015.リリラの独断

 白虎麦酒(ハクコバクシュ)を飲んだせいもあるだろうか?

 思ったよりも深く寝入ってしまったようだ。


 あいかわらずリラは幸せそうな寝顔。

 悪いな、リラ。

 無事に戻ってこれたらいくらでも罵倒を聞くよ。


 静かに外に出た俺は、静まりかえった村を一人歩く。

 宴会は既に終了しているようだ。

 少し体がだるいが気にする程でもない。

 完全に夜になっており、星がいくつも輝いている。


「やはり一人で行くつもりでしたか。それでは困るのです」


 背後から聞こえた声。

 梓を握りながら振り向く。

 そこにいたのはリリラさん。


「リリラさん? 何故ここに?」


「アラルさんから宴会中に何かを受け取っているのを見ました。ドウラ国へ向かう為の地図ではないでしょうか?」


「見られていたんですね」


「はい。一人で行ってどうするつもりですか? いえ、アキトさんあなたにはリラの為にも側にいて貰わなければ困ります」


「だがこのまま何もしなければリラもこの村も・・・」


「そうですね。ドウラ国がある限り・・・」


 悲壮な瞳のリリラさん。

 この瞳はやはり見間違いじゃなかったのか。


「それでもあなたがいれば、どんな相手がリラを狙おうとも守ってくださいます。本当はそのまま眠っていてくださる事を期待したのですが」


「やはり先程、様子を見に来たのはリリラさんでしたか」


「はい。やはり完全に眠っていたわけではなかったのですね」


「いや完全に眠ってましたよ。あのまま誰も来なければ、朝まで眠っていたかもしれませんね。何か気配を感じたので覚醒出来た感じです」


「そうですか。私は墓穴を掘ってしまったんですね・・・」


 墓穴?

 どうゆう意味だ?


「アキトさん、お許し下さい。いえ、許して下さいとは申しません。リラをどうか幸せにしてあげて下さい。お願いします。それが私の唯一の願いです」


 何を言っているんだ?

 俺が独断で動くのを警戒していた。

 それにしては、言う事がおかしくないか?


≪凍結睡眠(フリーズスリープ)≫


 な?

 単詠唱魔法だって?

 くそ・・・凄まじい眠気が・・・。

 体に力が入らない。


「即座に眠りに落ちないなんてさすがです。白虎麦酒(ハクコバクシュ)を飲ませていなければ、効かなかったかもしれませんね」


 くそ・・意識を・・維持・・出来な・・い。


「リ・・リリラ・・さん・・あんた・・どう・・する・・つも――」


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『アキト、起きなさいよ。もう何十回何百回も呼びかけてるのに? それにしても何なのリリラとかいう娘。もっと違うやり方あるでしょうに? っていうかいい加減起きなさいよ。アーキート!!』


 心の中に響く誰かの声。

 何処かで何度も聞いたことがあるような気がする。


「はっ!?ここは何処だ?」


 上半身を起して俺は周囲を見渡した。

 誰かの声が聞こえてた気がするが夢か?

 隣には可愛い寝顔のリラがいるだけだ。


 確かドウラ国にこっそり向おうとしてリリラさんに見つかって・・。

 記憶を確認した俺は急いで立ち上あがった。

 梢は俺が握ったまま、梓はテーブルの上に置いてある。


 声は一体?

 いやそんな事考えている場合じゃない。

 リリラさんはどうした?


 梓を手に俺は外に出た。

 既に朝のようだ。

 外を出て直ぐ、アラルさんが木に寄りかかっていた。


「お? やっと起きたか? アキトが倒れているってリリラに言われた時はびっくりしたぜ」


「倒れてる? リリラさんは何処に?」


「あぁ? そう言えば昨日倒れてるって言われてから会ってないな? この時間なら隊長のところなんじゃないか?」


 アラルさんの制止も聞かず、俺はテテチさんの元へ向った。

 しかし、予想通り彼女はいない。

 結局村中に確認し探し回ったが、彼女は何処にもいなかった。


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「状況は理解しました。しかしリリラが何故そんな事を?」


 俺は今、テテチさんの寝室にいる。

 テテチさんもアラルさんも神妙な顔だ。

 念の為、テテルさんには、村近辺も含めて、リリラさんを探しにいってもらってる。

 状況が状況だけに手の空いている村人総出だ。

 リラには伝えないようにお願いした。

 おそらく見つからないだろうな。


「アキトさん、まずはお詫びを申し上げます。テテルがリリラを見つけてくれるといいのですが・・・」


 テテチさんは今までに無い位、動揺した顔をしている。

 心配なのと行動の意味がわからないのと、他にも色々な感情が交錯していそうだ。

 そうだ、悲壮な決意の瞳をしてた。

 それの意味する所はなんだ?


「テテチさん、リリラさんは魔術が使えるようですけど、実力はどうなんですか?」


「そうですね。私が言うのも何ですが、遠距離から模擬戦でもすれば私達は勝てないと思います」


「それなりの実力があるという事ですか?」


「はいそうですね。私が許可しない限り使用するのを禁じていましたが・・・」


「・・・もし俺と同じ様な事を考えてたのであれば、ドウナ国に向ったと考えるのが妥当でしょうね」


「俺もアキトと同じ考えだな」


 アラルさんも同様の考えのようだ。

 歯を噛み締めているテテチさん。

 きっと今すぐにでも追いかけたいのだろうな。


「俺はもともと独断でドウラ国に向うつもりでした。少し目的は変わりますが準備してドウラ国に立とうと思います」


「アキトさん、しかし・・いやリリラをお願いします。アラル、悪いが道案内も兼ねてアキトさんと行ってくれないか?」


「もちろんいいぜ。ポンコツ隊長の代役引き受けさせてもらう」


「私も行く!!」


 扉を開けて入ってきたのはリラ。

 オレンジとピンクのワンピースで今日も可愛いな。

 いや、そんな事は関係ない。


「リラ、駄目だ。そもそも自分の言ってることがわかっているのか?」


 始めてみる、父親としての威厳のあるテテチさんの顔。


「わかってないのはパパの方だよ。事情はテテルさんから聞いたけど」


 元王女としての立場に負けたのか?

 テテルさん哀れ。


「リリラ姉はたぶん私の為にドウラ国に向った。彼女なら私と違って地理にも詳しいし単独でもドウラ国に辿り着けるはず。パパ達といろいろな所に行ったっていってたし。たぶんアキトさんは追うつもりでしょ? でもそれだと私の護衛は出来ない。アキトさんが私の護衛をしつつリリラ姉を追うならば私がついてくしかない。それにパパか私以外でリリラを説得出来ると思う? 彼女が一度決めたら、何処までも強情で頑固なのはパパが一番知っているはずでしょ? でもパパはその怪我で向う事すら出来ないじゃない」


 気合の入った声音。

 捲し立てるようなリラさん。

 口を挟む隙間も与えずに畳み掛けた。

 さすが曲がりなりにも元王の娘だけあるな。


「リラ・・・確かにそうだが・・そうなんだが・・」


「それともパパはアキトさんが信じられないの?」


 力任せに言う事を聞かせる事も出来るだろう。

 だけど、それではリラは納得しないだろうな。

 それでも表面上は従う可能性もあるかもしれない。

 でもそれは双方にとって良くない結果になるだろうし。


 苦渋の決断をたぶんテテチさんは強いられている。

 父親の立場なんてわからないけど、表情をみれば少なくともそう思えるな。

 心配するって気持ちは、相手を信頼してても出てしまうだろうし。


「あっはははは!!」


 場違いな笑いをあげたのはアラルさん。


「隊長の負けだな!」


「アラル・・・」


「二度とこんなこと言うつもりはねぇけどなぁ」


 突然リラの前に跪いたアラルさん。


「八戦士団壱隊戦士長テテチ・バルヴァルの代行といたしまして、我が身命を賭してお守り致します。リラ・シャルドナ=レラ王女」


 アラルさんの突然の挙動にはびっくりだよ。

 リラも相当びっくりしているみたいだ。


「アラル・・・」


「今だから正直に言うけどよ。俺は当初は元王女を匿って守り続ける事に、疑問を抱いていた。だけど十年同じ村で過ごしてきてな、隊長あんた程じゃないかもしれないがよ、情って奴に絆されちまったのかもな」


「わかったよ・・アラル。アキトさん、リラとリリラをお願いします。アラル道案内頼んだぞ」


 アラルさんの行動。

 彼等戦士団にとってどんな意味を持つのか?

 俺にはいまいちわからない。

 しかしテテチさんを説得した一因ではあるんだろうな。


 そこへ現れたテテルさん。

 表情から言葉を発しなくても結果はわかった。


「残念ながらリリラは見つかりませんでした」

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