8 やさぐれた孤独がカレーに至るまで。
もういっそ、今見えている灯りが消えてしまえばいいんじゃないかなぁ。
ひとつ残らず、全部。
そうしたらきっと。
寒いなぁって言いながらも、マスクしないで白い息を吐けるし。
でも、世の中真っ暗なのはきっとつまらない。
黒は好きだけど、真っ暗はあんま好きじゃない。
東京タワーだけは付けとこうか。
黒に映える赤。
きっときれいだよ。
「あれ…何やってんの?」
ドアが開いて、細い光が部屋の中に入ってきた。
せっかく真っ暗にしていたのに、ナイフみたいに差し込む光にゾクっとして、
「おい!閉めろよ!」
と、思わず語気が強くなった。
カーテンを開けっ放しにした部屋。
見下ろす街の灯り。
それがかすかに部屋まで届いて、足元だけぼんやりと明るい。
そんな中であぐらかいて、懐中電灯をカチカチしてる俺はハルカからしたら相当怪しいのだろう。そりゃそうだ。
俺だって、そんなやつ見たらとりあえずドアを締めると思う。
でも、彼女は部屋に入ってきた。
「…へぇ。部屋の灯り消したらこんな綺麗なの。」
窓際によっこらせっと座ったハルカは、広がる街の灯りを褒めたくせに、そこには背を向けていた。振り返るような横顔で、街を見降ろしてる。
それが何だか、ぼんやりとしていてずいぶん儚く見えた。
おかしいな。
暗くした世界で、まるでこの世に自分ひとりみたいな気分になって、手の中でカチカチ灯り操って見せて。中心にいたいのか暗闇に紛れたいのか、なんかよくわかんなくなっていたっていうのに。
そんなのより、今光の中からやってきた目の前の人の方が、ずっと消えそうだ。
なんとなく焦ってきた。
「ねぇ。」
「…何??」
「ご飯は食べた?」
「え?あぁ…なんだっけ、食べたよ。なんだったか忘れたけど。」
「ふうん。」
「そういえばさ。」
「なに?」
「最近、料理凝ってるんでしょ?色々。」
「凝ってるというか。あたし、多分ずっとみじん切りできる。」
「ははは!なんだよそれ!料理じゃねぇーじゃん。」
「あなた言われたくないよ。みじん切り、すごい細かくできるよ?見せたげようか?」
真っ暗な部屋に甘ったるい笑い声がふわっと沸いて、部屋の中がぶるんっと揺れた。
閉じこもることは、自分の心を治療する。
音も、光もないところで手の中の灯りを操って、まるでこの世に自分だけのような孤独と、光を操ってるのは俺だっていう優越感と。
それから。
「ねぇ。それ点けてみ?」
「なに?」
「それ、懐中電灯。」
カチっといわれるがまま点けたら、立ちあがったハルカはひょいとそれを持っていった。
「何すんだよ。」
「まぁ。見てて。」
懐中電灯を座る俺のすぐ後ろに転がして、横に座った。
「…あ。」
俺たちの背中から照らす灯りが窓に反射して、街の灯りをほんのり消した。
ぼんやり浮かぶのは、俺とハルカ。
それから東京タワー。
「なんかちょっとおしゃれじゃない??」
ハルカが、ニヤッとした。
それが窓に映ったから、俺も思わずにやっとなった。
もういっそ、今見えている灯りが消えてしまえばっていうのは多分、
ちょっと疲れたなぁ
ってことで。
でも、世の中真っ暗なのはきっとつまらないっていうのは、
そうやって逃げちゃったら、楽しいこともないって
本当はわかってるってことで。
東京タワーだけは付けとこうかっていうのはきっと。
「東京タワーって赤いのね。」
って呟いたハルカが、
「綺麗じゃん。一番ひかってる。」
ってぼそぼそ言う、それを聞きたかったからかもしれない。
「…ハルカぁ。」
「んーー。」
「みじん切り、した後どうすんのそれ。」
「え?‥あー…あ!そうだ!!!」
「なに、なんなの。」
「カレー!たっくさんみじん切りして、それ全部カレーにしたらおいしいはず!とろけるよ。」
大発明かのように、ハルカはまくしたててきた。隣で静かに呼吸してた、東京タワーのくだりがもはや、遥か彼方だ。
「あなたカレーすきだよね?辛いの。」
「いやいや、ハルカがでしょう?」
「どっちでもいいじゃん、よし!つくろう!ねぇ!まずセロリ!セロリ出して?」
「ねぇよ!」
あるわけないか!!って大笑いするハルカの後ろを追って、部屋を出た。
ドアが開いたら当たり前のように自分ちがあって、当たり前のように明るかった。
「じゃぁ、買いに行く?」
「どこに。」
「コンビニ。」
「俺、コンビニにセロリ売ってると思わないんだけど。」
「あるまで探そう。」
「やだよ。寒い。」
で、当たり前のようにこれから作るカレーの話をしてるのが、
いいなぁ、って思ったんだ。
SONG@「大停電の夜に」cero
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