第2話
バスが目的地に着く直前、僕は目を覚ました。通路を挟んだ隣の席では、鈴木と田中が未だ寝息を立てている。先ほど言い争いをしていた二人だ。
周りの者は皆席を立って降車を始めているのに、彼らは全く起きる気配が無い。余程疲れているのだろう。
なぜそこまで疲労しているのかというと、件のMMORPGを徹夜でプレイしていたために違いない。
かく言う僕も、SSOを明け方までプレイしていた為に酷く疲れていて、つい
「あれ、もう着いたのか
「うん、他の人はもうバス降りてるよ」
八馬太は僕の名前である。因みに下の名前だ。
僕らゲーム制作部の部員は、鈴木、田中、そして部長である僕の三人。全員高校三年生の17歳だ。少人数ながらも、卒業までには一つ大作を成したいという大きな志を持っている。
今回シリウスが一般人の企業見学を受け入れるというアナウンスを受けて、制作の参考になればと思い、このイベントに参加した訳だ。
「ようこそ見学にいらっしゃいました皆さん」
バスを降りて社内に入ると、社長を名乗る男性が姿を見せた。40代半ばという実年齢よりも遥かに若く見える男性は、言動も身だしなみもきっちりしていて、とても好印象を受ける。
「まずはこちら、会議室ですね。ここで企画の検討をしたり、開発状況の確認を行ったりします」
「大きなお部屋ですね。会議には大人数が参加されるんですか?」
「うちは外注の制作陣も会議に参加する事があるので。では続いて、開発室を案内しましょう―」
社長直々の案内で、僕たち参加者は非常に有意義な見学の時を過ごせた。これは大いに、部の制作活動に役立ちそうだ。
「眠っ…。どっかに寝る場所ないかな八馬太~?」
しかし鈴木と田中は睡魔に抗うのが精一杯で、全く身になってないらしい。
「具合でも悪いんですか?」
見兼ねた社長が、二人を心配して声を掛けてきた。
「実は二徹なんです。今朝家を出るまでずっとWBOやってて~」
「俺はMWOを。いやあ御宅のゲーム面白すぎですよ。全く寝かせてもらえないんだから」
「…!」
それを聞いた社長は、顔色を変えた。
「…君達、今高校三年生だったね?」
「はい、そうですよ」
「アカウント名を教えてもらえるかな」
「?いいですけど~」
鈴木と田中は、それぞれのゲーム上のアカウント名を社長に告げる。社長はそれをメモすると、急いでサーバー管理室へと走って行った。
「…一体なんだろう?」
「もしかして課金アイテムくれるとかじゃないか~?受験生であんまり時間が取れないであろう俺たちの負担を減らしてくれようとしてさ~」
「あー、いいなそれ!」
社長への期待に胸を膨らまし、話に花を咲かせる二人。そこに、社長が戻ってきた。
「待たせたね」
「あっ、社長!」
「俺たちのアカウントに何をしてくれたんですか~!?」
「ああ、君達のアカウントを削除させてもらったよ」
「!?」
社長の口から語られたのは、歓喜の贈り物ではなく、冷血な断罪であった。
「なっ…冗談やめてくださいよ社長~」
「冗談ではない。本当に削除した」
社長は毅然として言い放つ。それが事実であるらしいと判った二人は、血相を変えて猛抗議する。
「はあ~!?どういう事ですか社長!」
「俺たちが今までどれだけWBOやMWOに時間掛けてきたと思ってるんですか!それを勝手に削除するなんて、これって人殺しですよ!」
「落ち着け君たち」
社長曰く、僕らのような前途有望な若者たちがネトゲ等に現を抜かし、人生を棒に振るような事はあってはならない。鈴木と田中は日頃からゲームに打ち込んでおり、このままでは廃人ルートまっしぐらだ。それを防止するために、今回このような対応に踏み切った、とのことだ。
しかしそれを聞かされた所で、二人の腹の虫は収まらない。
「ふざけんな、勝手な理屈並べやがって~!」
「俺たちの人生は俺たち自身で決めるんだよ!てめえ如きが口出しすんな!」
怒りに狂った鈴木と田中は、社長に生卵を投げつけ始めた!
「ぐわあ!なんでこんな物持ってるんだ!?」
「本当は感謝と尊敬の意を込めて投げつけるつもりだったんだよ~!」
「まさか怒りを込めてぶつける事になるとは思わなかったがな!」
「どうせ同じ目に遭っていたのか…」
二人は手持ちの生卵を粗方投げ終えると、罵詈雑言を吐きながらシリウス社を出て行った。
「すみません、うちの部員が…」
「いいんだ。相談も無く突然アカウント削除に踏み切った私も軽率だった」
僕が社長と話していると、社員の一人が慌てて走ってきた。
「社長、大変です!突如現れた謎のアカウントがWBOゲーム内でチート行為を用いて暴れまわっています!」
「何!?」
社長と共にサーバー管理室に急行すると、部屋の全てのモニターに'Crazy鈴木'と'Crasher田中'という二人組のプレイヤーを映し出していた。どうやら、制作部の二人に間違いない。
「鈴木、田中…」
「なんて事だ。彼らがこんな暴挙に踏み出るなんて」
二人は社内見学中にWBOのセキュリティ情報を盗み出し、好き勝手にコードを書き換えて、ゲーム内でプレイヤーキルや街の破壊等の迷惑行為を働いているらしい。
「社長、苦情電話が鳴りやみません!」
「バックアップデータもハッキングされました!このままではゲームそのものが崩壊してしまいます!」
「…なんて事だ」
次々と襲い来る危機的事態に、僕の頭の整理は追いつかなかったが、それでも相当やばいらしい状況だという事だけは明白だった。
「二人組はWBOの破壊活動を終え、MWOサーバーに移動!引き続き荒らしを繰り返しています!」
「何、MWOのセキュリティも突破されていたのか!WBOはもう駄目だ、MWOだけでも死守せよ!」
「駄目です、外部から別のセキュリティが施されています!こちらからは全く手出しできません!」
「馬鹿な…」
混乱するシリウス社員達を尻目に、Crazy鈴木とCrasher田中は暴走を続けた。建物オブジェクトを全て家畜舎に、プレイヤーアバターを全てブタに変え、'獣狩り'と称してプレイヤーキルを楽しんでいる。まさしく目も当てられない惨状だ。
たった数時間の間に、MWOとWBOは完全崩壊した。
「SSOは!?SSOは無事なのか?」
社長が叫んだのは、シリウスが抱えるもう一つのMMORPG、SSO。僕が愛して止まないネトゲだ。個人的には、このゲームだけは無事でいてもらいたい。
「無事です。まだセキュリティを突破されてないようです」
「しかし先ほどから再三ハッキングを仕掛けて来ています。このままでは落ちるのも時間の問題…」
「あっ、二人組がSSOサーバーに侵入しました!」
「何っ!?」
だが、最後の砦のSSOも、現に風前の灯火であった。
「ここも駄目か…せめて、'Cracker山田'がログインしていてくれたら…」
Cracker山田…?今、社長はそう言ったのか。
「そうですね…。既に人が居なくなって久しいSSOに毎日ログインし、今やレベル7684を誇る孤高のキ○ガイプレイヤー。彼さえ居てくれれば、あの二人のゲーム内での暴走を止められるかもしれないのに…」
「どうしてこんな日に限ってログインしてないんだ…。こんな日曜日のお昼頃には、普段必ずログインしているのに…」
社員達は、めいめいに溜息を漏らす。
「…あの、」
「なんだね、八馬太くん」
「Cracker山田は僕ですけど…」
「!何!?」
瞬間、どんよりと机に臥していた社員達が、一斉に立ち上がってこっちに注目した。
「それは本当かね!?」
「はい」
「…そうか、では君に頼みたい。彼らの暴走を止めてもらえるか?」
社長が言うには、SSOに関しては、まだゲームの中身を変更できるほど深い所までは侵入されておらず、元のゲームバランスでのプレイが可能だそうだ。つまり、超高レベルプレイヤーの僕ならば、SSO初心者の二人を止められる可能性が十分にあるということ。
「SSOは我が社が初めて開発した本格VRMMOだ。その為、操作上の難点をいくつも抱えており、初心者には難しいゲームである。だが、長年このゲームに親しんできた君なら、それが却って強みになるだろう。どうか、どうか、彼らを止めて貰いたい」
「わかりました。長年お世話になったシリウスさんの頼みです。喜んでお引き受けしましょう」
僕の快諾に、社長は深々と頭を下げた。
「社長、SSOのログアウト機能停止、完了しました」
「よし、よくやった。これで準備は整ったな」
僕に与えられた任務は単純明快、ゲーム内のCrazy鈴木と、Crasher田中を倒す、つまりプレイヤーキルすること。
SSOを始め、シリウス社のゲームでは'生体認証システム'が導入されている。アカウントにログインする際、自分の体がパスワード代わりに必要になるという、VRゲームならではのシステムだ。
なのだが、SSOの生体認証システムには致命的なバグがあって、プレイヤーがゲーム内で死亡することでログアウトすると、生体認証が正常に作動しなくなってしまう。
その影響はSSOだけでなく、同社のWBO、MWOにも認められる。つまり、SSOゲーム内で死んだら、シリウス社のゲームが一切遊べなくなってしまうのだ。
その点がSSOがクソゲーと呼ばれる最たる所以なのだが、今回はそれを逆手に取って、二人をシリウスのゲームから締め出そうというのだ。
「期限はサービス終了までの一週間。それを過ぎれば彼らは通常ログアウトし、再びWBOやMWOにログインできてしまうだろう」
「それまでに、何としてでも二人を倒さなきゃいけない訳ですね」
「ああ。頼んだぞ、八馬太くん…いや、Cracker山田よ!」
「はい!」
こうして僕は今日もまた、SSOの世界へ足を踏み入れる。だが今日は、昨日までとは全く装いが違う。
今の僕はシリウス社員の皆さん、そして全世界一千万人のシリウスゲームユーザーの願いと期待を一身に背負っている。絶対に目的を成し遂げねばならない、責任がある。
と同時に、今日の僕は一人きりの世界でゲームをするんじゃない。敵同士とは言え、二人の友人と一緒にゲームを楽しむ事ができる。そのわくわく感の方が、僕の心を大きく占めていた。
「生体認証システム、ログイン…」
「ニンショウ、カンリョウシマシタ。アカウント'Cracker山田'ニ、ログインシマス…」
無機質な案内音声が、脳内に響く。僕らゲーム制作部による、SSO最後の一週間が幕を開けた。
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