25日目:光は目の前に……

 神聖歴六一〇二年・皋竜こうりゅうの月第八日・天気:不明


 進めぇ~♪ 進めぇ~♪ 私は元気ぃ~♪ ダンジョン大好き~もうすぐお外ぉ~♪

 ……いえ、はい……歌わないとやってられない時って、ありますよね?

 あ、大丈夫です。心の中でしか歌ってませんから……。


 そうやって気分を誤魔化し進んでいると、地上まであと少しという第一階層半ばで妙な音が聞こえました。

 気になって通路の陰から覗くと、居たのは迷宮蟻っぽい何かでした。けど、きっと別の魔物です。

 大まかな姿は似ていますが、色は黒と赤の縞々だし、背には二枚の翅、腹の先には太い針が三本。

 加えて、迷宮蟻をバリバリと食べています……アレが音の原因ですね?

 ……あ、こいつ……その正体を思い出し、背筋に寒気が。


 これは逃げなくてはなりません。しかし、背を向けた瞬間、背後から不穏な羽音……。

 全身から嫌な汗が噴き出すのが分かりました……。一瞬振り返ると、例の魔物が宙を飛んで此方を見ています。

 !! ヤバい!? 見つかってる!!

 私はその場から全力で駆け出します。

 アレは、アレはダメなやつです!! 確か名前は……名前は、んッ――


 突然、左足に激痛が走り、無様にうつ伏せで転倒。

 痛い、息できない、吐きそう……。

 左足を見ると黒く太い針が、膝の上辺りを後ろから貫通していました。

 !! 抜いて、抜いて、手当を……。

 そう思い、右手を伸ばしますが、再びの衝撃。今度は右肩をやられ、その勢いで仰向けに倒れ込みます。

 ダンジョンに木霊する悲鳴のような絶叫。


 痛い、辛い……怖い。

 目の前が涙で霞みます。そこにヤツが降りてきました。

 私に覆い被さると、その大顎で胸元に噛み付きます。

 金属がぶつかり合うような音がすると同時、今まで傷一つ付く事のなかった鎧が悲鳴を上げ、ギリギリと胸が締め付けられます。


 ……苦しいです。息が、息ができません……。

 朦朧とする意識の中で、色んな人の顔が浮かんできます。

 ギルドの皆、ミリさん、ガンツさん、マルガさん、エルさん、武具店のお爺ちゃん……あぁ、これが走馬灯ですか……。

 皆いい笑顔です……どうして、そんな笑顔なんですか……もう一度……会いたいです……。


 ……嫌だ!! まだこんな場所で私は死にたくない!!


 悲鳴を上げる体を無視して力を振り絞ります。そんな余裕があるなら、まだ動ける! 動け!!

 体全体をバネにして転がり、ヤツとの位置を逆転。

 後はもう無我夢中でした。噛み付かれた胸鎧を外し、上半身の自由を得ると、ところ構わず小剣、短剣をヤツへ振り下ろし続けます。

 そこには剣の技術も何もありません。ただ生きたい。その想いだけで振られた剣は、ヤツが事切れたその後も暫く続きました。

 

 ……正気に戻った時には、全てが終わっていました。

 ……右腕の感覚がありません……血を流し過ぎたのか凄く寒いです……。とても眠いです……でも、立ち上がって歩かないと。

 ギルドへ行かないと……手紙を……渡すように頼まれたんです……。

 頑張れ、歩け私……鎧が重い、剣が重い……それでも……ほら、もう目の前に光が見えます……。

 

  

 今日の収支

未換金素材:(屑マナ結晶:個数不明)

――――――――

残金:銅貨49枚


…………歩け…………

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