第五話「女騎士と言えば(後編)」


「で、つい殺っちゃったけどさ……」


 語尾を濁した和人が更に何か言おうとするよりも早く創造主の複製体は言った。


「あー、大丈夫大丈夫」

 と。


「えーと、一応、外見はアレでも魂は人間だったんでしょ?」

「そうではあるけどね、ガワはどう見てもモンスターだ。しかも我々は今晩泊まる場所にも事欠く身。では、例えばアレを生け捕りにしたとしよう。そのあとどうする? 逃げ出さないよう縛って連れ歩く? そんなことをしたら歩みは遅くなるし、それで無事村についたとしても果たしてモンスターを連れたよそ者を泊めてくれるところがあるかな?」

「っ、それは」


 反論を試みたが、返ってきたのは真顔と非の打ちどころのない正論で、和人は言葉に詰まった。


「そもそもね、そのヒトであったモノに対する気遣いは好ましい、尊いものだと私も思うけどね。モンスターに転生した例の連中は殺すのが決まりなんだ。で……よく見てて」

「よく見るって何を? と言うか、それは?」


 愁いを帯びた苦い笑みを浮かべつつ何やら宝石のようなモノを取り出した少女へ和馬が問えばフェルグラスだよと少女は答える。


「漢字にすると、魂封晶石。君をこちらに送るときあれほどゴタゴタしなかったら説明して渡していたんだけどね。ほら……」

「え」


 少女が肩をすくめてからゴブリンの死体に石を近づけた瞬間だった。死体から淡い色合いの靄のようなものが立ち上ると、それを宝石が吸い込み始める。


「もともと魂でこっちに来た連中だからね。魂のままでも悪さできる恐れがあるし、このまままたどこかの生物の胎内に入って別の生き物に転生される恐れもある。これはその対策と言う訳さ。そも、晶石に封じれば行軍速度が落ちることもないし、場所だってとらない」

「そっか。じゃあ――」

「そう、君は間違っていない」


 石から自身の顔へ視線が移った事を知覚し、笑みを柔らかなモノへ変えつつ、少女は頷いた。


「ただ、最初は見てるだけで私が手を下した方がよかったかもしれないね」

「えっ」

「君もいつかはやらなくてはいけなくなる事ではあった、覚悟を決める必要はあった。だけどそれは、今でなくてもよかったはずなんだ。私としては、大好きな人にあんな顔をさせるというのはね……」


 浮かべたのは自嘲めいた笑み。


「やらせておいていまさら何をと思うかもしれない、そうだ。その通りだ。感傷に浸る権利なんてありはしない……」

「そんなこと……」


 ないと言おうとしたのか、和人は少女に手を伸ばしかけた姿勢のまま動きを止める。


「いいんだ。ともあれ、君は相手が魔物に転生していた場合、こうして倒してから魂を封じる。で、この魂封晶石は神様のすんごいパワーで、魂から必要とされる情報をすっぱ抜き、神様の元へ転送。それを神様の使いが精査して、有益と思われる情報をまとめられると君たち全員にその情報が送られてくる。今後の任務がやりやすいようにね」

「え? 送られてくる、って」

「ああ、君はまだこっちに来たばかりだからね。天界通信、つまりそのお知らせが届くのは、受信者側が目を覚ました後なんだ。まあ、朝起きたらポストに朝刊が入ってるような感じかな。ただ、情報は他者に漏れないようん脳内へテレパシーめいた感じで送られてくるから説明受けてないとパニックになる人も結構多いってさ」

「なにそれ? や、情報漏洩対策は確かに必要だと思うけどさ」


 それはパニックになりもするだろうと和人は思う。朝いきなり断りなしに脳内に声が響いたとすれば。


「そうそう、このお知らせには適性や現在地情報を含んだ新たな着任者の告知もある。場合によっては共同戦線を張ることもあるし、最寄りの先輩が後輩にレクチャーすることも義務付けられてるからね。当然だが明日のお知らせには君の名も出るだろう」

「え゛っ」

「最寄りの村で滞在してれば不慣れな後輩を気遣って先任者の方から足を運んでくれるだろうしな。君を情報面から支えるサポート役と言う立ち位置を独占できなくなるのは少々残念だが……」


 少女はぶつぶつ続けていたが、和人はもう聞いちゃいなかった。


「ボクの情報がたくさんの人に……あは、あははははは」


 知られてしまうのだ。女騎士としてこの世界に送られてきたことが。


「終わった、ボクの異世界ライフ……」


 和人の脳裏にまだ見ぬ先輩に呼ばれるーシーンが浮かぶ。


「よう、女騎士の。あれからどうなった?」


 着やすく肩をたたいてくるのは、歴戦の傭兵と言った感じのいかにもたくましい男。和人が失くしてしまったもの、欲しかったものをこれでもかと盛り付けた容姿の男から言われたことで精神的なダメージは倍加する。


「そうさ、そうやって女騎士呼びが定着して、誰も名前で呼んでくれなくなるんだ……ううっ」

「ちょ、お、お、落ち着けき、か、和人くん。ああ、最初に名前を呼ぶのはもっと感動的な場面がよかっ、じゃない、私が悪かった! 大丈夫だ、私にいい考えがあるから!」


 和人の凹みようが予想以上だったか、パニックになりつつも少女は叫んだ。


「いい考え?」

「そうだ。話は『女騎士と言えばなんだと思う?』と言うところに戻るんだけどね、私はこう思う。女がついているが『騎士は騎士』だと」


 よほど絶望していたのか、一つの単語に顔を上げた和人に頷いた少女は、つまりとつづけた。


「騎士、それは何かに乗る者だ。普通なら主に馬になるだろうが、ここに付け入るスキがある。『女の騎士』で『女騎士』とするのではなく、『女に騎乗する士』で『女騎士』にす……お、おい、どこに行く君?」

「とりあえず、馬鹿のいないところ」

「ちょっ、待、今のは冗談。軽いジョークだ! その件については『騎士にわざわざ女とつけるのは性差別につながるからいかがなものでしょうか、つきましては適性の部分から女の文字を消すか隠していただきたく』って意見を送ったところだから!」

「えっ」


 立ち去ろうとした和人を慌てて呼び止める少女の言葉に和人は驚愕した。ものすごくまともな意見を送ったということに驚愕したのだ。


「……だったら、始めからそっちの方を言ってくれればいいじゃん」


 そして、驚きが去ってから根本的な問題に気付き、ジト目を送る。


「ぐふぅっ、その冷めた目もいい、クセに……じゃなかった、私とて君をそんな風にしてしまった責任はあるし、そのお詫びの為に居るんだ。ちょっと私的欲望が前面に出てしまうお茶目な一面はあるが、君を苦しめたり絶望させることなんて望んではいないっ! どっちかっていうとつらい思いをしてでも君の子供を産みたいっ!」

「何でだろ……欠片も感動できないのは」


 ポツリと漏らしつつも、一応理由は解かっていた。単品で出せば好感を抱きそうことも欲望と笑えない冗談で汚してから差し出すこの少女の悪癖にあるのだということは。


「そもそも、ボクが好きならさ、その言動はどうにかなんないの?」


 駄目だろうなと思いつつも和人が口にしたのは、この世界に不慣れな自分が少女の助けなしで過ごすのはまだ無理だとおもったからであり。


「君の子供を妊娠させてくれるなら、今すぐやめよう」


 予想した通りブレなかった少女は即座に答え。


「うん、やっぱり言ってみたボクが馬鹿だったんだ……」


 自分の愚かさをかみしめつつ、和人は歩きだす。


「せめて先輩はまともだといいな」


 そして、状況次第ではそこでこの少女とはお別れしようなどと思いつつ、村に続くと聞いた道を歩き出す。見上げたら、泣きたくなりそうなほど澄んだ空の下を。

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