013.ドレスアップリラ

 俺は今、テテチさんに許可を貰った上で森の中を進んでいる。

 私物とベッドを回収して村に運ぶためだ。

 速度喰(スピードイーター)を、こんな目的で使ったと知れば怒られる。

 でももう、知られる事はない。


 結局テテチさんを説得する事は出来ないままだ。

 出来れば了承して貰った上で事を起こしたかった。


 その為、別の手を考えた。

 アラルさんには、夜にこっそりドウラ国までの地図を貰う手筈になっている。

 あの後、俺の考えを彼に話して協力を取り付けた。


 今すぐ向う手もある。

 だけど、そうするとリラを筆頭に、追いかけて来そうな気がした。

 距離を稼いでおくという意味も込めて、夜中にこっそり村を抜け出す方が良いだろう。

 五日という日にちが、どれ位の距離を差してるのかわからない。

 だが、俺のこの速度ならば短縮出来るはずだ。


 辿り着いたベッド。

 長い間離れていたわけでもない。

 凄く久しぶりに、来たような気がするのは何でだろうか?

 森の中なので判然としないが、たぶん日が暮れ始めている。

 俺は、必要なものをベッドの上に乗せた。


≪黒縛三重(ブラックバインドトレブル)≫


 本来は相手を無傷で捕縛する時に使う術。

 これで落ちないように縛る。

 発想の転換って大事だよね。

 念の為三重にした。


 さすがにベッドを持ち上げたまま、来た時と同じスピードで戻るのは難しい。

 それでも普通に歩くよりは充分早いだろう。

 また猿に襲撃されるのは御免蒙りたいし急がないと。


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 猿に襲撃はされなかった。

 その代わり、狼みたいなのに追いかけられる事案が発生。

 それでも無傷で村に到着。

 正面入口では、破壊された扉を修復している人達。

 彼等は一生懸命だ。

 邪魔しちゃ悪いので、壁をひとっ飛びで超えて村の中に着地した。


 どうやら見られてたようだ。

 驚きの声と、歓声のような声がいくつか聞こえてる。

 ちょっと恥ずかしいな。

 話しかけてくる村人達もいる。

 他愛も無い会話をしてから別れた。


 村を歩いて借家に向う途中。

 遠めにリリラさんが見えた。


 何だろうか?

 悲壮というか憂いを帯びているというか?

 ともかく普段とは少し違うように見える。

 この時俺はその意味を深く考えなかった。


 俺に気付いたリリラさん。

 一瞬で普段の表情に戻った。

 何だったんだろうか?


「リリラさんどうかしたんですか?」


 やっぱり気になるよね。


「い・いえ。何でもありませんよ」


 手に持っている黒い布は何だろうか?


「アキトさん、おかえりなさいませ。夕食は楽しみにしていてくださいね」


「ん? 何かあるんですか?」


「ふふふ、それはお楽しみですよ」


 リリラさん、邪悪な笑いになってますよ・・・。


「それでは、私はしなければならない事がありますので」


「あ? はい。何かわかりませんが頑張って下さい」


「ありがとうございます。それでは」


 俺の気のせい?

 取り越し苦労?

 勘違い?

 まぁいいか。

 とりあえずベッドを運ばないと。


 ちなみに村の近くで速度喰(スピードイーター)は解除した。

 また黒き鬼とか言われて、怯えられるのは勘弁したいからね。


 リラも忙しいのか借家にはいない。

 家具も何もない部屋だしな。

 一人で待ってても退屈だろう。

 顔を出そうとも思った、けどやめた。

 テテチさんとの話しの事もあったので、結局探す事もせずにベッドを設置。

 寝転がり、今後の動き方について考えを巡らせる事にした。


 テテチさん、テテルさん、アラルさんとの会合で得たドウラ国の情報。

 サウザン・ドウナという鬼小鬼(オーガゴブリン)を王に頂く国。

 部隊の主力は二百人程の鬼小鬼(オーガゴブリン)。


 それとは別に種族混成の魔術師部隊。

 知略や謀略、奇策を用いる事は少ない。

 前面衝突による戦いを好む。

 武人みたいな王なんだろうか?


 気に入った女性は力と権力で奪い、手篭めにしている。

 圧制をしいて鬼小鬼(オーガゴブリン)以外は冷遇している。

 いろいろと悪い噂もあるらしい。

 何処までが真実なのかは、実際ドウラ国にいって確認するしかないな。


 アラルさん曰く筋肉馬鹿の絶倫。

 鬼小鬼(オーガゴブリン)は小鬼(ゴブリン)にあるまじきでかさらしい。

 武器は刀剣の類よりも斧や槌などの、重量級武器を好む傾向にあるという事だ。

 力でぶつかるよりも、速さで翻弄した方がよさそうだな。


 そんなこんなで情報を頭の中で整理していると、扉が開く音がした。

 黄と橙で彩られたワンピースとドレスの、中間のような格好のリラ。

 空色の髪も頭の上で結ってあり、大人っぽい印象を受ける。

 見間違えるような格好のリラに、一瞬思考が停止した。


「アキト・・さん、どうかな? おかしくないかな?」


「お・おう! 可愛いよ」


 俺の言葉を聞いた彼女の表情が変化した。

 緊張した顔から一転、ニコニコ顔に早変わりしたリラ。

 俺の側まで歩いてくる。

 血のなせる業なのか、優雅な歩き方に見えるな。


「夕食が出来たよ」


 言うが早いか俺の右手を握ったリラ。


「行こうよ」


 彼女の言葉と少しだけ引っ張るような仕草に、俺はベッドから降りる。

 彼女は俺をエスコートするかのように、その手を握ったまま歩き出した。


 いや?

 リラさん、普通逆じゃね?


 リラは上目遣いに俺を見る。

 そんな眼差しで見詰めないで下さい。

 ロリコンじゃないはずだけど・・はずだけど。

 じゃなくてもこれはコロっとイってもおかしくね?

 その場に膝をついた俺は、柄にも無い事を口走った。


「お姫様、エスコート致しますよ」


 自分で言ってても、これは引くだろうなと思ったんだけども。

 リラは、少し赤ら顔になって微笑む。

 意を決した俺は、彼女の歩く速度に合わせて借家から外に出た。


「ところで夕食は何処で食べるんだ?」


「村の広場だよ」


 満面の笑顔のリラ。

 何でそんな嬉しそうなんだろうか?


 村の広場に近づくに連れて、聞こえてくる様々な声。

 並べられたテーブルとその上に載せられた様々な料理。

 漂ってくる匂いが鼻を擽り、食欲をそそられる。


「リラこれは?」


「ウンフフ。小さな村でもお祝いぐらい出来るんだから!」


 控えめな胸を突き出して自慢するのリラさん?

 いやそうですね。

 控えめな胸も悪くないと思います。

 いや、そうじゃなくてお祝いって何の?


「お祝いって何のだ?」


「えー? それは決まってるでしょ!!」


「お? 主賓の到着だ」


「リラ様可愛い!!」


「黒の勇者様の服、間に合わなかったのかね?」


「黒様って目付きはちょっと悪いけど、良く見ると可愛い顔してるんじゃない?」


「いや、俺にはお前の美的感覚がわかんねぇよ」


 貶されてる声も聞こえる。

 確かに可愛い顔はしてないと思うから許そう。


「ほら、アキトさん行こうよ」


「お? おう?」


 テテチさんの隣にはリリラさん。

 他にも怪我して一人で動けない面々は、木で作られた車椅子みたいなのに乗っている。

 怪我を押してまでこなくてもいいじゃないのさ・・・。


「ぽんこつのたい・・テテチさんに変わり俺が仕切らせてもらうぜ」


 そう言って立ち上がったのはアラルさん。


「ポンコツとか酷いんじゃないの?」


「尊敬の裏返しだろ? アラル流の褒め言葉だよ」


「そこ、五月蝿いぞ!」


 アラルさんに注意されて渋々黙ったようだ。


「本来であれば村長っぽいテテチさんが仕切るのが筋なんだが、見たとおり今はポンコツだから俺がやらせてもらう」


 そこで俺の方を見たアラルさん。

 ふと手を引っ張るリラを俺は見る。

 リラさん、何でそんなに輝くような眼差しなんですか?


「皆も既に知っていると思うが、リラさ・・リラと仲睦まじげに手を繋いでいる彼こそが、黒き鬼改めて黒き勇者のアキトさんだ! 畏怖、畏敬の念、恐怖、怨嗟、憐憫、憎悪、不快感、様々な感情を感じるかもしれないが、彼が我々をリラを救ってくれたのは紛れも無い事実、その事は決して忘れんじゃないぞ!」


 なんかやけに、負なイメージばりばりな言葉が並んだ気がするんですけど・・・。


「我らが救世主に誰がそんな感情頂くかよ!」


「そうよそうよ。アラルの口の悪さもここに極まれりね」


「シャーラップ! お前ら言いたい事もあろーがな、先に進めさせろ!!」


 アラルさん、あんた何処でそんな言葉覚えてきたんだよ・・・。


 村人の少女の一人が、コップを二つ持って俺とリラに差し出す。

 確かベッドを持って帰ってきた時に話しかけてきた娘だな。


「メラル、ありがと!」


「ううん! リラ、可愛いね。羨ましいな。私もいい人見つけないとな」


 うん?

 何か聞き捨てならない会話してないか?


「メラルなら大丈夫だよ! 私と違って家事全般何でも出来るし」


「メラルさん、ありがとな。でもな――」


 俺とリラの関係の勘違い。

 残念ながら、訂正する間は与えられなかった。

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