3 高性能な再生機能
自己分析するに。
俺はとっても真っ直ぐな男だ。
事細かに、何事もスケジュールを立てる性格だし、“妥協点”は好きではない。
かならずもう少し先があるはずだと、1ミリでも前へと思うし、振り返る事も得意ではない。
だからだろうか。
余計なものを引っ張りださないように、俺の記憶というものは、きれいに時系列で整理されている。
何月何日。どこで、誰と、なにが。
けど、それはあくまで“そんなつもり”なだけで、実際のところ、ごっちゃになってしまうことだって山のようにある。
それは、小さなバグのようなもの。
広い意味ではその小さな違いは、その後にさほど大きな影響はないのだ。
そう。
誕生日に贈った花束が、チューリップだったか、バラだったかっていうのより、
花を贈った、白かった。
それでいい。それで、いい。
春が来た。
そんなの、わかってるようでわかってない。けど、4月っていうのは一般的に春だから。
天気予報のおねぇさんが、桜が咲いたっていうから。そうしたらもうデーター的に春なので、今はおそらく春なのだ。
移動中のタクシーから見た公園には、桜は満開に咲き誇っていた。道路沿いにいくつも並んだ桜は、遠目には淡いピンクで色っぽいのに、目を凝らすと割と白くて、ふっと思いだした人に、あぁまただとため息をついた。
バグだ。
信号が変わるまで、おそらくもう少し。やり過ごせば、バグは最小限で収まると、ちゃんと知ってる。
広い意味ではその小さな違いは、その後にさほど大きな影響はないはずだ。ここでバグを修理しようとすると、ほぼ間違いなく、壊れてく。
あと少し。青になって、この黒い車体が桜の横を通り抜けるまで。
少し。
『…あ。』
ほわっと、風か吹いた。
窓の向こうは、散る花びらが舞って。その景色の向こうに、思わず息を止めた。
『…おります』
『え?』
『すみません!ここで!ここで降ります!!』
信号が変わる間際、慌てて降りた。慌てふためく運転手さんに、申し訳ないと早口でいいながら飛び降りて、見上げた。
桜。
俺の記憶というものは、きれいに時系列で整理されている。
何月何日。どこで、誰と、なにが。
そんな風に、丁寧に。
けど。
ぶわっと舞ったはなびら。高性能な俺の記憶は、何度も何度も同じ景色を再生する。
同じような桜の舞うこんな感じの景色を、並んで見たことを。
手をつないで、夜の闇に紛れて。
街灯に照らされた、一筋の光を頼りに、舞う桜を見てた。
来年も一緒に見よう。
休みが取れたら、旅行に行こう。
まだ見てない、ヨーロッパの世界遺産。
知ってる?
俺、あの辺りは新婚旅行に取ってあるの。
意味わかる?
結構、今俺、精いっぱい。
ん。
って、一言いったんだよ。覚えてるよ。
今夜は寒いねって、俺の手を自分のパーカーのポケットに入れようとして、引っ張られてこけそうになるのを、すっげぇ楽しそうに笑ったんだよ。
で、もう一回だけ。
うん。って。
今となったら、ほとんど嘘になったけど。
俺は、今でも一寸の狂いなく、再生できる。
この桜吹雪に、同じ景色を。
何回も何回も、巻き戻しては再生して。
落ちてくる花びらを、つかもうとするのにすり抜ける。
ポケットに入れた、携帯が鳴った。
ブルブルと揺れて、その振動が現実に連れ帰る。わかってるんだよ。
見てるのは、ただの記憶。
枯れ落ちてく花は、風にあおられ空に舞い上がる。
多分あの中のどれか一つは、今俺がつかもうとした、思い出のどれかで。つかめないのなら、まぁ。そういうことだ。
震え続ける携帯を切って、ポケットに押し込めた。
『言えなかったけど。俺、好きだよ。今でも。』
一人で呟いただけなのに、高性能な再生機能は目の前に姿を映すから、溢れ出そうな想いを、唇を噛んで耐えた。
バグだった。
広い意味ではその小さな出会いは、その後にさほど大きな影響はないのだ。
でも。
もう一回出会い直せないかなぁ。その時は、多分。離さないのになぁ。嘘じゃなくてさ。
そんなことを、呟いていたら、またぶわっと桜が舞ったから。
タイムリミット。さぁ、もう戻ろう。通り過ぎるタクシーを捕まえて、予定より数分遅く着いたいつもの場所は、なんの変わりもなく当たり前のようにそこにあった。
『すみません。遅れました』
そう言って、指定された席につき資料を広げる。桜のことなど、すぐに忘れる。
『あら、遅刻してまでどこ行ってたの?』
ふふっと笑って、同僚が俺の髪〜細い指がつまみ上げた。
『え?何?』
ほら、と、差し出された桜。一片の。
『…捕まえてたのか』
『ん?何を?』
『…いや。なんでもない』
受け取った桜を、丁寧にテーブルに置いた。
小さな花びらなのに、それを見て春ね、なんて頬を緩ませる。
そんな同僚を見て、ニヤつく顔を手で隠した。
桜を見て、巻き戻すのは
またきっと。来年の話。
高性能な再生機能は、タイマー機能もちゃんとついてる。
SONG@『はなびら』 backnumber
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