、読んでいる途中で引っかかってしまう表現、意図しない印象を与える場面、そして何より余分なパートなどが見えてくるものだ。

 とはいえ、それらを名も知らぬ誰かに指摘されても「は?」という感想になるだけだろうし、それはとてもよくわかる心情である。だからこそ信頼関係が必要になる。

 最初の読者として作品の弱点を指摘し、著者と一緒に商品として仕上げていくことこそが編集者の最も重要な仕事になる。

 とはいえ、編集者の仕事はそれだけにとどまらない。中身だけでは商品にならないのだ。

 上にも書いた通り、体裁を決め、イラスト等を発注し、デザインを発注し、本の形にするための作業がある。つまり、本来の意味での編集作業となる。

 まずは台割(だいわり)を作る。台割は本のページに何を入れるかを記述した表のようなものになる。表1、表2(※ひょういち、ひょうにと読む、本の表紙の表側とその紙のめくった裏側)から始まり、本文(ほんもん)ページから、表3、表4(※ひょうさん、ひょうよんと読む、表4が本全体、閉じている本の裏側に当たる部分で、表3がその紙をめくった裏側に当たる)まで、それぞれのページに何を収めるかを記述したものだ。もちろんその間に綴じ込みページなどがあればそれらも表現する。

 ここでは表が見せにくいので箇条書きで表現するが

・表:1:表紙

・表:2:空白

・綴込み:p1:イラスト

・綴込み:P2:イラスト

・本文:p1:扉

・本文:p2:空白

 というような形でページごとに何を入れていくのかを設計していく。

 本文の仕様としてのフォントサイズとか、行間、字間、版面(はんづら、紙面に対して印刷内容を収める部分を指す、その外側が余白になる)のサイズなどが決まっていないと作りようがないため、台割を作る作業は、同時にそれらを決める作業でもあり、それらを決めて文章の文字数、行数などから計算して作っていくことになる。

 通常、本を作る工程では、大きな紙に複数ページを印刷して、それを折って重ねて余分な部分を切り取ることで本を作っていくので、本文などは8pや16pでワンセットになる。したがって8の倍数ページに収まれば効率が最もよく、中途半端なページ数になると、効率が悪くなるためコストがかかるようになる。よく著者のあとがきなどが数ページ入っているが、そこはファンサービスの意味合いのほか、ページ数調整の意味合いも強い。そういった仕様や後工程を考慮に入れながら物質としての本の設計図を描く作業になる。

 文章によって改行なども変わるし、その後の校正などによっても必要ページ数などが変わってくるため、原稿を作ってから台割を作りに行くことが多いが、先に著者とページ数(文字数など)を決める場合もある。そして、そうやって決めたページ数通りに原稿をしあげてくれる著者もいれば(これはこれで特殊能力)、まったく関係ないとばかりの原稿を出してくれる著者もいる(そっちのほうが面白いという説得力がすべてをねじ伏せる)ので、台割は作っては直しを繰り返す。

 そして台割が完成したら次は、生産管理部門と一緒に商品としてのコスト見積作業に入ることになるが、もしコストが大きすぎれば仕様を削ってコストを削減しに行かなければならないことも多く、その際にはやっぱり台割を修正しに行く必要があるので、ここからはその後の工程と行ったりきたりしながら作っていくことになる。

 そうして商品・製品としての設計と見積、意思決定を行うとともに、原稿やほかの部品を作ったり、用意する作業を行っていく。

 原稿以外の部品というのは、イラストだったり、表紙デザインだったり、扉のデザインだったり、カバーや帯のデザインやそこに入れる図画、そして商品流通には欠かせないISBNの取得とそれらのバーコードなどだ。

 イラストや挿絵はイラストレーターなどに内容とイメージを伝えて意図通りのものができるように発注し、スケジュール管理、進行管理を行う。

 表紙などのデザインについても同様で、どんな作品なのか、どんな印象にしたいのか、イメージをデザイナーに伝え、タイトルロゴなども同時に発注することも多い。

 そういったイメージを伝えるために作るのが「ラフ」である。おそらく正確に文字にすれば「ラフデザイン」ということになるのだろうと思う。

 大まかに構成要素として何があるのか、何を目立たせて、どんなところにインパクトを持たせたいのか、どういったことは避けたいのかを視覚的に相手に伝えるために作るものだ。

 例えば、小説の1シーンを挿絵にする場合を考えてみよう。RPGの勇者の旅立ち、王様との謁見のシーンがあったとして、そのシーンのイラストを発注するといった場合、

 「RPGでよくある、勇者が旅立ちにあたって、王様と謁見しているシーン」

 と文章や言葉のみで説明して描いてもらうことはもちろん可能だ。だが、情報量があまりに少ない。発注されるイラストレーターもプロフェッショナルなので、説明されない部分は彼らの想像力で補完して、彼らが良いと思うイラストを作ってくれる。勇者の背格好、髪色や顔の作りなど、説明されなければ、想像で描いてくれるだろう。

 だが、勇者の身体に表現しなければいけない特徴はないのか、どんな表情なのか、王様はどんな雰囲気なのか、謁見はどこで行っているのか、読者にそのシーンのどこを見てもらいたいのか。と、いうことをきちんと説明できないと、小説作品内の設定と矛盾したイラストや、本当に見せたいものが表現されないイラストが出来上がってしまうことになる。

 そういった事態を避けるためにも、書いてもらいたい絵のイメージを大まかに伝えられる「ラフデザイン」を用意して理解してもらうというステップを踏む。意図が伝わることが一番大事であり、何に注目させたいのかを構成要素の大小や、構図などで伝え、文章などが入るようであれば、どれくらいのサイズ感でどれくらいの領域が必要なのかを書き、細かな設定などで必要な要素については文章を補記したり、服飾や部屋のデザインなどは写真や他のイラストなどを合わせてイメージの共有を図る。場合によっては著者とイラストレーターと合わせてイメージの認識合わせを行う。といった形で作ってもらいたいものをしっかり伝える必要がある。

 それとは別に仕様による縛りも伝える必要がある。本文中イラストであればグレー表現もできない場合があるし、その場合は白黒で描いてもらわなければならず、グレー的表現もスクリーントーンのような形でやってもらう必要がある。

 私は雑誌を作っているときに、一番この「ラフ」の重要性を痛感した。雑誌は1ページの中に複数の写真等の画像と文章がはいり、画像の説明にキャプションがついたり、煽り文が入ったり、本文が入ったりと構成要素が複雑になる。

 ページデザインはデザイナーにお願いすることになるが、それぞれの画像をどういうサイズ感で見せたいのか、何を目立たせたいのか、どれくらいの説明文が入るのかをしっかり認識合わせをしないと、記事の意図とは全く異なる誌面が出来上がってしまう。一目瞭然という言葉がある通り、視覚で得られる情報量は多く、言葉で説明するのでは難しい要素は多々あるので、互いの時間を無駄にしないためにも「ラフ」で表現できるものは表現して伝えたほうが効率が良いのだ。

 中身を一緒に作ってもらう人と認識合わせを行い、専門家に意見をもらいながら、意図通りのものを作ってもらう。そういった作業はコンテンツ作りだけにとどまらない。上で書いた様に本の仕様や作り、売り方、宣伝のやり方などもそれぞれのプロフェッショナルたる部門の人たちと連携して進めるので、その本の企画意図やターゲットなどをしっかり伝えていく必要がある。

 編集者の最も大事な仕事はよい中身を作ることだが、実務の上では各プロフェッショナルに必要な情報をいかに伝えて、アドバイスなどをもらいながら、商品の製作、流通、宣伝、販売の各工程で最良の選択をしていくかというのが大事になってくる。

 次の話では、編集者と一緒に製作を行っていく生産管理の話をしたいと思う。


▼編集のお仕事に関わる特殊な道具など

〇赤ペンと青ペン

 編集者の大事な仕事の一つ。校正。文章校正の修正点は赤字を入れて戻すので、赤色のペンはとても重要な仕事道具だった。そして青ペン。校正記号は赤ペンだけで判別できるように設計されている。が、やっぱり記号だけだと誤解を生みかねないことがあって、修正後の文章は赤字で書くが、補足説明を入れておきたいケースが多々ある。その際、青ペンで補足を入れたりする。黒にしないのは、元の文章に埋もれて目が泳ぐので、判別しやすくするため。あと、半角スペースや全角スペースは校正記号で使い分けるが△記号や□記号を使い、特定の文字であるΔ(デルタ)と△が区分しにくかったりするし、アルファベットの大文字、小文字の指定なども校正記号では赤字で指定するけど、より誤解が無いように青字を入れて使い分けたりする。

 今はデジタル校正も増えてきて、PDF上で校正するケースもあるので、徐々に減っていくだろうと思う。


〇写植スケール

 文字のサイズ別に□がずらっとプリントされた、透明な下敷きみたいなやつ。文字のサイズ確認したり、字間、行間が指定とあっているのかを確認したりするのに使う定規のようなモノ。文字のサイズは一般ではpt(ポイント)で使うケースが多いと思うけど、ptはインチ単位系の単位(1pt=1/72in.)なので非常に使いにくく、出版現場ではメートル単位系のQ数(quarterのQ、1Q=1/4mm)を使う。同時に行間、字間は歯数(これも1歯=1/4mm)で指定する。その1/4mm単位の様々なサイズの文字枠がずらっと並んだモノが写植スケールとか写植級数表と呼ばれるものになる。

 雑誌のように、文字の入る位置が定型ではないものを作るときによく使う。入れたい文字がそこに入るのか? とか、この部分に何文字入るのか? とかを見るのに使ってた。DTPで直接いじる場合はそういう使い方はしないだろうから、目にする機会もだいぶなくなってきたけど。


〇デカイ金尺

 金属製の定規で60センチくらいのでかいやつ。印刷物はトンボというものがつけられる。Lが2つ重なったような形状のものが四隅についているが、それがトンボと呼ばれるもので、印刷の範囲を示すための記号だが、その四隅のそれぞれついている2つのLの頂点から内側に線を引いたときの交点が断ち切りラインの角になる。

 本は印刷してから折って、上下とページめくる側(小口という)を断ち切って本の形にするが、その立断ち切りは機械でやるとはいえわずかにずれることはある。その際、全面に色が入っているデザインを断ち切りギリギリにしてしまうと、ずれたときに白い紙が見えてしまって恰好が悪いので、あらかじめ多少外側までデザインや絵や色を入れておいて、多少ずれても大丈夫なようにしておく。そのための目安がトンボになる。

 トンボで表現される内側の断ち切りラインは目に見えないものなので、編集は校正が出てくると、そこに線を引いて、断ち切りラインが想定通りにできているか、文字や内容がずれて引っかかっていないか、余白は想定通りのイメージか? などを確認する。

 A4サイズの長い方は297mmあり、見開きだとA3なので長い方が420mmにもなる。そのトンボを引くのに600mmぐらいの定規をよく使う。

 それが金属製なのは、同じようにカバーなどは校正紙の1部を切ってみて見本に撒いてみたりして実際のイメージを確かめたりするので、カッターをよく使うから。


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