第19話 わたしの神様
「こんにちは~」
そう明るい声で屋敷へ入って来たのは、芽衣だった。
先日、宇雅から一緒に出掛けないかと誘いがあったのだ。そして今日が、約束のその日であるのだが……。
「ああ~っ! 芽衣が来ちゃったじゃないか!! セイっ、お願い!」
「はいッ!!」
セイは手に持っていた携帯をかざすと、シャッターを切る。
カシャッ、
「は、ハア、ハアッ。と、撮れました、主」
何故か興奮気味なセイが、その手に持っている携帯を宇雅に見せる。
「うーん……変じゃない?」
「たいへんうつくしゅう……は、ハア、ハア」
今日の宇雅は、普段の着物姿ではなく洋装である。初めて見るその姿に、この狐は大変興奮していた。
芽衣と出かけるということを聞いた彼が自ら下界へ行き、服を調達してきたのだ。あの人間嫌いの、セイが。
「主、芽衣が来られましたよ。準備は……」
部屋を訪れたボンは、その光景を目にして固まった。
胸元がガッツリ開いたシャツに、ダメージジーンズ。これでもかと露出した宇雅のその体を、セイが食い入る様に見つめている。
「ばっかもーん!!」
我に返ったボンはセイを部屋から放り出すと、宇雅にいつもの着物を手渡す。
「あなたは普段通りでよろしいのです。慣れぬことはしなさんな。ボロが出ますよ」
「さっさと着替えを」と言ってボンが襖を閉めると、騒ぎをききつけた芽衣がその腕にメイを抱えてやって来る。
「どうかしましたか?」
腕の中のメイは、実に居心地よさげだ。
「いや、もうじき主も仕度が終わる。それまで待ってくれ」
部屋を放り出されたセイはやっと起き上がると、ボンを睨みつけながらぶつくさと文句を垂れた。
「何であれを着させないのですか。私がわざわざ下界へ行って来たというのに……」
携帯画面の宇雅をしばらく食い入るように見つめて、セイは溜息をついた。
「おっまたせ~!」
襖を勢いよく開けて、そこへ宇雅が姿を現す。
「お待たせ。行こうか?」
「あ、はい!」
◆
二人は商店街をぶらぶらと歩いていた。芽衣は特に行きたい所がないと言うので、こうしてまったり街を散歩することにしたのだ。
どことなくぎこちない様子の二人を、三人はこっそりと見守る。
「い、いやぁ~君とデートなんて夢みたい! 嬉しいよ、とっても。」
蕩けるような顔で宇雅が言った。
それに対し答えたのは芽衣、ではなく後ろにいたはずのセイだった。
「私も……私もっ!! ああっ! なんと素晴らしき日かな!!」
先程ボンに却下されたあの露出高めの服を着て、弾けるような笑顔のセイ。ボンはというと、それを冷めた目で見つめながらメイの手を引いている。この前の様に勝手に動かれでもしたら迷惑だ、としぶしぶ繋いでやっていた。
「やっぱり着いてきちゃいましたね、彼ら」
眉を下げながらそう言う芽衣に、セイは敵対心を向けながら言った。
「小娘! あまり調子にのるんじゃないよ! このセイが、ここで目を光らせているのだからな!フハハハハハ!!」
初めて会った時と、今は別人の姿であったが――性別すら変わっているが――、芽衣はそんな彼を見ても驚かなかった。
「私は皆さんとお出かけできて、とっても嬉しいです!」
そう言って無邪気に笑う芽衣を見て、セイはその表情を緩めたのだった。
「ほれほれ、あとは二人でゆっくりとな」
ほのぼのとした時を楽しむ彼らだったが、急に誰かがそう言った。
……声の主は、メイである。
気をきかせたメイが二人を引っ張ってその場を離れると、宇雅と芽衣は顔を合わせて笑った。
「ほれほれ、だって」
「ジジくさいね、あの子」
「あ、あの木陰でお話ししません?」
しばらくのんびりと歩いていた二人だったが、唐突に芽衣がそう言った。視線の先には小さな木が一本。ちょうど二人分ほどの木陰が出来ている。二人はそこへゆっくりと腰を下ろす。
「こうして君とまた会えて、すごく嬉しいんだ」
宇雅は先日の事を思い出していた。あの宇雅の地で見た光景。そして、須佐ノ男が言っていた、――芽衣が須世毘姫の生まれ変わりである――、ということを。隣で楽しそうに笑っている彼女が、あの時涙を流していた須世毘姫の姿と重なる。
「そういえば、まだ聞いてなかった。あなたの、名前」
「え?」
芽衣はじっと、宇雅の目を見つめた。
「まだ、あなたの口から聞いてないの。だから……教えて?」
自分に向けられるそのまっすぐな瞳を見つめて、宇雅はにこりと笑う。
「私は宇雅之御霊ノ
それを聞くと芽衣は一瞬目を大きく開き、そして柔らかな笑みをその顔に浮かべた。
(――今は知らなくていい。彼女がこうして隣にいてくれるだけで、幸せだから。気付いてもらえなくてもいい。もしその時がきても、自分が側で守ってあげるから――)
宇雅はそっと心にしまった。過去を、あの時を――。
「こんにちは。私の、神様――」
芽衣がこれからこの男と過ごす中で思い出していくものは、美しいものばかりではない。……だが、それすらも光に変えて、生きていける。
そんな力を、彼女は持っていた。
これからの日々を祝福するように、木漏れ日が、いつまでも二人を照らしていた。
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