第7話 ある日のかみさま

 朝露滴る、まだ少し肌寒い朝。

ボンは誰よりも早く身支度を済ませ、主の部屋へ向かっていた。



「主、もう起きていらっしゃいますか?入りますよ」



宇雅を起こしに来るのも、この白狐の役目である。今は、短髪眼鏡のいかにもインテリ系男子となって現れたのだが、普段はかわいらしい(?)白狐の姿をしている。時折寝ぼけて抱き付かれたりもするが、ボンはそれが嫌ではなかった。


 いつものように布団をめくると、そこにあるはずの宇雅の姿がない。

厠にでもいったのかと外へ出てみるも、そこにもおらず。

一体こんな早朝からどこへ行ったのかと疑問を浮かべるボンであったが、ふと耳を澄ますと、境内の方から何やら話し声がする。


(――まさかとは思うが、あの主ならやりかねん――)


どこか思い当たる節があるのか、この神使は様子を見に行くことにしたのだった。


 







――所変わり境内では



この社の主は今、一人の娘に声をかけていた。


「やぁ、おはよう。今日は随分と早いんだね」

にこやかにそう話しかけてくる男に、娘は若干警戒しながらも答えた。



「おはようございます。今日は、妹の高校入試の日なので。神様にお力添えをと」


そこまで言うと、娘はまじまじと男の姿を見つめた。

薄い青色の着物に金の長髪、透き通るような白い肌。まるで神のようだと惚れ惚れしていると、男はその視線に気づいたのか、照れ笑いで答えた。


「変かな? この着物。ボン、じゃなくて……手伝いの者がいつも選んでくれるんだけど……」


「あぁ、いえ! とってもお似合いですよ! まるで神様が降りてこられたのかと思っちゃいましたよ」

あはは、とこちらも照れ笑いで言葉を返すと、男は予想に反してギクリと反応する。

その様子に、「何か変なことを口走りましたか?」と不安げに男を見つめると、宇賀は顔を赤らめながらそっぽを向いた。




「(何をやっているんだ、あのお方は……)」


物陰からじっとこちらを見つめてくるその視線に気づき、男はサラリと言った。


「あ、ああ。妹さんの試験、上手くいくといいね!僕も応援するよ!」

「ありがとうございます」


それじゃあ、と踵を返して娘は去って行く。その後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた宇雅であったが、ふと先ほどの視線の主がすぐ近くまで来ていることに気付くと、苦笑いを浮かべた。



「やぁ、僕の神使。お早いね」

「あなたこそ。いつもならばぐっすり夢の中だというのに……。いったいどうしたんです?」


「あの娘に何かあるのですか?」

不思議そうに問うボンの言葉に宇雅は頷いた。


「……あぁ、妹さんの入試らしいよ。だから今日は、朝来たんだ」


今日は、という言葉に引っかかりを感じたボンはすかさず言葉を返した。

「今日は?」

「えっ、ああうん。どうだったかなあ~?」




「忘れちゃったぁ」というとぼけた返答に納得のいかないボンであったが、山の様に積まれた社の仕事をふと思い出し、半ば引きずるようにして宇雅を社へ連れ帰るのであった。






 

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