71日目:私は貴族じゃありません。

 神聖歴六一〇二年・水蛇みずへびの月第二三日・天気:曇


 朝、目を覚ますと横に兄の寝顔が!!

 急いでテントの外へ叩き出しました。

 はぁ……最悪の寝起きです。

 外ではノアさんが朝食の準備をしていました。

 ……その隙に忍び込んだんですね……油断できません。


 食事を終えたら早速山岳地帯を目指します。

 御者は引き続き兄の担当です。

 華麗な手綱捌きを見せてやるぜ! と張り切ってましたが誰も注目してませんよ。

 あ、事故だけ起こさないで下さいね?


 そんな感じで暫く進んでいると兄が突然、馬車を停めます。

 時間はお昼少し前。場所は山岳地帯手前の森の中。

 不審に思い前方を見ると、数人の男達が道を塞ぐように佇んでいます。

 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ武器を抜く彼らはいわゆる盗賊でしょう……。

 ……なんて運が悪い。

 

 兄は溜め息を吐き馬車から降りるとゆっくり彼らに近付いて行きました。

 それを見てノアさんが慌てて加勢へ向かおうとしますが引き止めます。

 あれ位なら兄に任せて大丈夫です……次の瞬間、森に木霊する複数の野太い悲鳴。

 数分後、兄は涼しげな顔で御者席へ戻ってくると、何事もなかったように再び馬車を走らせ始めます。

 ふと後方へ目を向けると先程の男達が血塗れで道に転がっていました。

 ……不運でしたね、本当。


 視線を戻すとノアさんと目が合います。

 説明を求める様な眼差しでじっと私を見詰めてくるノアさん……。

 はぁ……仕方がありませんね。あまり気乗りはしませんが話しましょう。

 ……不幸なのはどうやら私も同じですね。


 あの兄、今でこそ父の仕事を補佐する為に現役を退きましたが、数年前までは正騎士団の騎士だったんです。

 その実力は入団間もないながらも一個大隊を任される程だったとか。

 一個大隊、つまり最小で三〇〇人、最大で一〇〇〇人程の人達が兄の下で働いていた事になります。

 当時はかなり有名だったんですよ、歴代最年少大隊長とか言われて……。

 で、そんな兄に習ったので私も剣だけはまともに扱えます。


 そう話し終えると呆然とした様子のノアさん。

 見た目からは信じられませんよねぇ……今は唯の優男で変態ですし。

 え? 驚いてるのはそこじゃないって? じゃあ、何ですか?

 あぁ、兄が騎士だったなら私は貴族なのか? ですか……?


 確かに正騎士団員はその性質上、貴族の子弟が殆どですけど……。

 うん、私は貴族じゃありませんよ。貴族なんかじゃないのです……絶対に。

 断言するとノアさんはそれ以上何も訊こうとはしませんでした……。


 今晩は森を抜けた先にある湖の畔で野宿です。

 兄は楽しそうですが、私とノアさんは微妙にギクシャク。

 何となく距離感が掴めません……。

 兄の依頼を受けた時、素性関係の事は覚悟してたんですけどね……。

 実際こうなると堪えるものがあります。

 時々抱き付いてくる兄を振り払う元気もありません……。


 今日の夕食はなんだかあまり味がしませんでした……。

 ……悩んでいてもアレなので早く寝ましょう。

 明日も朝は早いんですから……。


 今日の収支

 特になし

 ――――――――

 残金:銀貨59枚、銅貨45枚

    猫銀銭30枚

 

 (ノ_-;)ハア…やっぱりこの依頼は受けるんじゃなかったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る