第11話 転・3

少女、改め下上御前が僕の両脇を抱え、ひきずっていく。


木の床だ。つるつる滑る。その上、ほのかに温かい。


どこだ、ここ。かさついた自分の唇が動いたような気がした。


小さな小屋(?)のようなかまくらのようなものに放り込まれる。


なんだか肌が焼かれている気がする。


「脱がすぞ」


返事も聞かず下上御前は僕の衣類を下着以外全部剥がした。ほわっとした布団のような空気に全身を包まれる。


あ、ちょっと泣けた。気持ち良くて泣けた。


ひとって温かくなるだけで泣けるんだ。安いぜ、人間。


「湯をかけるぞ」


僕の足元にそろそろと桶から温かな湯が注がれた。


やべえ。小便をもらしそうなほど気持ちイイ。


「うあ……」


「どうした」


僕は答えられなかった。マジで小便もらしたなんて。そしてここが巨大な湯屋の一部であるということに気づく余裕が出てきた。


顔を上げると、もうもうと湯気を湧き出している超巨大な湯船がすぐに目に入ってきた。


「あせるでないぞ」


「ぐ」


「今のお前は身体が冷えすぎている。下手をして湯船に飛び込んだら、心の蔵がいかれてしまうぞ。まずはゆるりと肉体をほぐすのだ」


「う、うう……」


確かにお湯をかけられるのも気持ちがいい。しかし目の前の湯船はさらに魅惑的だった。理性がわかっていても、感情ではいまにも走り出しそうだった。


「ほら自分で自分を揉みほぐせ。筋肉のこわばりをほぐすのだ。私もやってやる」


「……うん」


まずは右太ももに手を置き、絞るように揉みほぐす。それとは対照的にゆっくりと優しく揉みほぐす手があった。


見ると、僕の左腕を丁寧にマッサージしているのは下上御前だった。上下に動きやすい白の装束で、それが今では湯に濡れ、身体の一部が張りつき透けて見えている。


男の子っぽい顔立ちに似ず、大人びた身体付きだ。


いや、それはどうでもいい。


「さあ、そろそろ頃合いだろう」


促されるままに、僕は連れられ、湯船に入った。膝上までのお湯が、まるでどっこんどっこんと熱を挿入してくるようだった。


「ゆっくり……あせらずに、の?」


なんだかもったない気がして、そーっと、そーっと、ゆっくり体を沈めていく。それに伴うように、下上御前も僕の両肩に捕まりながら、一緒に沈んでいく。


「ふうっ……って、わっ!」


「はははは、どうかな具合は?」


絶妙の温度のお風呂につかり、一息つこうとしたところに裸同然の姿の下上御前が背後から急に抱き着いてきた。不意のアクシデントにこちらも驚くしかない。


「助かった。ありがとう」


「なに、構わぬ。それに腹も減っておるだろう。夕餉の用意もしてある。なんならこの風呂で一献いかがかな? いや、飯ならばこの湯屋場のあちらにある露天が最高であろう。膳をそこまで運ばせれば湯と酒と飯を一度に味わえるというものだ」


「そんな贅沢想像したこともない。どういうことさ。というか僕はそもそも犯罪者じゃなかったのか? なぜ急に扱いが天地の差ほども違いが出てくるんだ?」


「あはは、それがのう」


「ん?」


「例の事件な、お主の冤罪じゃったとバレてしもうた」


「冤罪?! ていうかあれのなにが犯罪なのかすらわかってないけど」


「なに、ちょっとお主をからかってやろうと思ってな」


「道理でサービスが良くなるわけだよ」


「それにもうひとつある」


「まだあるの?」


「お主は””になっておる」


「”キ”ってなに? 鬼って?」


「日本的にいうなら幽霊じゃな」


「はい?」


「お主はとっくに死んでおるんじゃ。それがお前に私がちょっかいかけた理由じゃ」


「ちょっと待って」


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