010.狙われる理由

「アキトさん一つお伺いしたいのですが」


「何でしょうか?」


「黒い膜のようなものを作り出したと思うのですが、限界はあるのでしょうか?」


 テテチさんも、同じような事を考えたのかもしれないな。


「そうですね。常時俺が力を流し込むならば別ですが、ただ展開しただけであれば限界はあります」


「やはりそうですか・・・。アキトさんならば確かに、戦力比を覆す事は不可能ではないでしょう」


「可能だとしても、それがこの村の全員を守るのとイコールにはならないですね」


「アキトさんご自身でもそう考えているのですね」


「そうですね。一人ならば側にいればいいだけです。しかし、十人、二十人ともなれば常に側にいるというのは難しい。護衛するにもその労力は雲泥の差でしょう。それならば一人に絞った方がいいというのは当然の帰結だと思います」


 俺とテテチさんが話しをしている間、リラもリリラさんも神妙な顔。

 口を閉ざしたままでいる。

 しかし、本当にリラを狙うのだろうか?

 もしそうならば、何か理由があるはずだ。

 でも、皆目検討がつかない。


「そこでまずはリラを狙う理由を話す必要があります。少しこの村の成り立ちのお話しになりますが」


「わかりました。お願いします」


「村の成り立ち?」


 リラも始めて聞くのだろうか?

 その顔は少し困惑気味だ。


「そうだよ、そして村の成り立ちはリラにも関係してくる事なんだ」


「私に関係ある? それって・・あの・・私とパパの血が繋がっていない事にも関係してくるの?」


「リラ・・・そうか。気付いていたのか」


「・・・うん」


 えっと何だかいきなり重たい話しになった。

 でも聞くしかないんだろうな・・・。


「ならば包み隠さず話そう。まずこの村の成り立ちに関してなのだが、ここ小鬼(ゴブリン)の国はシャルドナ国と呼ばれ、長い間シャルドナ王家により統治されていました」


 元々は一つの国だったのか。


「王直属の、八戦士団というのが存在していました。しかし十年前、八戦士団のうちの六つが突如反乱。当時国の防衛や王の警護等を担当していたので、抵抗する間もなくシャルドナ王家は消滅。残りの戦士団の一つは辺境での任務に派遣されており、この事件を知ったのはおそらく事後だと思います。そして、王の護衛任務についていた残りの戦士団は、その戦力の半数以上を失いつつも、当時まだ幼かった王女を連れて脱出したのです」


「それがテテチさん、あなたという事か。あの時、元八戦士団壱隊戦士長テテチと呼ばれた理由は納得した」


「その通りです。そしてこの村は私を含む生き残りが興した村なのです。位置的にはタイガル王国の領土内なので、今まで無事に過ごす事が出来たのですが」


「タイガル王国というのはよくわからないが、強国なのか?」


「はい。仮に戦争になれば我々は相手にはならないでしょう」


「にも関わらず十年後の今、攻めてきたって事か。タイガル王国が消滅したか勝算があるかという事か」


「どちらかでしょうね。とりあえず話しを戻します。シャルドナ国は現在、各戦士長が率いる七つの国に分かれている状態です」


「ちょっと待てそれじゃリラが狙われる理由って?」


「そうです。リラ・シャルドナ=レラ。シャルドナの王女がリラなのです」


 突然のテテチさんの告白。

 呆然として反応する事も忘れているリラ。

 それもそうだよな。

 自分が元王女とか言われても困るよね。


「今回攻めてきたドウナ国のサウザン・ドウナは、おそらくシャルドナの血族を娶る事で、統一する為の大義名分を得たいのでしょう」


「リラの護衛は俺がするとして、テテチさん達はどうするんだ? 仮にリラがこの村からいなくなったとしても、再び狙われる可能性はあるだろ?」


「そうですね。アキトさんの言う通りです。ですからぎりぎりまではここに残りますが、最悪村を捨てて逃げる事になるでしょう」


「逃げるって行き先はあるのか?」


「本当はタイガル国に行きたい所ですが、どうなっているのかわからない。なので第二候補に向うつもりです。唯一、十年前事件に関与していない戦士長の国へ」


 自分が元王女であるという事実。

 リラはあまり反応を示して無さそうに見えた。

 だからこそ逆に気になってはいる。

 でも何て声をかけていいのかわからない。

「ここからドウナ国、サウザン・ドウナの居城までは徒歩で五日。全滅してるとは思っていないでしょう。なので再度派兵するにしても、準備に一日と見て猶予は十一日。アキトさんとリラの旅立ちにはまだ余裕があります。なのでその間アキトさんは、リリラとリラに準備させた空き家をお使いください」


「わかった。昼食前にリラとリリラさんがいた家でいいんだよな?」


「はい。そこです」


 テテチさん本当はしゃべるのも辛いんだろうな。

 予想外の話しにすっかり忘れてた。

 痛みに我慢しつつ話してるのだろう。

 さっきもそうだった。


「その間に準備できる事は極力準備するつもりです。アキトさんの装備も含めまして」


「それはありがたい」


 それまで無言で椅子に座っているだけだったリリラさん。

 立ち上がりテテチさんの汗を拭い始めた。


「テテチさん、少しお休みになられた方が?」


「リリラ、ありがとう。しかし伝えなければならない事は今のうちに――」


 さすがにこれ以上話しを続けさせるのは酷かな。

 そう思った俺は行動に移した。


「テテチさん、まだ時間はあるってことだし話しを聞く機会はあると思う。だからリリラさんの言う通り少し休んでいいんじゃないか?」


 俺は立ち上がった。

 リラはあいかわらず反応が乏しい。


「リラ、行くよ。少しテテチさんを休ませてあげよう」


「え? あ? う? うん」


 俺は、歯切れの悪いリラの手を優しく掴んだ。

 無理やりにならない程度に彼女を立たせて歩かせる。

 テテチさんとリリラさん、二人っきりにさせてあげようじゃないか。


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「借り物とは言ってもちゃんとした家で寝れるのは嬉しいな」


 リラに聞こえるように声をあげるが反応がない。

 さすがにショックだったのか?

 どうしたものか?


「リラ、自分が実は元王女って聞いて戸惑っているのか?」


「え? う・うん。元王女・・・正直実感も何もわかないかな? でもね。そう言われてみれば思い当たる事がないわけじゃないんだ。あまり覚えてないけど幼い時の記憶とか。皆の態度とか。端々で何となく違和感を感じてたんだ」


「そうか。たぶんリラにしかわからない事なんだろうな。俺は王家とかそんなのとは無縁の生活だったし」


「そうなんだ。パパと血が繋がってないって理解はしてたつもりだった。でも改めて言われるとショックだね」


 寂しそうな悲しそうな表情のリラ。

 今にも泣き出しそうだ。

 さすがに痛ましいな。


「それでも父として慕ってるんだろ? テテチさんだって実の娘のように育ててきてくれたんだろうし」


「うん、わかってる。わかってるんだけど」


 やはり彼女はかなりショックを受けているようだ。

 事実を理解するのと受け入れるのはまた違う。

 理解は出来ても、それを素直に受け入れる事が出来なくても当然の内容だ。


「頭で理解は出来ても心では理解出来ないって事か。俺には今のリラの気持ちは欠片ぐらいしかわからないけども、血が繋がってるかどうかなんて関係ないんじゃないか? 義理だろうが何だろうが父と娘なんだろ?」


「うん・・・だけど・・・」


「血より濃い絆があったっていいと思うぞ」


「うん・・・」


「境遇が全く同じってわけじゃないけど、俺も五年位前から赤の他人に育てられたからな。血の繋がりはなかったけど、第二の母だと思っている。いろいろと厳しい人だったけど」


「う・うん」


「だからリラがテテチさんを父親と思っているなら、それでいいじゃないか。すぐに受け入れれなくてもいいと思う。時間を掛けて自分なりに自分の気持ちにけじめをつければいいと思うぞ」


「・・・。う・うん。そうだよね。アキトさんの言う通りだよね。・・・ありがとぅ」


 少しでも心の痞えが取れてればいいけど。

 もじもじして何か聞き足そうだな。


「リラどうした? 何か聞きたい事でもあるのか?」


「え? う・うん。あの・・言いたくなければ言わなくていいけど。アキトさんを育ててくれた第二の母親ってどんな人だったんです?」


「第二の母親か。そうだな、強いけどとても優しい人だったかな。普段は凛々しいけど、結構抜けてる所もあったりして憎めない性格してたよ。【言霊乙女】とか呼ばれる事もあったけど、乙女って年齢かよって思ってた」


「慕ってるんですね」


「ん? 何でそう思う?」


「だってアキトさん、嬉しそう。顔が笑っています」


 自分では意識してるつもりはなかったけど・・・そうか。


「そうか。なら慕ってるんだろうな」


「そう言えばアキトさんは何であんな所にいるんですか?」


「それは・・・」


 正直に話すべきなのか?

 嘘を話してお茶を濁すべきなのか?

 迷っている間にリラはその無言が別の意味に解釈したらしい。


「あ・・あの、もし話したくないならば無理に聞きませんよ」


「いや、リラには話した方がいいのかもしれない」

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