候補生の放課後
ホームルームも終わり、欠伸を交えながら剣道場に向かう途中に何気なく空を見る。
「怪我しないようにしないとな」
桜はまだ少し枝に散りばめ、心地よいゆっくりとした風が吹いているというのに情けない声を漏らす。
この学校は剣道場と柔道場が二つあり、柔道場からはなんとも元気な声があがる。
俺が歩を進める先の剣道場からは竹刀と竹刀の叩き合う音はしない。
まだ来てないか着替えているのか、あるいは精神統一の最中なのか、どれにしても剣道場は静かだ。
俺が剣道場に入るとそこにはまだ着替えの途中でスカートは穿いたままで上の制服だけを両手を使い押し上げようとしているキヨリがいた。
「「え?」」
二人で同じくわからないといった表情で疑問をぶつけるが、キヨリは瞬きをした後に顔を赤らめ押し上げていた制服を正す。
「よ、よおぉ」
やべっ、声が。
声がおかしいのはあちらも同じらしい。
「え、ええ。こ、こんちちわ・・・」
俺よりはまともだったが後に続く言葉がなっていなかった。たぶん「こんにちは」だと思う。
俺は耐えきれずに――
「そのゴメン」
そう言った途端キヨリはさらに顔を赤らめた。
「な、なんで謝るの!蒸し返さないで!」
「ええ!?じゃ、じゃあ、なんでここで着替えてんの?更衣室あるよな?」
俺は更衣室の方に人差し指を向けながら抗う。キヨリは罪から逃げるように目を逸らしながら小さく「みんな、・・・・・・し」と呟いた。
「なんて?」聞き取れずにもう一度聞く。
「だ、だから!皆が来る時間じゃないから!!」
「え?じゃあ絶対お前が一番最初に来てるのって早く着替えるため?」
「そうよ」
オーマイガー。
「なんで?」
俺にはまだ謎がある。なぜこんなにも早くやってきては誰かに見られるかも知れない状況下で着替えをしたのか。
「なんでって、精神統一をするため。私その時間長いの」
「へー」
そうか、精神統一の時間長いのか。これは以外だ。目を閉じて十秒ぐらいでスッとか擬音が出てくるぐらいに目を開けると鋭く相貌が光る、みたいなのかと思った。
「失礼な事考えてない?」
こわっ。鋭い!
「え!?ああいや何も?」
それでもじっと見つめられる俺は耐えきれずに更衣室に駆け込む。
「着替え済ますから少しだけ待って」
「え?あ、うん」
待たされることが予想外だったのか空返事を貰ってしまった。
俺はキヨリを待たせないように着替えを素早く終わらせると精神統一を待っているであろうキヨリの元へと行く。
「ちょっと、きちんと防具着けてよ」
雑にしてしまったものだから所々締まってないところがある。
「へーい」
俺はもう一度更衣室に行き防具をつけ直す。
キヨリの言うようにきちんとつけたら、今度こそはとしっかり防具をつけたキヨリの元へ向かう。
「しっかりしてきたぞー」
緩い声音で確認を済ますとキヨリの隣に座り込む。少しして「ふぅ」と息をはいてキヨリも座る。
目を閉じ呼吸を整える。
剣道場の中央で座り込んだ俺たちはただ息を吸い、吐いていった。
どれくらいかたった頃「よし」と静かに立ち上がったキヨリと少し後れて俺は竹刀を持つ。
「するか」
俺はその場で腕を振ろうとするが、竹刀を持つ手を「ストップ」という声で止められる。
「えーと、その言いにくいんだけど、今から打たない?」
「え!?」
それを聞いて俺は驚きの声をあげる。だってそうだろう、普段まじめにしているキヨリが基本を飛ばして打ち合おうなんて言い出すのだから驚くのも仕方がない。
「久し振りに二人だけだし、さ」
防具を着けたままでモジモジするキヨリ。
失礼だけど少し怖いですキヨリさん。
「あ、ああそうだな 。確かに最近は打ってないな。うん、そうしよう」
半ば強引だったがモジモジする竹刀装備の剣士をずっと見るよりはまだマシだ。いや怖いもん。
「じゃあ」
「おう」
それだけで間を開ける。
目を閉じ神経を研ぎ澄ませまた目を開ける。
少しの沈黙を裂いたのは竹刀同士ののぶつかる乾いた音だった。
「いやー負けた負けた。キヨリ、やっぱ強いな」
模擬戦を終え面を取った俺はふぅと息をつく。同じように顔を出したキヨリは「まあね」と満更でもないような声音だ。
「でも取りにくかった」
「キヨリは
「試合してくれてありがとう」
「おう。こっちこそありがとな」
それぞれ所作は終わっているというのに礼を述べるのは俺とキヨリが打ち合った時のいつもの癖だ。
しかし誰も来ない。負けたとはいえ、かなり時間をとったほうだと思うんだけどな。
「みんな遅いよな」
「え!?う、うんっ」
なんかギクッみたいな擬音が入りそうな表情だけど気のせいか?
「ほんと、どーしたんだろうなー?」
棒読みで言ってみると観念したのかごめんっ!と言って手を合わせている。
「今日は部活ないの!」
やっぱり。
「嘘つきにはなんか奢ってもらわねーとな」「えぇ!?」「あはは!騙されてんのー」「なっ!?」「よっしゃ!勝った!」
「ちょっと!嘘つきは奢るんじゃないの!」
俺たちがコントをしているところへ――
「清麗ちゃーん。今日は部活ないって・・・」
――形部がやってきてニヤリと笑った。
「お二人サーン。仲がよろしいですねぇ」
そう茶化されたキヨリは「な!?」と慌てるだけだ。
「オヤジ臭いぞ」
「女の子にそんな事言ったら駄目だよ?」
細い腕を使ってバッテンを作るが先程のオヤジ臭いセリフのせいであまり意味はない。
「ニコニコしながら言われてもなぁ」
俺の苦笑いが伝わったのかキヨリもはは、と乾いた笑みしか出てこない。
「女子高生はプレミアムだから今を大事にしておいて損はないぞ」
うんうんと俺は頷くがJK二人は「加齢臭しない?」「そこに疲れたサラリーマンが・・・」と全国のサラリーマンに宣戦布告していた。おいおい君たち、全国のお父さんに謝りなさい。
「そろそろ帰るか。野田も待ってるんだろ?」
その問いに形部はうーんと悩ましげな声だ。
「待ってるというか舞ってる」
どこが違うんだ?
「あ、ああ。待ってるんだな?」
「舞い上がってるの!」
舞い上がってるの?だとすれば――
「スグくん『にじげん』から戻ってきてよ」
――ああ。やっぱり。
「琴美、元気を出して。大丈夫。戻ってきてくれるはずよ」
スマホでギャルゲーでもしているんだろ。で、舞ってるのは多分、というか絶対女の子を
「まぁいいや。早く着替えて帰ろうぜ。じゃないと野田が戻ってこなくなるぞ」
「そ、それはヤダ!着替えようキヨリちゃん!」
形部をドードーと宥めながら更衣室に入っていくキヨリ。俺は誰もいないので広い空間の中で着替えみた。
キヨリが着替え続けているのがよく分かる。
いいなコレ。解放感。
着替えた俺達は形部と一緒に野田を迎えに行く。その野田は次の
そうして夕日を背景にそれぞれが家路に着くまで談笑していた。また明日、と言い残しそれが一人だけ叶わないとは知らずに。
あとその一人は俺な。
なんて可哀想な俺なんだ。
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