009.黒き鬼の伝説

 頭を下げている三人。

 しばらくして、頭を上げてくれた。

 リラとリリラさんは椅子に座り直す。

 そこで聞こうとに思っていた事を俺は聞き始めた。


「いくつか聞きたい事があるんですけど? いいですか?」


 テテチさんとぶつかる視線。


「私にわかる事であれば」


「それじゃ、とりあえず村の外の躯はどうすればいいんですかね?」


「一応動ける者に処理させるよう手配はしましたが、しばらく時間がかかるでしょうね」


「火葬するのあれば、一箇所に集めてもらえれば出来ると思います」


「え? そんな事どうやって?」


「魔術を使えばたぶんいけると思います」


 三人共そんなに驚かなくても?

 そんなに驚くような事言ってるかな?


「可能ならば是非お願いしたいですが、いいのですか?」


「構いませんよ」


「それではお願いしたいと思います。リラ、リリラ、悪いが村から離れた所に集めるように伝えてきてくれないか? その後で二人で隣の空き家を掃除してくれるかな?」


「はい。わかりました」


「はーい」


 リラとリリラさんがその場を辞して二人だけになった。

 伝達なら一人でいいと思うけど、何で今掃除?

 まあ俺には関係ないか。


「それでアキトさん、他に聞きたい事はありますか?」


「はい。これが一番聞きたい事なんですが。黒き鬼とは何ですか?」


 そう、これが一番疑問だ。

 確かに俺は黒鬼族(コクキゾク)の血をひいている。

 でもこれが畏れられる理由にはならないはずだ。


 それであれば、黒き鬼という固有名詞的な存在がいる。

 俺はそう考えた。

 実際どんな存在なのかは聞いてみないとわからない。


「黒き鬼ですか・・・」


 まるで思い出したくないような記憶でも呼び起こしてそうな表情だな。


「黒き鬼というのは、三百年前から四百年前に登場した人物の事です」


 随分昔の人なんだな。


「ただその人物は突然現れ、その武力と知力などを使い、この大陸を統一に導いたのです。黒き鬼の話しは、良い話から悪い話までいろいろあります。魔王(デビルキング)をも圧倒するその戦闘力は畏怖と畏敬、尊敬と憧憬、様々な感情を我らの祖先に植えつけました」


 勇者みたいな人だったのか?


「黒き鬼が、この大陸で最初に確認された黒髪黒眼だと伝えられております。虐げられていた弱族を救ったこともあれば、別の種族を蹂躙した事もあり、その思考は祖先達には到底理解出来なかったようですね。魔王(デビルキング)の領土か人間の国等にいけばもっと詳しい情報もあるのでしょうが、何せここは辺境の村ですから」


 そうでもないみたいだ。


「なるほど。それで黒髪黒眼は怖がられるって事なんですね」


 魔王(デビルキング)の領土って?

 気になるけど聞いたら本題から逸れてしまいそうだ。

 それにしては怯えようが尋常ではなかった気もする。

 俺の気のせいだろうか?


「そうですね。ところでアキトさんは今後どうされるのでしょうか? 旅をされているとも見えませんでしたが」


「どうする? どうしましょうかね? とりあえず今のところ目的はないです」


「それでは、もしよければリラの護衛をお願い出来ないでしょうか?」


「護衛? どうゆう事ですか?」


「はい。アキトさんが撃退した彼等ですが、恐らく目的はリラだと思うのです」


「リラを? しかし何故?」


「その理由については少し長いお話しになります。よろしいでしょうか?」


「かまいませんよ。でもテテチさんこそ、その怪我で大丈夫なんですか? 少し休んだ方がいいんじゃ?」


 よく見ると、彼の額にうっすらと汗らしきものが光っている。

 決して軽くない怪我のはずだ。

 もしかしたらしゃべるだけでも辛いのかもしれない。


「・・・気付かれてましたか。それでは申し訳ありませんが、少し休ませてもらってからでもいいですか?」


「ええ、もちろん構いませんよ」


「では後程。出て左側の空き家にリラとリリラがいるはずですので、彼女達の話し相手でもしてもらえるとありがたいです」


「わかりました。そうしますね。それと理由が何にせよ、護衛は引き受けるつもりです」


 俺はテテチさんの反応を窺うこともせず、その場を後にした。


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「リリラ姉、何でここの掃除なんて今更するんだろうね?」


「あら? リラはわからない?」


「え? 何? わかんないよ」


 手拭いで窓縁の汚れを落としつつ、疑問符を浮かべたような表情のリラ。

 逆にリリラは妖しい微笑みで彼女を見ている。

 その間も床の埃を集める手は休めない。


「村の救世主であるアキトさん。彼の強さは常識外。それにリラがテテチさん以外の大人であんなに懐いたのははじめてじゃない?」


「え? そ・そんな事ないよ」


 少し顔を赤らめるリラ。

 この感情が恋というものだと、彼女は自覚していない。


「だから、テテチさんはアキトさんにここに住んでもらうつもりなんじゃないかな?」


「え? 本当?」


「その話しをして説得する為に二人だけになったんじゃないかな? 護衛にも最適だしね」


 後半の呟きはリラの耳には届いていない。


「住んでくれるかな? 住んでくれたら毎日お話し出来るよね」


「そうね。そうなればたくさんお話し出来るよ。村を救ってくれた救世主なんだから、他の皆も反対しないでしょうしね」


「でも住んでくれるのかな?」


 一転不安げな表情になるリラ。

 掃除する手を休めたリリラ。

 優しくリラを抱きしめた。


「大丈夫よ。最悪リラが口説き落とせばいいしね」


「口説き落とす?」


「そう。何でかな? 彼ならリラを託してもいいと思うし」


「託す?」


「そうよ」


「よくわかんないけど、リラからも頼めばいいって事だよね?」


「うん、そうよ。断らないとは思うけどね」


「うん、そうだといいな」


「だから、この村を好きになって貰う為にもちゃんと綺麗にしなきゃね」


「うん、ちゃんと掃除する!」


 そう言って顔を見合わせた二人。

 少し笑ってから掃除を再開した。


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 黒い色をした少し硬いパン。

 人参っぽいものや、玉葱っぽいものが入った塩味の野菜スープ。

 ササミっぽい感じの塩焼きの肉。

 それが今日の俺達の昼食。


 実に三日ぶりに、野菜のある食事にありついた気がする。

 テテチさんとリラ、リリラさんの三人と昼食を共にした俺だが。

 余りにもおいしそうな俺の食いっぷりに、感嘆を通り越して若干引いてた気がする。


 しょうがないじゃないか?

 本当まともにスープなんて飲むの数日振りなんだよ?

 うん、ここに来てからいかに貧しい食生活してたのか?

 自分が住んでた街の食糧事情がいかに凄かったのかと思い至る。


「ア・アキトさんそんなにおいしいですか?」


 リラが若干引くついている。


 さすがに食いながらしゃべるのはどうかと思った。

 スープで流し込む。


「数日振りのまともな食事なものでね」


「どんな生活してらっしゃったんですか・・・」


 呆れ顔のリリラさん。

 テテチさんは苦笑い。

 明らかに引いているリラ。


 自分の状況を説明するべきなのか迷う。

 でも結局言えなかった。

 信じてもらえるわけがない。

 俺自身、自分の身に起きた事が半信半疑なのだ。

 微妙な空気を終始振りまきつつ食事を終えた。


 テテチさんは怪我の影響でうまく左手が使えない。

 その為、食事中はリリラさんが甲斐甲斐しく世話を焼いていた。


 俺とリラは、リリラさんが入れてくれたお茶らしくものを飲んでいる。

 緑白色に濁っており、白萄茶(ハクドウチャ)というらしい。

 その色合いとは反して甘く、葡萄ジュースに近い感じだ。

 何でも白萄(ハクドウ)というのを使ってつくる飲み物らしい。

 近くの森の中に群生しているそうだ。


「さて、それでは話しの続きをしたいと思う。これから話す事はリラにも関係してくる事だ。本当はもっとリラが成長してから伝えるべきなのだろうけど・・・。」


 テテチさんのその言葉に、俺の方を見てにやけていたリラ。

 一転して、真面目な表情になった。


「とりあえずドウナ国の部隊は、アキトさんのおかげで排除する事が出来た。しかしまた、部隊を送ってくる可能性もあるだろう。そうなれば我々にはアキトさんに頼る以外勝ち目はない」


 表情を曇らせる三人。

 確かに事実だろうな。

 でも、認めるのは辛いのかもしれない。


「そこでアキトさんにお願いした事があり、彼も引き受けてくれるそうだ」


「お願い?」


 リラは少し首を傾げた。


「リラの護衛だ。おそらく彼等ドウナ国の狙いはリラ。しかしアキトさんが側にいれば、奴らも迂闊には手は出してこないだろう。アキトさんを黒き鬼と認識するだろうからな。黒き鬼かどうかの真偽は関係ない」


 そこで一息いれたテテチさん。

 右手で白萄茶の注がれているカップを持ち一口飲んで喉を潤した。

 言われてる俺としては、若干複雑な気分。

 三百年前だか四百年前の人物と混同させるわけだからな。


「その上でアキトさんにはリラを連れて行って欲しい場所があります。その為の護衛ですね」


 何?

 連れて行って欲しい場所?

 何処に向かえと?


 しかしそうか。

 単純な正面衝突であれば、俺一人でも何とかなるとは思う。

 だけど数の暴力というのは侮れないものだ。


 もし村に全方位から進軍されれば対応なんて出来ない。

 黒球(ブラックボール)にしても、限界がある。

 常に力を流し込む事が出来れば別だけど。

 でも、俺一人で迎え撃つ場合に、そんな余裕はないだろうな。

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